第2話
預かった荷物を待ち合わせをした人物に渡すだけの簡単なお仕事だ。
給料はかなり多い。現場へいって渡すだけなのに。……もちろん危険はあるけど、警察にだけ気を付けていればいい。裏社会は見逃してくれるのだ。
「――ん、いた。あいつか……じゃあこれを渡せば……え?」
指定の場所へ向かう寸前、待ち合わせの場所にいた男が別の男に取り抑えられた。
――警察!? じゃ、ない……あれは裏の人間か。
「は? なんで味方が敵に回ってんだ!」
「――味方じゃねえからだな」
背後。
ぐっ、と腕を掴まれ、捻られる。力が入らず、痛みで膝が崩れた。
そのままさっき見た男のように地面に押さえつけられた。
首を回し、横目で背後の男を見る……顔面にびっしりと刺青がある男だった。
小豆色のスーツを纏った、日本人の、大人だった……。
そして、周りには黒スーツの男たちだ。
みな、似たり寄ったりで……量産型? にしか見えなかった。
やっべえ……警察じゃないが、裏社会の人間だ。見逃されていたと思っていたが、実はそうじゃなかったのなら……このままだと警察よりヤバイ。
警察に捕まっていた方が百倍マシだった。
「オレたちのシマで勝手な販売はやめてくれるか? その荷物、見せてもらうぜ――ああ、やっぱクスリかよ。で? 誰に言われてのこのことやってきた?」
「それは……、無理だ、守秘義務が……って、別にないのか……言われなかったから――って痛た!? 言う言う! だから強くするなって!!」
「悪ガキが。荷物を渡すだけで数万の稼ぎが仕事としてヤバくないわけねえだろうが。人生を壊すようなことをすんじゃねえよ……。オレたちにお前の人生を完全に壊させるな。今のお前はまだ引き返せんだ……素直に戻れ。で、だ――誰に雇われたんだ?」
「それは――」
油断、してんだろ?
拘束が緩んだところで、体を反転させた。
おれは隠していたスタンガンを懐から取り出し、男の首元へ添えた。
スイッチを、押す――
しかし、青い火花が散る寸前で手首を掴まれ、ぐっと引かれる。
火花は男に触れなかった。
「っ!」
「度胸があんな。準備もいい、行動力もある。だが、実力がねえ。ガキに求めるには酷だがな。……たくさんのものを持っていようが、実力がなければ理想を現実にすることはできねえぞ。言う気がねえなら、こっちで吐かせるまでだ。こいつは預かっておく――せいぜい堪えろや、クソガキ」
急な浮遊感。
男に、肩に担がれたと分かった。
そして、連れていかれたのはトラックの荷台だった。
中には、たくさんの木箱。麻袋と……気絶した人間がいた。
薄暗いから脳が勝手に補っている可能性もあるが……泡を噴いて倒れてる……?
「びびらねえみたいだな」
「こんなの、見慣れてるよ」
「裏に詳しいのか? なんだ、表の人間ってわけでもねえのか」
「裏にどっぷり、ってわけでもないけどな。こっちは一匹狼だ、家に帰りたくねえだけの悪ガキだし。……深夜に町を歩いていればこういうやつを見ることは多いんだよ。遊び方だって教わったんだ……補導されない立ち回り方くらい知ってる」
「威張ることじゃねえが。……そうか、雇い主はもういい。お前が繋がってる相手は、誰だ? ……話せ」
口を強く閉じた時だった。
男の部下らしき若い男が、横から口を挟んだ。
「
「七槻の? ……くく、真偽は知らんが、そうだとしたら……くくく、そりゃいい。だったら使い道があるな」
裏社会の抗争。
六枷、と呼ばれた男は七槻家を狙ってる……? ッ、このままこいつらを放っておけば、委員長に危険が……! おれのミスであいつを巻き込むわけにはいかねえ!!
