3000年リターン

紫が字

第1話 アザのある手

 カメレオンの舌のように伸びる黒い液体を、ぼんやりと眺めていた。

 

 コーヒーメーカーでコーヒーを淹れると、最後のほうはいつもこうなる。そして最終的には、ぽつ、ぽつと玉を落として終えていくのだ。


明方あけがたさん! コーヒー持ってけそう?」

「あ、はい! 今できたので持っていきます!」

「あいー!」


 急いでガラス容器の取っ手を握り、とっとっと……と、注いでいく。

 まだまだ液体は熱いプレートの上に落ちてジュッと音を立てるが、今は気にしている時間がない。


 私は何年前に製造されたのか見当もつかない古いコーヒーメーカーを睨みながら、心の中で「のろま!」と罵った。


 トレーにマグカップを四つ乗せて、私は急いで応接室に向かった。

 カッカッというヒール音が社内に響く。


 応接室の扉の前で、私は震える手を誤魔化すように深呼吸をした。

 いい加減、慣れないと。


 誰が決めたのか分からない「ノックは三回」というルールを守り、声をかける。するといつも通り、社内の人間を認識するシステムが稼働し『明方花あけがたはなが、入室致します』と、私の名前を女の声で告げた。

 

 自動で扉が上下左右に開き、中の様子が露わになった。

 私は気合を入れると、中へと足を踏み入れた。


「失礼致します」


 なるべく手を見られないように、素早く置いてさっさと戻ろう。

 そう思いながらマグカップを並べていくも、取引先の男の視線は私の手に向いていた。


「えっ!?」


 声を上げた『取引先の男その一』に、隣に座っていた『取引先の男その二』が「どうした」と、いかにも冷静そうに声をかけた。


「だって、この指……」

「お構いなく。コーヒーにも、問題はありませんので」

「明方君……見てもらいなさい」

「結構です」


 私は残りのマグカップを置いて、さっさと応接室を退出した。

 中でどのような会話が行われているのか、明確にはわからない。

 でもどうせ「可哀想に」とか「なんて酷い」みたいな、同情しているようで馬鹿にしている会話しか繰り広げられていない。


 アザのある自分の左手をジッと見つめた。その醜い薬指に、思わず怒りで顔を顰める。


 何だっていうの。

 指に生まれつきのアザがあるだけよ。

 動かないわけでも、病原体撒き散らしているわけでもないのに!!


「明方せんぱーっい」

「っ!」

「何してるんですか?」


 私に声をかけてきたのは、今年新入社員として会社に入社してきた水乃みずのギュッ♡はぐ君だった。

 少し甘えたなところがあるけれど、仕事はちゃんとこなす、ツインテールの似合う男の子だ。


「……今、お茶を出してきただけよ」

「そうなんですかぁ。んーってことは、もしかして、また例のアレですかぁ?」

「まぁ……そうね」

「むぅ……」


 私の返答を聞くと、水乃君はフリルのついた青いワンピースをガサゴソと漁り、とある機械を取り出した。

 そして、その機械のボタンを操作すると、私と水乃君の顔がシャボン玉のような膜で覆われた。


『共有コードを、お伝えください』

「843675」


 機械の声の指示に従い、コードを告げると「明方先輩、聞こえます〜?」というフワフワした水乃君の声が聞こえた。


「うん。聞こえてるよ」

「それじゃーあ、周りには聞こえてませんか〜? お〜い!」

「……大丈夫みたいね」


 水乃君は、コード共有者以外の音を遮断する機械——遮断ブロックの起動状態を確認すると、可愛らしい笑顔を浮かべた。


「マジこの会社終わりっすよね。新しいもん取り入れたいのか、古いもんに価値見てんのか全然わかんねーっすもん」

「やっぱり、若い子だと尚更思う?」

「何言ってんすかー! 明方先輩だって若いでしょ。こんな会社辞めちゃいましょうよ」


 「俺、もっと就活ガチれば良かったすわーっ!」とガハガハ笑う水乃君。

 そう。こちらが彼の本当にありたい姿だ。


 親につけられた名前に似合うように生きているが、実は自分の名前が全く好きではない……らしい。


 そんな本当の彼との出会いは——とある居酒屋だった。


 水乃君がここに入社してからすぐに、私は行きつけの居酒屋で、顔色変えずお酒をガバガバと飲んでいる水乃君を見かけてしまった。


 私は気付かなかったフリをしていたけれど「バレちったら、しゃーないっすわ!」と、彼から自分の気持ちを明かしてくれたのだ。


 歳下の子に相談するのもどうかとは思ったけど、でも彼も話してくれたわけだし……と、私も悩みを打ち明けたら「マジすかそれ……あり得ないわ……」とドン引きしてくれたので、それ以降は彼の感性をとても信頼している。


「水乃君は、もっといいところ入れると思うよ。仕事もできるし、話もできるから」

「……っあー。その、明方先輩、結構……そのー……落ちてる感じっすか……?」


 物凄く気を遣ってくれた間を察して、私は大袈裟にため息をついた。


「そうなのよ〜! やっぱこの指がダメなの」

「今の社会、手が綺麗なヤツ程、上にいきますからね。手採用てさいようは当たり前で、どいつもこいつも、顔は汚くても手は不気味なくらい綺麗なの。マジきしょ」

「水乃君。差別発言」

「……何でもかんでも差別っていうのも、俺的には嫌でーす」


 「つーかさぁ」と言いながら、水乃君は私の持っていたトレーを持って行った。

 声を上げる間もなく回収されてしまった私は、大人しく彼の後をついて行くことにした。


「明方先輩にやってる『恵まれない手に慈悲をキャンペーン』とか、そうゆーんも差別じゃないすか?」

「それは……」

「そのキャンペーンとやらも、明方先輩の意見ガン無視。おまけに、取引先にも明方先輩への同情を引き出して契約成立させてるし? 感覚狂っちゃってんすよ、全員バカばっっっっか!!」


 そう言いながら、水乃君はトレーを棚へ向かって投擲した。

 トレーがクルクルと回転しながら、棚の中へと収まる。恐らく、ガンッという音でもしたことでしょう。


 周囲の人間が水乃君へ、手の甲を見せるように拍手を送っている。まるで、幸せの証でも見せるように。


 誰一人として、水乃君を訝しんでいる人間はいない。

 きっとこの人たちは「手が綺麗で可愛い水乃君が、なにかパフォーマンスをしたぞ」とでも思っているのよ。


 そんな人たちへ向けて、水乃君はアイドルのように笑顔を浮かべて手を振ると、ワンピースの裾を持ち上げて軽くお辞儀をした。


 ——遮断された世界からの拍手は、私たちに届きはしなかった。

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2026年1月16日 22:00
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