第3話 奇跡の代償
■ 1. 軋む肉体、沈黙の広場
レベルアップのファンファーレが止んだ後、広場を支配したのは歓喜ではなく、物理的な「重圧」であった。
アルト・ウォーカーの全身からは、耐え難い高熱と共に、微かに「パキパキ」という不吉な音が響いていた。それは急激なレベル上昇と【ロゴス・マップ】による強制的な肉体再構築に、細胞が悲鳴を上げている証拠だった。
(……熱い。全身の血液が、沸騰しているみたいだ……)
視界が赤く染まり、耳鳴りが止まらない。
『成長限界:レベル1』という強固な蓋を内側から爆破し、無理やり『レベル3』へと器を広げた代償。アルトの血管は赤黒く浮き出し、激しい内出血が皮膚を紫に染めていく。彼は砕けた鉄剣を杖代わりに、今にも崩れ落ちそうな膝を必死に支えていた。
「……あ、ある……と……?」
呆然と立ち尽くしていたリーニャが、一歩、また一歩と彼に歩み寄る。その瞳には、かつての幼馴染を見るような親愛ではなく、得体の知れない「怪物」を直視してしまった者の根源的な恐怖が混じっていた。
彼女は見たのだ。自分を粉砕しかけたレベル3の魔獣が、少年の振るった「鞘(さや)」一本で、文字通り霧散させられた瞬間を。
「下がれ、リーニャ……!」
ボルド団長が割って入り、リーニャの肩を掴んで制止した。
ボルドの視線は、アルトではなく、彼が破壊した周囲の光景に注がれていた。貫通された三枚の外壁。抉(えぐ)れた石畳。
それは、この村がこれまで積み上げてきた「常識」という名の平穏が、一人の少年によって粉砕された光景でもあった。
■ 2. 崩壊へのカウントダウン
「……鑑定士殿、もう一度だ。もう一度、石板を見せろ」
ボルドの声は震えていた。
腰を抜かしていた鑑定士は、這いずるようにして石板を拾い上げ、アルトに向けた。石板はかつてないほどの輝きを放ち、その結果を刻む。
『個体名:アルト・ウォーカー』
『レベル:3』
『身体能力値:全項目 C+』
『特性:限界突破(物理的同期)』
「……レベル、3……」
鑑定士の男は、恐怖を好奇心で塗りつぶすようにして、震える指で石板の数値をなぞった。
「信じがたい……。成長限界の定義そのものが書き換えられている。……だが少年、君の肉体は今、爆弾を抱えているのと同じだ。レベル3の出力を、レベル1として固定されていた肉体が無理やり支えている。このままでは、一ヶ月と持たずに筋組織が崩壊して死ぬだろう」
「……死ぬ、だと?」
「そうだ。君のような『特異点』を救えるのは、王都の魔導病院か、あるいは『理』の研究を専門とする王立騎士アカデミーしかない。……この村にいても、君はただ野垂れ死ぬのを待つだけだ」
鑑定士の言葉は、冷酷な宣告であった。
■ 3. 剥き出しの執着と、拒絶
魔狼の死骸から漂う血の匂いと共に、村人たちの視線が変わっていくのをアルトは肌で感じていた。昨日までの「無能に対する蔑み」は、より質の悪い「理解不能な存在への恐怖」へと変貌していた。
「……アルト」
リーニャが静かに、だが鋭い声で言った。
「あんた、何を隠してるの。……あの三年間、本当は何をしていたの?」
「……決まっているだろう。素振りだよ。一日一千回、一度も欠かさず続けた、ただの素振りだ」
「嘘よ! 素振りだけでこんなことになるはずがないわ!」
「ああ、そうかもしれない。……だがリーニャ、俺にはこれしかなかったんだ。あの日、レベル1だと宣告され、世界から『お前は無価値だ』と蓋をされた日から、俺の時間は止まった。……もし、素振りを止めてしまったら、その瞬間に、俺という人間が本当に死んでしまう気がしたんだ」
アルトは血の混じった唾を吐き捨て、震える手で砕けた柄を握り直した。
「止めてしまえば、俺は二度と自分を信じられなくなる。……だから、意地でも『事実』を積み上げるしかなかったんだよ。……それが結果として、世界の理(システム)を壊したというのなら、甘んじて受ける」
その言葉の重みに、ボルド団長が重い口を開いた。
「……アルト。お前の功績は認める。だが、お前のような異質な力がこの村にある限り、第二、第三のシャドウ・ウルフがお前の魔力に引かれて現れるだろう。……村の平穏を守るため、お前にはここを去ってもらわねばならん」
それは、事実上の「追放」の宣告であった。
■ 4. 金色の観測者
その日の夕暮れ。村の入り口にある古びた宿場。
混乱が続く広場から離れたその場所に、安物のローブを纏った一人の男が立っていた。
男は、アルトが破壊した外壁の残骸を、興味深そうに指でなぞった。
「……ほう。レベルという名の『檻』を、中から力ずくでこじ開けたか。……面白い」
男の肩には、ローブの隙間から、王家の紋章――そして、五つの星が刻まれた、黄金の記章が輝いている。世界に五人しか存在しない【レベル5】の一人。
「アルト・ウォーカー。……君が手に入れたのは、加護ではない。それは、この世界の理(システム)に対する宣戦告白だ。……王都で待っているよ、『異分子』」
男はそう言い残すと、陽炎のようにその場から姿を消した。彼が去った後の石材には、熱を帯びた指紋の跡が深く刻まれていた。
■ 5. 旅立ちの決意
その夜、アルトは一人、裏山の鍛錬場にいた。全身の激痛は、ボルドが提供してくれた高価な治癒薬でようやく収まっていた。
(レベル3。……だが、この力は自分を壊している。……それに、あの『ロゴス・マップ』が何なのか、この村に答えはない)
王立騎士アカデミー。そこには、アルトと同じように「成長限界を超えた者」の記録があるかもしれない。そして、自分の肉体を安定させる唯一の道があるはずだ。
「……行くしかない。王都へ」
「……私も、行くわよ」
背後から、リーニャの声がした。彼女の手には、旅支度を整えた大きな革袋が握られていた。
「リーニャ? お前、村の期待を背負ってるんじゃ――」
「あんたみたいな危なっかしいのを、一人にするわけにいかないでしょ。……それに、私も見たいのよ。レベルという壁の向こう側に、何があるのか」
リーニャはそう言って、無理やり笑って見せた。その瞳には、親愛と、それ以上に「自分だけが知らない景色へ行ってしまう彼」への、拭いきれない焦燥が滲んでいた。
「……そうか。分かった」
アルトは、砕けた鉄剣の柄を強く握り直した。
生き残るため。そして、積み上げた「事実」の答え合わせをするため。
翌朝、少年と少女は、ラグナの村を後にした。
彼らの背後には、新たな伝説の始まりを予感させる、血のように赤い朝日が昇っていた。
次の更新予定
レベル1の理外者 〜加護なき少年の手動成長記録〜 @gdragon24
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