4.宣告 ――人は、破壊を正義と呼び始めた

息子は、相変わらず画面を見ていた。


災害以降、学校は断続的に休校になり、彼は家で過ごす時間が増えていた。

通信が不安定になる前に落としておいた記事や資料を、飽きもせず読み漁っている。


「前に言ってたやつ、覚えてる?」


指揮官がそう言うと、息子は顔を上げた。


「古代核戦争説?」


軽い調子だった。

それが仮説であり、SFに近い扱いをされていることも、彼は理解している。


「また出てきたんだ。

 神話に出てくる“天から落ちた火”と、“溶けた街”の記述が一致してるって」


彼は画面を差し出した。

そこには、焼失した都市の想像図と、古文書の抜粋が並んでいる。


指揮官は、その図から目を逸らせなかった。


「昔の人もさ」


息子は続けた。


「きっと正しいと思って使ったんだよね。

 守るためとか、終わらせるためとか」


その言葉は、問いではなかった。

ただの感想だった。


指揮官は、返事をしなかった。

代わりに、頭の中でいくつもの報告書と作戦図が重なり合う。


――抑止

――限定的使用

――必要最小限


どれも、正しい言葉だ。

少なくとも、使う側にとっては。


「神話ってさ」


息子が、少しだけ声を落とした。


「勝った人の話じゃなくて、

 生き残った人の話なのかもね」


指揮官は、その時初めて、息子の顔をまっすぐ見た。

彼は何かを恐れているわけでも、悟ったわけでもない。

ただ、世界を理解しようとしているだけだった。


「……そうかもしれないな」


それが、彼にできた精一杯の答えだった。


翌日、国際声明が出た。


一部の国と宗教指導者が共同で発表した文書。

そこに、初めて明確な言葉が使われていた。


――これは裁きである

――人類は選別の段階に入った

――神の意志に逆らう行為は、さらなる災厄を招く


声明は、攻撃を予告してはいなかった。

だが、防衛でもなかった。


「神の意思に沿った“浄化”を支援する」


その一文で、すべてが変わった。


指揮官は、防災庁舎の会議室で、その文書を読み終えた。

部屋の空気が、目に見えない形で重くなる。


「つまり……」


誰かが言いかけて、言葉を飲み込んだ。


つまり、戦争だ。

ただし、誰もそれを戦争とは呼ばない。


街では、再び人が集まり始めた。


今度は支援のためではない。

祈りのためでもない。


「どちら側に立つか」を、確認するためだ。


武装した兵士が、公共施設の周囲に配置される。

公式には、治安維持。

だが銃口の向きは、常に人の方を向いていた。


指揮官は、空を見上げた。


雲は、もはや偶然の形には見えなかった。

だが、それが何であるかを断定することも、彼はしなかった。


神か。

ただの自然か。

あるいは、人間がそこに意味を見たがっているだけなのか。


どれであっても、結果は同じだ。


人は、正しいと信じた理由のために、再び引き金を引こうとしている。


彼の脳裏に、息子の言葉が残っていた。


――神話は、生き残った人の話。


「……なら」


指揮官は、低く呟いた。


「生き残らせなければならない」


それが神の意志でなくてもいい。

歴史に残らなくてもいい。


自国民を。

家族を。

名もなき人々を。


世界が、再び神話になる前に。


その日を境に、世界の空気が変わり始めた。


科学者たちは「冷静さ」を訴え、

宗教指導者たちは「意味」を語り始めた。


ある国では、

「これは人類への警告だ」と説く者が支持を集め、

別の国では、

「恐怖が見せている幻だ」と切り捨てる声が力を持った。


どちらも、事実を見ている。

どちらも、事実から目を逸らしている。


指揮官は国際会議の席で、それを痛感していた。


「神という言葉を使えば、人は従う」

「幻覚という言葉を使えば、人は安心する」


だが、どちらも“責任”を曖昧にする。


神の意思なら、人は殺してもいい。

幻覚なら、対策を誤っても仕方がない。


その構図に気づいたとき、

指揮官の背筋に、朝の違和感とは別の寒気が走った。


――これは災害じゃない。

――解釈が、武器になる。


息子の古代核戦争説。

有識者の集団幻覚説。


どちらも、人類が同じ絶望を、違う言葉で包み直したものだ。


そして今、

その「包み」そのものが、世界を切り裂こうとしている。


「……まただ」


彼は、はっきりと理解した。


過去も、現在も、

人類は“分からないもの”より先に、

自分たちの解釈で争い始める。


空は相変わらず灰色だった。

だがその下で、

人々の視線は、少しずつ互いに向き始めていた。


神は、まだ姿を見せていない。

だが――

神を名乗る理由だけは、十分に揃いつつあった。

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