第6話 断罪劇



 前世ショックでしばらく休んでいた後、授業再開の日、夫人はエキサイトしてエリザベスわたしの前に現れた。


「貴女のように物覚えの悪い令嬢は、休めばますます教育が遅れますよ! いいえすでに手遅れです!」

「手遅れ……ね。では、もうあなたは要りませんね、お帰りを」


 私は夫人に向かい、身体が覚えていたカーテシーをした。

 悔しいが、この女の淑女として技術は本物なのだ。


(だからと言って暴行まがいの体罰なんて、絶対!許せないけどね)

 

「な、何を言っているの! 今のは、もっと厳しくしなければいけないという事です」

「お断りします。これ以上、あなたから教わることは何もありません」


 きっぱりと言うと、怒りを通り越したのか夫人の顔色は赤黒くなった。

 私は見せつけるように、わざと口の端を上げた。


「私の事より、ご自分の心配をしたらいかがかしら? そのお顔、淑女というより鬼のようですよ」


 鬼という概念はこちらにもあった。

 幽霊みたいな意味だったけど、与えた効果はてきめんだった。


「この生意気な小娘がぁーー!」


 見下している相手に、やり返されると応えるのよね。

 会社でも見たなぁ。

 顔色を変え、目を吊り上げ、唾を吐き散らすお偉いさんを。

 

 逆上した夫人の平手を、私は逃げずに受け入れた。


(ごめん!エリザベス。でもこれが最後だから)


 バシィーンっと、大きな音がして、私は床に転がった。

 はぁはぁと肩で息をした相手に、私はにやっと笑い、叫んだ。


「誰か!助けてぇぇー!殺されるぅーー」


 夫人は、はっとしたが、すぐにドアの外が騒がしくなった。


「お嬢様!何があったんですか!」

「お嬢様ぁー!」


 私はさっと起き上がり、ドアの鍵穴に刺した棒を抜き(こんな風にして向こう側から開けられないようにしていたんだよ!この女)、飛び込んできた侍女に抱き着く。


「先生が、先生がぁ……!」

「お嬢様の頬が!」

「何という事を……!」

「あ……ち、違う。私が、いや私じゃない……!」

「大人しくしろ!」


 侍従や執事が駆けつけて、取り乱した夫人を捕まえた。


 連絡を受け、王城の仕事を放って帰ってきたお父様に、今までの、エリザベスがされたすべてを話した。

 頬の赤みは全然引いてなかったし、足もくじいてグルグル包帯が巻かれている。

 動かぬ証拠である。

 己の選んだ家庭教師が、愛娘を虐げていたという事実に耐えられなかったのか、お母様は気絶した。


 公爵令嬢に暴行を働いただけで、充分極刑に値するが、事態を重く見たお父様によって、夫人の過去が調べられ、今までの彼女の『教え子』に対する虐待も暴かれた。

 周囲に言えない悩みを抱えてた彼女らは、事情を聴くために訪れた宰相府の使者に、泣きながら事実を告白した。

 彼女らの殆どは心的外傷を抱えており、夫人が家庭教師を退いた後も、宝石や、ドノヴァン伯爵家への便宜などを強請られた女性もいた。


 その中の一人に、『エレーヌ妃』がいた。


 エレーヌ様は、厳しい体罰に耐えて妃になったが、恩着せがましく訪ねてくるドノヴァン夫人が帰った後は、いつも嘔吐していたそうだ。


 どうしても謝りたいと、エレーヌ様は私を王宮に呼び出した。

 小広間で王妃様と、ご自分の産んだヒューバード殿下と一緒に、私とお父様を迎えてくれたエレーヌ様は、私の前で屈むと私の手を取り、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝ってくれた。


(この人は何も悪くないのに……)


 自分が告発すれば、私に被害がなかったという主張だったけど、それって無理だよね!

 DVの被害者が、相手を非難できるまでに回復するのには時間がかかるし、今も相手は側にいたのだ。


「エレーヌ様はまったく悪くありません、悪いのはすべてあのひとです!」


 きっぱり言いきった私の顔を、屈んだままのエレーヌ様は食い入るように見た。


「エレーヌ様も被害にあわれたのです。しかも私のように、皆になぐさめてもらってないのでしょ?」


 子供だから許されるだろうと思って、私は手を伸ばして『エレーヌ妃』の頭を撫ぜた。


「大変でしたね。もう大丈夫ですよ、エレーヌ様。ヒューバード殿下も私もいますからね」


 エレーヌ様の、大きな美しい水色の目に涙がたまり、あふれた。

 私は、エレーヌ様の真っ直ぐな銀色の髪の後ろに手を当てて、引き寄せて抱きしめた。


「大丈夫ですよ」


 と囁きながら。




 その後、エレーヌ様がとても明るくなったと王妃様に感謝された。


「とても明るい子だったのに、側妃に上がったら静かになってしまって……私も陛下も心配していたの」


 エレーヌ様は、王妃様の2年後輩だった。

 中々、子が出来なかったから側妃として迎えられたが、その途端王妃も妊娠して、二人は同じ年にそれぞれ王子を産んだ。

 エレーヌ様は自分がもう少し嫁ぐのを待てば良かったと思ったそうだが、王妃様は子どもの兄弟が出来たと、とても嬉しかったとのこと。

 以来、王妃様は、二人の子供の母親であり、エレーヌ妃の姉のつもりで接しているそうだ。







―――――――――――――――atogaki




…ドノヴァン伯爵夫人は当然極刑(情状酌量の余地がまるでなく、繰り返し処刑できるくらいの罪が積みあがった)。

…ドノヴァン伯爵家は財産没収(慰謝料として被害者に分けられた)の上、男爵にまで落とされました。

…その男爵位も一代限りで、功績がなければ次の代から平民となります。


あと一話です。

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