かかってこいよ、ぶっ飛ばしてやる
ゴッキィィ!
振り抜いた左拳が影の顎を打ち抜いた。
「ア、グ…… グ……」
影は声にならない音を口から発している。今の顎へのヒットが相当効いたようだ。それでも先程から私の腕を掴んでる手を離していなかった。
「さっさと離せよ。このウスノロ!」
こちらの腕を掴んでいる手を振り払い、逆にこちらが影の腕を引き寄せる。近づいた顔に一撃目と同じ全力のパンチを頬めがけて振り抜いた。
ベギィィ!
泥状の表面を吹き飛ばし、拳は顔の中心部分まで届いていた。顔面へのパンチをもらって影は崩れるようにその場に横たわった。
顔面を殴る派手な音が車内に2度も響き渡ったせいで私が全ての注目を集めてしまったようだ。車内にいる他の影も標的を私に変えてにじり寄ってくる。
「なに? 全員私に相手してほしいの? かかってこいよ! ぶっ飛ばしてやんよ!」
つま先の窮屈なパンプスを脱ぎ捨てて仁王立ちになり、指先をクイックイッと曲げて挑発するポーズをとる。
一番近くにいた影が勢いよく飛びついてくる。影の足を払いながらひらりと躱し、影の体勢が崩れたところに頭上からまっすぐ拳を落とした。グシャっと泥を撒き散らしながら頭が潰れた。
2体の影が動かなくなったところで他の影も状況が分かったのか全員が同時に襲いかかってくる。
「グワァァァァ!」
飛びかかってきた影の勢いをそのまま利用して支柱に放り投げる。硬直して止まっている別の影には、走って近づいて飛び蹴りをお見舞いする。掴みかかってきた影の鳩尾には肘を深くめり込ませる。
バギィ! ゴジャ! ガゴォ!
大きい音がする度、1体が2体、2体が3体と倒れていく影が増えていく。
殴り、蹴り、投げ、叩きつける。
特別な技術なんて知らない。ただ、どこをどう叩けば一番派手に砕けるか、今の私には本能で理解できた。
一発ごとに心の澱みが消えていく。一発ごとに窓に映る私の顔がかつてないほど鋭く輝きを増していく。
最後の1体の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばして車内にいた影は全部動かなくなった。車内を見渡すと、さっきまで私を囲んでいた影たちは見るも無惨な泥のシミとなって床や座席にこびりついている。他の本物の乗客たちは隅っこで震えながら、化け物を見るような目で私を見ていた。
その時、ガタン、と大きく電車が揺れた。
『まもなく、終点。終点です』
スピーカーから流れる無機質なアナウンス。
窓の外を見ればそこにはいつもの見慣れた駅のホームが広がっていた。
私は乱れた髪を乱暴に整えると、転がっていたパンプスを片方ずつ拾い上げた。
電車が正確にホームに停車し、軽快なメロディと共にドアが開く。
私は軽やかな一歩を踏み出した。
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