気合い入れて向かっていってみよう
「
相変わらず相手を蔑む言い回しで、まるで自分は悪くないと言っているようだ。昨日までの私なら反射的に「すみません」と言っていただろう。だが、今日は違う。胸を張り背筋を伸ばしたまま言い返した。
「昨日指示された資料なら既にクラウドに上がっています。完了報告のメールも送信済みです。ご確認ください」
いつもならただオドオドしている私から予想外の反応に、係長は滑稽に見えるほどあたふたしている。
「ご要件はそれだけですか? 時間は有限ですので失礼しますね。係長はお暇なようならデータの入力方法でも学ばれたらよろしいかと思いますよ」
一礼してデスクまで戻ってきた。自分でも驚くほどスラスラと言葉が出てきた。そんな自分に顔を綻ばせていると私の姿を見つけたお局様が近づいてきた。
「あら、源さん。珍しく機嫌が良さそうね。手が空いてるなら私の仕事手伝ってくれないかしら?」
こちらはこちらで、仕事押しつける気でいつも通りのようだ。
「先輩の時代は良いですね。見た目だけ整えてお茶だけ入れてれば良かったんですから。先輩みたいなお化粧してたら、私もその分のお給料いただけるんですか?」
「な、ななな……何を!」
お局様は耳まで真っ赤にして絶句している。厚い能面みたいなお化粧にしわが寄って般若みたいに見える。私に言われた事が相当気に入らなかったらしく、お局様は鼻をフンフンと鳴らしながら自分の席に戻っていった。
これまで彼女たちに声をかけられるだけで、私は身を縮じめていた。元からそんな必要なんて無かったんだ。
午前中の仕事を片付け昼休憩を取っていると、デスクに置いてあるスマホの画面に母の名前が表示された。受信ボタンをタップし電話に出る。
「もしもし、瑠璃? お見合いの件、考えてくれた?」
受話器から聞こえる母の声は、相変わらず自分の希望を押し付けるための、湿り気を帯びたものだった。
「お母さん。そのことなんだけど、お相手の方良い人? 私にちゃんと釣り合う人じゃないとお見合いなんてしないわ」
「え……? な、何を言ってるの。向こうは立派な家柄の方で、あなたみたいなOLにはもったいないくらい……」
「家柄なら、うちだって良いんでしょ? お母さん言ってたじゃん。だったら私、もっと強い人がいいな。お母さんが連れてくるような、ただ条件が良いだけの人はお断り。……じゃあ、仕事戻るね。用件はメッセージ送ってくれたら見るから」
呆気にとられる母の声を置き去りにして、通話終了のボタンをタップする。
これまでは、この着信ひとつで一日中暗い気分になっていた。でも、今の私ならはっきり言える。私の人生のハンドルを握っているのは私だ。
午後の仕事に戻るため、私はパソコンに向き直る。
机の下で、包帯を巻いた拳をそっと握った。鈍い痛みが、昨夜のあの心地よい興奮を思い出させてくれる。
ちょっと気合い入れて、嫌な事があったらぶっ飛ばせば良かったんだ。
そう思う窓に映る私はもう、みっともない顔なんてしてなかった。
気合い入れたら物理で怪異をぶん殴れた話 あまつか @amatsuka_kaede
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