第5話 そもそもの原因



「い、いつ、そんな話に!」

「エリザベスがデビュタントを迎えた日。形式にのっとって公爵に申し込んでる」


 すでに形骸化しているが、婚姻申し込みの解禁は、16歳の成人表明である『デビュタント』を迎えてからだ。


「お父様は私に釣り書きは、一つも届いてないって!」


『釣り書き』とは、見合いの申し込み書で、本人の履歴書のようなものだ。

 気になった相手や、婚約を望む相手の家には、まずこれが送られる。

 なのに、私には一通も届いていないと言われたのだ。

 結構傷ついたんだぞ。


「釣り書きは出してないからね。僕自身で公爵に談判した」

「お父様は何て……?」

「娘がいいって言ったら考えるって。それまでは、他の申し込みは退けてくれるって」

「おとぉーーーさまぁぁぁ!」


 あの父親は、何でもない顔をして、私への縁談を握りつぶしていたのか!


「僕だって大変だったんだよ。自分で言ってた通り、エリザベスは、モッテモテだったんだから。国内は僕らの権威で何とかなるけど、こっちに来てからは潰すのに苦労したんだから」


 私のモテを潰しておいて、全く悪気なさそうに、ヒューバードは淡々と語る。


「エリザベスの叔母様と、夫君のザイード公が協力してくれたから、何とかなったようなもんだよ」

「叔母様達もグルなのー!?」


 こっちの国に来ても、男子からは遠巻きにされていて、密かに焦っていた私の乙女心は……


「……エリザベスは、僕じゃイヤ?」

「い、いやとかじゃ……」


 下から顔を覗き込まれて、真っ直ぐこちらを見つめる宝石のような青の瞳に合う。

 あ、あざとい。

 私はあわてて、瞳をそらす。


「そんな、いきなり言われても……」

「いきなりじゃないよ。僕はずっとエリザベスを見てたよ」

「ずっとって……」

「うーんそうだね、エリザベスが母上を助けてくれた時からかなぁ」




 ヒューバードのお母様は、側室のエレーヌ様だ。

 エレーヌ様は伯爵令嬢だった。

 婚姻後2年間、王妃様に子ができなかったので、側室として選ばれたが、陛下に侍るには少し身分が低かった。

 そんな彼女を教育したのが、淑女教育で有名なドノヴァン伯爵夫人だった。

 元々、王家に嫁ぐ予定じゃなかったエレーヌ様を、完璧な『妃』に仕上げたとして、ドノヴァン夫人の名前は上がり……9歳のエリザベスの家庭教師になった。

 

 それまでエリザベスは、公爵家で自由奔放に生きていた。

 幼馴染二人が男の子だったことも影響していたのだろう。

 女の子らしい趣味はなく、公爵家の広大な敷地で、木の枝を拾ったり虫を取ったりして走り回っていた。


 確かに甘やかしてはいるが、度は越えていないので、公爵はそれを由としたが、母親はそれを危ぶみ、淑女教育として高名なドノヴァン夫人を家庭教師として、公爵邸に呼んだ。


 エリザベスの受難の始まりだった。


 歩き方、座り方、ペンの握り方からスプーンの持ち方まで、すべてにおいて口を出され、エリザベスは反発したが、母親に「貴女の為なのよ」と泣きながら懇願され、仕方なくドノヴァン夫人に従った。


(こうやって、母親の頼みをきいてあげるエリザベスは、充分いい子だよね)


 自分に逆らわなくなったエリザベスに、ドノヴァン夫人はどんどん要求を強めて行った。

 助けを求められる相手がいるから甘えるのだと、侍女たちも部屋から退けた。

 そんな中で、エリザベスは、少しでも夫人の決めた枠から外れると、「公爵令嬢がこんな事もできないなんて……」と、言葉で責められ、容赦なく指揮棒で叩かれた。


(服で隠れた場所、しかも痕が後々まで残らないようなテクニック。巧妙すぎだわ)


 その内、エリザベスは夫人が来ると思うだけでお腹が痛くなり、トイレに駆け込むようになった。

 誰にもその事は告げられなかったが、不調を隠すためにますます動きが鈍くなったエリザベスは、ますます夫人に咎められるようになって……


(こもったトイレで、前世ワタシを呼び起こしちゃったのよね)







――――――――――――――――――――――atogaki




…この世界のトイレ事情は(上下水道を知っている転生者が作ったとしか思えない)魔導具により、とても衛生的によろしい。






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