それを魔法と呼ぶのなら

渡貫とゐち

第1話


『どうして、わたしのおにいちゃんがおにいちゃんなんだろ……』


 そう妹に言われた。

 もちろん、否定の言葉は出なかった。病室で足を吊り下げながら窓の外を羨ましそうに見る妹へかける言葉は、謝罪しかなかった。

 おれが原因だ――ぜんぶ、おれが悪い。


 家族だから、兄だから。そんな理由で許されるとは思っていない。嫌われて当然だった……おれの身勝手な行動で、妹は…………、大事なものを失ったのだ。


 それはおれが補填できるものじゃないのだ。


「ごめん」


 何度目か分からない謝罪をし、おれは病室を出た。

 白い廊下を歩きながら、気づけば口に出していた。

 無意識だった……、だから、本音なのだろう。


「おれは、あいつの世界にいない方がいいんだな……」



 それから。


 家へ帰ることが少なくなり、家族で過ごす時間が減っていった。父さんとは連絡を取っているけど、母さんと妹とは、あれ以来まともに会話をしていなかった。


 ふたりとも、おれの顔をもう見たくないだろうと思ったから――


 家族におれの居場所はなかった。

 だから別の場所に居場所を作るしかなかった。


 おれがいられる居場所なんて、家族を除けばろくでもない場所しかなかったけど。





(まこと)くんっ、私と付き合ってくださーいっ!!」


「は? っ、委員長!? 愛の告白にぎゅっと握り締めるナイフはいらないだろ!?」



 飛びかかってきた同級生が、躊躇なくナイフを振り下ろしてきた。

 当たれば刃が引っ込むおもちゃじゃない。本物だ……え、違反だろ?


 地面に深々と刺さったナイフを引き抜く委員長……。

 ゆらーり、と立ち上がりながら、委員長が振り向いた。


「さすが真くんです……避けてくれると信じていました」

「なんでナイフを……あー、いい、どうせ理解できないことだから説明しなくていい!」


「どうして、ですかって……? ヤンデレと言えばナイフですからね」

「なんでヤンデレを目指すんだよ……」


 高身長、黒髪。ふたつのお団子を作り、視力が良いはずなのに丸メガネをかけている。

 今日はヤンデレか……先週はツンデレだったはずだ。

 その前はおっとりお姉さんって感じで……色々と試しているとしか思えない。


 実際そうなのだろう。委員長は、だって委員長という設定だし。

 その設定だけはずっと続いている……そのため、メガネのままなのだ。


「そんなの当然、真くんが喜ぶと思ったので!」

「喜ぶ? ……ヤンデレだと違う意味でドキッとするわ……」


「そう言いながら私のこのお団子頭にはドキッとしていたこと、知ってるんですからね。すぐに嘘をつく真くんの言葉は信用できません……っ、うふふふふ、実は私のこと、かなり好きですよね?」


「嫌いだ」


「ほらもーそうやって嘘をつくんですから。私のことを嫌いだなんて、あり得ないですよー」

「その自信は一体どこからくるんだよ……?」


 委員長はドレスコードだった。

 喪服……っぽいが、喪服だよな? 全体的に暗い。


 それでもスタイルが出るオシャレをしているのだ……となると、彼女の家の、いつものあれかもしれないな。


 自称・委員長こと――七槻(ななつき)(しずく)


