6.越線 ――それは光ではなく、報告として届いた
最初の報告は、雑音の中に紛れていた。
深夜、作戦室のモニターが一斉に切り替わる。
海外観測網からの自動アラート。
弾道軌道――通常より高く、通常より速い。
「演習ではありません」
解析班の声が、わずかに震えた。
「発射を確認。
……核弾頭の可能性が高い」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
誰も声を上げない。
誰も動かない。
指揮官は、画面を見つめたまま言った。
「着弾予測地点は?」
「沿岸部。宗教国家連合が“裁きの地”と呼んでいた地域です」
裁き。
ついに、その言葉が比喩ではなくなった。
数分後、映像が入る。
雲海を突き抜ける、異様な閃光。
爆心の映像は意図的に遮断されていた。
だが、その必要はなかった。
数値がすべてを語っている。
気圧変動。
電磁パルス。
通信の広域遮断。
「……確認しました」
誰かが、報告という形で呟いた。
「核です」
それだけだった。
罵倒も、悲鳴も、正義の言葉もない。
世界は、静かに次の段階へ移行した。
国際回線が、一部で完全に沈黙した。
これまで「調整中」「遅延」とされていた地域が、
今度は何の表示も出さなくなる。
指揮官は、世界地図を見下ろした。
一つの赤い点が、消えている。
「被害規模は?」
「推定……数十万以上。ただし、正確な数字は」
「出ない、か」
誰も訂正しなかった。
死者は、まだ数字にすらなっていない。
それが、核の現実だった。
声明は、ほどなくして出た。
発射した国家は、淡々と述べていた。
――これは神の意志に基づく浄化である
――人類は、この段階を避けて通れない
――抵抗する者は、さらなる裁きを招く
世界中で、抗議と賛同が同時に噴き上がる。
「狂気だ」と叫ぶ声。
「ついに正しさが示された」と祈る声。
どちらも、人の声だった。
指揮官は、その文書を読み終え、目を閉じた。
息子の言葉が、脳裏をよぎる。
――昔の人も、正しいと思って使った。
「……繰り返してるだけだ」
それは分析でも、非難でもない。
事実の確認だった。
国内でも、変化が起き始めた。
避難所での口論。
「裁きに逆らうから狙われる」という噂。
武装した市民同士の小競り合い。
「こちらも備えるべきだ」という声が、
ついに公の場で語られ始める。
指揮官は、記者会見で断言した。
「我が国は、核の使用を選択しない。
最優先は、民間人の保護と避難です」
フラッシュが焚かれる。
だが、その光は称賛ではなかった。
「それは神への反逆では?」
「結果的に、国民を危険にさらすのでは?」
問いは、すでに誘導されている。
夜、帰宅すると、妻はテレビを消して待っていた。
「見た?」
「ああ」
それだけで、通じた。
「怖いね」
彼女は、そう言って指揮官の手を取った。
「でも……あなたが、何を選ぶ人かは、知ってる」
指揮官は、その言葉に救われた。
外では世界が、神の名で線を引き直している。
だが、ここにはまだ、
人としての選択を信じてくれる人がいる。
「守る」
彼は、短く言った。
「できる限り、最後まで」
窓の外で、遠くの空が微かに明るく見えた。
それが雲の切れ間なのか、
別の何かなのかは、誰にも分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
――世界はもう、戻らない。
そして次に狙われる場所は、
まだ名前が呼ばれていないだけだった。
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