7.包囲 ――火は、外側から円を描く
戦火は、国境線に沿って広がっていった。
最初は、地図の端だった。
指揮官の国から見て、政治的にも文化的にも距離のある地域。
ニュースでは「衝突」「限定的軍事行動」という言葉が使われ、
核の使用については、意図的に触れられなかった。
だが、映像は嘘をつかない。
焼け落ちた都市。
機能を失った発電所。
避難民の列が、昼夜を問わず道路を埋め尽くす。
指揮官は、作戦室でそれらを見続けていた。
視線を逸らすことは、仕事の放棄に等しい。
「隣国A、空爆を受けました。
理由は“神の意志に背いた拠点の排除”とされています」
「隣国Bは?」
「同盟を破棄。中立を宣言しましたが……」
報告は、途中で止まった。
その沈黙が、続きを語っている。
避難民は、国境に集まり始めた。
最初は数百人。
次に数千人。
やがて、数字を数える意味がなくなる。
指揮官は、受け入れを指示した。
医療、食料、仮設住居――
限界は近いが、拒否する選択肢はなかった。
「彼らは、神に裁かれたわけじゃない」
部下に向けた言葉だったが、
どこか自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「ただ、戦場の隣にいただけだ」
国際会議は、もはや「会議」とは呼べなかった。
画面の向こうには、疲弊した顔と、怒りを抑えきれない声。
誰もが被害者で、誰もが次の標的になり得る。
「なぜ、あなたの国は攻撃されない?」
ある代表が、感情を隠さずに言った。
「神に選ばれているのでは?」
指揮官は、即答しなかった。
選ばれていないからこそ、今ここに立っている。
「偶然です」
彼は、そう答えた。
「そして、偶然はいつか終わる」
国内では、空気が変わり始めていた。
店先から、非常食が消える。
夜間の巡回が増え、空を見上げる人が多くなる。
「次は、どこだ?」
その問いに、誰も答えられない。
だが、人々は無意識のうちに、地図を思い浮かべている。
――次は、ここではないか。
ある日、軍事分析班が報告を持ってきた。
「敵対勢力の言説に、変化があります」
モニターに映し出されたのは、演説の一部だった。
――裁きは、まだ終わっていない
――沈黙する国々こそ、最大の罪を犯している
――神の意思を理解しながら、行動しない者たち
指揮官は、言葉の並びを追いながら、静かに頷いた。
「……名指しは?」
「ありません。
ですが、“傍観者”という表現が、繰り返されています」
傍観者。
それは、攻撃対象として最も便利な呼び名だった。
夜、指揮官は屋上に出た。
遠くの空が、かすかに赤い。
それは夕焼けではなく、別の国の夜だった。
妻が、隣に立つ。
「近づいてるね」
「ああ」
それだけで、十分だった。
「怖い?」
彼女は、そう尋ねた。
指揮官は、少し考えてから答えた。
「……怖いよ。
でも、まだやれることがある」
彼女は、黙って頷いた。
その沈黙が、彼の背中を支えていた。
翌朝、新たな報告が入る。
「周辺三国で、同時多発的な軍事行動を確認。
理由はすべて、“裁きの連鎖を止めないため”」
指揮官は、地図を見つめた。
炎は、円を描いている。
そして、その中心に近い場所に――
自分の国が、静かに残されていた。
まだ、撃たれていない。
まだ、選ばれていない。
だがそれは、
免除ではなく、順番待ちに過ぎない。
指揮官は、低く息を吐いた。
「……備えを、次の段階へ」
その言葉が意味するものを、
彼自身が一番よく分かっていた。
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