3日目

 どうやら私の部屋を準備することは忘れていたみたいで、しばらくは最初に侵入した応接間で生活して欲しいと魔女さんは言った。


 それと服も用意してくれた。


 いつまでも布切れボロ切れじゃ駄目だね、と言って持ってきてくれたのはまずは脚の表面を隠すための黒のタイツ。


 それと、ひと回り大きなニットのセーター。なぜか着ると肩部分が露出してしまう。


 あとは右眼の暗い穿孔を覆い隠すための眼帯。


 この日のために用意したんだと満足そうにしていた。


 それらに着替え終わった頃、私は突然の睡魔に襲われた。


 睡眠というものは人形にも等しく与えられるみたいで身体に張り巡らされていた糸が急に弛んだように力が入らなくなっていくのを覚えていた。


 そして今日、人形を寝かしておくには勿体無いパリパリのソファで目を再び目を開いた。


 寝て起きるというおそらく生きていた頃では当たり前だった出来事がひどく新鮮に思えて、感覚で分かる時間の経過が特別なように感じられた。


 涙は流さなかったけど、もしかしたら生前の私だったら感動の涙を流していたかもしれない。


 応接間の空気は音を殺してしまったと思うぐらい静かでまたひんやりと寒かった。


 首筋に張り付くような冷たさを払うように左手で摩りながら私は上半身を起こした。


 そこでふと、向かいの壁に掛けられていた大きめの絵画に目が向く。


 昨日はなぜか気にしなかったけど、この応接間の中において特に目立つものだった。


 四人の人物が描かれた家族の肖像画のようだった。


 場所はこの応接間とは違っているみたいだけど、大きめのソファに大人の男女が座ってその下の絨毯に男の子と女の子が積み木をして遊んでいる、そんな絵だ。


 男の子の方が発育が良く大きく描かれていることから兄と妹なのかもしれなかった。


 ソファに座る大人たちは、仲良く遊ぶ兄妹を見守っていた。


 男の方は古風な毛先を外に跳ねさせた口髭を蓄えて、やや値踏みするような視線を子供に向けている。


 対して女性の方は慈しむような微笑みを浮かべていた。


 女性の髪が黒髪で瞳の色が青く染められているところから魔女さんに似ていると一瞬考えたが、絵から醸し出される優雅な感じが魔女さんとはどうしても結び付かなかったので違うなと思い直した。


 もしかしたら魔女さんの母親かもしれない。


 小さい腕を伸ばして、積み上げているものを崩そうとする兄の魔の手から積み木の塔を守ろうとしている女の子が魔女さんなのだろう。


 これは魔女さんの家族を描いた肖像画なのだろうか?


「目を覚ました、ユキムシ? うん……? 何をそんなにじっと眺めているの?」


 開いた扉から魔女さんは身を乗り出してくる。


「あぁ、その絵ね――」


 そう呟いて、その後を紡ごうとはしなかった。


 この先は言いたくないという難しい横顔だけが残る。


「この人たちはこの家にはいないんですか?」


 内情を聞こうとは思わないけど、これくらいなら聞いてもいいだろうか。


 迷ったが聞いてみることにした。


「うん? ……うん。いない」


 魔女さんは迷子になった子どものようにか細い声を床に落とす。


 その声は確執があるわけでないと言っているようだった。


 いなくて寂しいという気持ちを呼び起こしたくないから言わなかったのだろうか?


 もしそうなら悪いことをしたのかもしれない。


「そうなんですか。それじゃあこの家は魔女さんと、私の二人だけの家ですね」


 わざと『私』という部分を強調する。


 慰めたい気持ちになってつい口に出てしまった。


 ――慰めになっていればいいけど。


「ふふっ、二人だとちょっと広いかもね。まぁ、一人でいた頃よりは賑やかだけど……」


 魔女さんはちょっと口元を崩して笑った。


 その顔をみて私は身体が緩むのを感じた。


 私も彼女に共感していたのか、少しばかり緊張をしていたようだ。


「ところで、それはなんでしょう?」


 私は魔女さんが手に持っていた便箋のようなものを指差す。


「……ん〜?」


 魔女さんは汚いものを摘むように紙を掲げて苦い顔をした。


「これね、なんというか……サイゴツウチョウ?」


 サイゴツウチョウ?


 聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「私のことを快く思わない人間はいるってこと――まぁ、当然だけどね」


 自虐するような含んだ笑いを私に向けた。


「それは、死体に手を加えて人形に作り替えるくらい――よく考えたらなかなか悪趣味なことをしている――魔女だからですか?」


「んっ? んん〜、聞き間違えたかな? ユキムシってそんな嫌味なこと言うんだっけ?」


 魔女さんは眉をひそめて訝しんだ。


「もしかしたら生前の私の性格が出ているのかもしれません。厄介なものを拾ってきてしまいましたね」


 私は平然と答える。


 私は魔女さんがやや困った時にする顔が好きなのかもしれなかった。


「そうだった。ユキムシのことでひとつ言っておかなきゃいけないことがあるんだ」


 こほんとひとつ咳払いをして、私の右肩――つまりは木製の部分に手を置いた。


「キミのカラダの中身のことについて……」


 魔女さんの手のひらの感覚が表面越しに伝わってくる。


 本当に生身の部分と同じくらいの触感だった。


 その手のひらの温かみを通して、自分の身体にドロドロとしたものが流れているのが分かる。


「ユキムシの中身は言ったかもしれないが、泥が詰まっている」


 泥――水気を含んだ土のことだろうか?


「なんでそんなものが入っているのですか?」


「確かにそれだけ聞けばそう思うかもしれない。だが、泥というのはただの泥ではなく――悪魔の力が宿った泥なんだ」


 魔女さんは慎重になりながらゆっくりと話す。


 ひんやりとした部屋の中で、魔女さんの手のひらだけがじんわりとした温もりをくれる。


 私はただそれを感じながら、次の言葉を待っていた。


「私はそれを魔力と呼んでいる。魔力は人の理想を叶えてくれる力の源。悪魔からもらった魔力でユキムシはいま動けているんだ――私の願った通りに」


 魔女さんの手のひらが首から下顎まで渡ってくる。


 熱もその通りに移動するのを私は感じ取ることができる。


 させるがままに私はただじっとしていた。


「だから体内の泥が漏れ出した場合、それはユキムシにとって第二の生命の危機となるわけだ。それだけは覚えておいて。そしてもしそうなったら私に教えて」


 魔女さんは私から手を離すと、微かに微笑んだ。


「それともうひとつ」


「なんでしょう?」


「無いかもしれないけどユキムシの頭の中で、自分の意思とは関係ない囁き声が聞こえた場合――その時も私に教えてね」


 彼女のお願いごとに私はただ「はい」と答えた。


 その囁き声、すでにどこかで聞いたような気がしたけど思い出せなかった。


 また聞こえた時に魔女さんに報告すればいいだろうか……。


「ありがとうユキムシ、改めてこれからよろしく」


 今度は私の髪をわしゃわしゃと撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女の棲む街〜死体から木製人形にされた私 三原B太郎 @hako-mono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