 喪服よりもチャイナ服が似合いそうな少女だった。


「ところで、葬式でもあるのか?」


「そうなの。幹部がやられちゃって。最近はどんぱちやってて抗争が酷いんですよ。もっと静かにできないんですかね」


 まるで近所の猫の喧嘩がうるさい、みたいな言い方だった。

 いやいや……、その世界にどっぷりと浸かっているとそういう認識になるのだろうか。

 おれには分からない世界と事情だ。


「真くんは気にしないでくださいね。それに、安心してください、ひとつも流れ弾はそっちへいかせないですから」

「当たり前だよ。おれを巻き込むなよ……?」

「巻き込みませんよ……こっちからは、ですけど」


 含みがある言い方だった。

 おれが眉をひそめると、委員長が「だって」と。


「渦中に飛び込んできたの、真くんですよね?」


 それを言われてしまえば、うぐ、と言葉に詰まるが……事実だ。

 飛び込んだのは、おれからだった――


 七槻家はいわゆるヤクザというやつだった。

 つまり委員長もヤクザの娘であり、実は裏社会では有名なのだ。

 表では言えないようなことをしていればすぐに目をつけられる。おれも例外ではなくて……まあ、グレてはしゃいでいたら七槻家に見つかった、ってことだ。


 ――裏バイト、だ。その渦中で委員長の正体を知り、怪我をして困っていた彼女を助けたことで懐かれた……のだと思う。


 好かれる理由がそれ以外に思い当たらないからな。


 委員長に好意を寄せられていることで強いバックがついた、と思えたらいいんだけど……同時に七槻家の関係者、と誤解されることもある。

 実際、七槻家と敵対する組織に、おれのことが認識されてしまっている……厄介なことに。

 委員長を誘い出す餌にされることもあるだろうなあ。


「あれは……おれだって望んで飛び込みたかったわけじゃないんだよ」

「うふふふ、知ってます。私が怪我をしていたから、放っておけなかったんでしょ?」

「まあ、そうだ」


「もしも怪我をしていなかったら、見て見ぬふりをしていました――よね」

「かもなあ」


「私が困っていたら、放っておきますよね?」

「いや……困っていそうなら声をかけるよ。クラスメイトだろ。さすがに無視するのは薄情だ」


「真くん……っ! そういうところが大好きなんですよぉ!!」

「うぉ!? ナイフ持ったまま近寄ってくんなバカ!」


「ヤンデレにドキドキですか?」

「身の危険の方のドキドキならずっとだけどな!」


「えへへ……うふふふ……ふふはひぃひひっ」

「ヤンデレなのか? 悪魔なんじゃないのか?」


「悪魔っ娘もいいですね」

「よくないわ!!」


 遅ればせながら、これだけはしゃいでいても今は深夜である。

 せっかく会ったんだから――と委員長は言ったが。……ヤンデレ設定ならおれを尾行していた、という可能性は充分にあるわけで……まあ、そこは置いておくか。

 ともかく、せっかく会ったんだし、とおれも同調し、自販機へ向かった。


 日頃から世話になってるしな。これくらいは奢ろう。

 缶コーヒー(甘いやつ)を買い、委員長へ投げ渡す。こういう時、おっとっと、と慌ててくれたら可愛いけど、運動神経が良い委員長はしっかりとキャッチしていた。


「もったいない……、家宝にしよ」

「ぜんぶ飲め」

「真くん、私にぜんぶ飲んでほしいのですか?」


 うわめんどくせえ。


「ああ、飲んでほしい。一滴も残さずにな!」

「がんばります!」


 がんばる? ……好きにしてくれ。

 飲み終えて。

 委員長が口調をあらためた。


「真くん、ちょっと……ちゃんとしたことを言いますね」


「うん? ……今までが違う、って意識はあるんだな……それで?」


「しばらくは深夜徘徊をやめてください。委員長の私が言うのは遅いかもしれませんけど、ヤクザの娘からの忠告です。最近は物騒ですからね……」

「今更? それに、委員長が守ってくれるんじゃないのかよ」


 ちなみに、委員長は実は委員長でなかったりする。委員長キャラなのだ。


「守りますよ! でも、私の手が届かないところもあるので……」

「ふうん、そっか……じゃあ、しばらくはおとなしくしておくか」


「はい! もし――帰る場所がないなら、私の家にきますか? 七槻の本家ではないので気を遣うこともないと思いますよ……しかも安心安全です!」

「それはマストなんだがな……本当かよ」


 身の危険、ではあるが、委員長の家へいけば別の身の危険があるんだけどな……。

 それにしても、今の裏側も、大変なことになっているらしい。

 まさに、今は戦国時代のようなのだ。


 誰が支配者となるのか。陣地取りは活発になってきている。

 そんな戦場に一般人がうろついていれば当然、巻き込まれてしまうだろう。

 委員長と接触が多いおれは尚更だった。


「んー、まあいいや。たまには帰らないといけないし……妹には会わないように……でも母親には顔を見せておかないとな――」

「お母様!」

「……委員長、一度会っておくか? 色々と世話になってるし、お礼も、」


「ご挨拶を!」

「うん、挨拶、だけな。忙しそうだしごたついているのが終わってからでいいけど」

「すぐに終わらせますね!!」


 と、委員長は空き缶をゴミ箱へ捨てて闇の中へ消えてしまった。

 きちんとナイフを握り締めて……怖いっての。


「無理すんなよー……」


 呟いたが、聞こえていないだろう。

 思ったが、遠くの方から、微かな「――……ぁーい」と聞こえてきた。

 どんな耳だ。


「……さて、帰るか。いや、その前に……最後のバイトがあるんだった」


 仕事を終えてから、帰るとしよう。





 …つづく

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