借りを作れば、どんな交換条件を出すか……分かるが、出させちゃいけねえんだ。
あんなもんに上下は存在しちゃいけねえ。
トラックの荷台の中。出入口がひとつの箱型だ。男たちの視線は奥――運転席側へ向いている……、なら、視線を集めている今なら、一発、ぶち込める――
スタンガン同様に仕込んでいた手のひらサイズの球体を取り出し、荷台の奥へ。
こつん、と音を鳴らしてから一秒もなく、爆発。
闇を白く染める閃光が男たちの目を焼いた。
――よおく効いただろ、目潰しだ!!
「あがッ、目がぁ!!」
「今の内に――」
しかし、荷台を下りる寸前で、また、男に手を掴まれた。
っ!? 閃光が、効いてな――
「不意を突かれなきゃ意味ねえよ。お前が思いつきそうなことだ――にしたって、準備がいいな。だが、お前以上にオレだって準備はいいんだぜ」
「ッ、んのやろ」
「場数も踏んでるらしい。どれだけ踏めば一般人がここまでできんだよ。くく、色々と体に仕込んでるみてぇだが? 感心するぜ――しかしだ」
足をかけられ重心が崩される。
すぐに荷台へ逆戻りだ。
頬が床にくっつき、今度こそ身動きが取れないほどまで強く抑えつけられた。
「が……!?」
「言ったろ、実力不足だと」
「いいや、まだだ……まだっ!」
「残念だが終わりだ、寝てろ、ガキ。見込みがあるが、飼い主の手を噛む犬はいらねえ」
次の瞬間、脳が揺れるほどの衝撃があり……そこで意識が途切れた。
…
…
――これは逃避だったんだ。
妹を傷つけ、もう、妹のなにもかもを取り戻すことができなくて。
居場所を失った。
だから――おれは逃げたのだ。
夜の町、そこでしか手に入らないコミュニティがある。
正直、自分がどんな末路を辿るのかは分かっていた。今やたくさんの情報がある。堕ちればどうなるかくらい、分かっていたんだ……なのに。
どうして? と言うほど自分が分からないわけじゃない。
分かっていても、やめられなかった。
また、家族に迷惑をかけるかもしれない。
妹をもっと苦しめるかもしれない。……それでも、居場所が欲しかった。
閉じこもることができなかったんだ。
夜の世界に興味があって、当時のおれには挑戦心があった。
そんなおれに、ブレーキがなかったのだ。
たくさん怪我をした、家族以外にだってたくさんの迷惑をかけた……でも、だからこそ得られたものだってあったのだ。
同時に失ったものもあったけどな……。
良く言えば探求心なのだろう。
でも、今はその気持ちが悪だと断罪されてしまうのだ。
悪を探求しているから、なのだろうけどさ……。
おれは、居場所が欲しかった……贅沢にも。妹から青春を奪ったくせに。
いてもいい場所が、ほしくて――その先が、裏社会だった。
半歩踏み込んで瀕死になるようなところだけど、おれはもう、妹の世界には、戻れない。
…
…
痛みを感じて目を覚ます。
寒いな……、ここは……ああ、トラックの荷台か……。
目が覚めたけど、脳はまだ揺れている感覚だった。強く殴られたから……うぇ、気持ち悪い……。クスリでも使われたかもしれない。いや、わかんねーな……幻覚は見えてないけど。
トラックは動いている。
これ、どこに向かっているんだ?
……このまま別の場所へ連れていかれたら……詰む。
脱出するなら――準備ができる今しかない。
幸い、手足が縛られているわけではなかった。荷台の中で自由に動ける。
「使えるもんがあるなら全部使う……なにかないか……?」
木箱と麻袋の中身を見る。しかし中身は役に立たないものばかりだ。
体を探れば仕込んだ武器も全部なくなっている……当然か。
アイテムがなければ打つ手がない……クソ、どうすれば……
その時、クスリをやったことによる幻覚かと思った。
開けづらいひとつの木箱をやっとの思いで開ければ、中に入っていたのは銀髪の少女だった。
もちろん死体じゃない。死体にしては肌の艶がいいし、生命力が溢れている。
薄暗い荷台の中が薄っすらと光っているように見えるのは、やっぱり幻覚だろう。
目が慣れたと言っても光の粒子が飛んでるはずもない……。
まるで蛍が飛んでいるみたいだった……おれも末期かもな……。
…つづく
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