第3話 不審な全身電飾男
「そのあだ名はやめてって言ってるじゃない。ちゃんと本名で呼んでよ」
ダサ彦は言った。
「本名知らないんですけど」
「ひどいなあ」
と、ここで私はメガネをかけた。フレームの厚いダッサいやつだ。ガリ勉のクソ山盛り女のミサチが身につけてるような。こんな姿、他の男には見せられない。この姿を見せられるのは、他ならぬダサ彦だけだ。ダサ彦は、私の中では人外だから、こういう姿を見せても何の感情もないわけだ。
「うほー、メガネの凛音ちゃん最高。サンタドレスもかわいい! 萌ええええ!」
「アンタ、何なわけ? そのアホ丸出しの格好」
視力を取り戻した世界で見るダサ彦は、とんでもない格好をしていた。
緑と赤で編まれたダッサ〜いぶかぶかのクリスマス・セーター。百歩ゆずってそれはいい。問題は、全身に巻き付けた電飾だ。全身を照らし出すのは、リズミカルに明滅する黄色い光。なんやねん、これ。
「これ? 素敵でしょ。僕はね、ツリーなんだ。輝きをまとったツリーなんだよ」
ピカッ・ピカッ・ピカッ。
なんという馬鹿丸出しな格好。見てるこっちが恥ずかしくなる。本物の馬鹿だ。
「ちなみに、コレの電力源は、単三電池二本なんだ」などとどうでもいい付加情報をのたまる。
「はぁ……」
「ため息つかないでよ。凛音ちゃんはここで何しているの? 光昭くんは? 一緒じゃないの?」
痛いところをつかれる。
まさかこんな華やかなりしところで思いっきりフラれたなんてことを言うわけにはいかない。
「彼はぁー、いまぁー、家にいてぇー」
「そうなの? さっきミサチさんと二人で歩いているところを見たけど」
「だからアンタ嫌いなのよ。私たちが別れたこと知ってて、そう言ったわね!」
「あはは、実は、偶然君を見かけてから、ことの一部始終を見ていたんだよ。ドイツ製の刃物店で何するつもりだったの?」
「アンタ私を見ていたの? 小一時間」
「うん。君を見ていたよ。小一時間」
「キモいんだよ、このストーカー!」
「キモいのは君だよ。男の子を逆ナンしたりなんかして。一体どうしたの。フラれて、ヤケになってるの?」
ぐぬぬ。こやつめ。間違いなく一部始終見ていやがる。まったく気づかなかったわよ。本物のストーカーめ。
「そんなの私の勝手でしょう。ダッサい男とねんごろになってる写真を撮って、光昭に送りつけてやるの。そんで、思い知らせてやるのよ。アンタはこの男以下だってね!」
「自分を大切にしようよ」
ピカッ・ピカッ・ピカッ。
「やめてよ。落ち込んでるの。もうアンタとは話もしたくない。消えてよ」
私は、自分の膝の間に顔を埋めた。視界からイルミネーションが消える。ダサ彦も消える。何もかもが消える。体が冷えてきた。寒い。凍えそうだ。
「僕じゃダメ?」
ゆっくり顔を上げる。ダサ彦がまっすぐ私を見据えていた。その柔らかな笑顔。思ったよりも涼しげな目元。そして、ピカッ・ピカッ・ピカッ。
「そんなアホ丸出しの格好のやつなんか、ダメに決まってんだろうがッッッ!」
「誰でもいいなら僕でもいいじゃないか」
「それは……。自分を大事にしたいの。いくらなんでもアンタみたいな放射性廃棄物はゴメンよ」
「そうなんだ。よく分からないけれど、僕は凛音ちゃんにとって特別な存在なんだね」
「何でそうなるの! 日本語を理解しないネアンデルタール人めが!」
「うれしいなあ! さあ、行こう!」
ダサ彦は私の手を引いた。その力が馬鹿みたいに強いものだから、私はなすすべなく、彼に引っ張られた。
「ちょ、やめてよ!」
「さあ、楽しもうよ、クリスマスの夜を」
「さわんなって言ってんの。アンタみたいなクラスカーストの最下位にも置いてもらえないような
「どうしてそう思うの?」
ダサ彦は首を傾げた。
「……っく」
私は言葉に詰まった。答えは明白だ。その全身のイルミネーションだ。なのに、そこに言及する気になれなかったのは、その馬鹿丸出しのイルミネーションをこう思ってしまったからだ。キレイだと。
「私もヤキがまわかったかな」
はぁとため息。
そりゃそーよね。私は嫌われ者。厄介者。私こそが不可触民。もうダサ彦ぐらいしか相手にしてくれる人はいないのだ。私も不相応をわきまえたというところかしら。
ダサ彦に手を引かれ、輝きの中を歩く。三〜四メートルの高い木のそのてっぺんまでつけられたイルミネーションの瞬きを仰ぎ見る。
「……アンタは、私でいいわけ?」
「何が?」
「私って性格終わってるじゃん。ゴミじゃん。死んでいいやつじゃん。他にいい子が、いるでしょう」
「僕はそうは思わないよ」ダサ彦は立ち止まり、表情をゆるめた。「君の気の強いところが好きなんだ。それは幼稚園の頃から変わらない。一貫して好きだよ」
「気が強い……か」
にしても。
「好き好き言わないでよ。こっちだって恥ずかしいんだからね」
私は言った。ほっぺたのあたりが熱くなる。否応なしにほてっていく。あーあ、なんでこんな奴に赤くなってるんだろ。こんな不審な全身イルミネーション男に。
「そう? 好き好き好き」
「本当にキモい」私は眉根を寄せた。「いいわ。今夜はアンタと過ごしてあげる。ありがたく思いなさいよね」
「本当⁉︎」ダサ彦は目を剥いた。「じゃあウチに来てよ。お父さんとお母さんがグラタンと天ぷらを作って待ってるんだ」
「グラタンと天ぷらってすごい組み合わせね! カロリー高!」
「久しぶりだなあ。十年ぶりくらいなんじゃない? うち来てくれるの。昔はよく来てくれたよねえ。うれしいなあ」
ダサ彦は飛び上がり、うれしさを表現して舞い踊る。まるで餌をもらった犬のようだ。全身をピカピカ光らせ、宙に飛ぶ。
「ねえ、アンタ本当の名前は何て言うの?」
「正彦だよ。正彦」
「ダサ彦ね。覚えたわ」
「完全に覚えられている気がしないけど、よろこんでおくかー!」
私は、ダサ彦に手を引かれて通りを歩く――イエロー・ブルー・レッド・ホワイト・グリーン。
悪くないと今では思う。
冬の夜空を明るく照らしあげようと最初に考えたやつを褒めてやってもいいと思うくらいには。
ダサ彦の家に招かれて、これまたイルミネーションを全身に巻いたご両親にで迎えられて、天ぷらとグラタンを食べた(なお、ダサ彦は、ご家庭でもダサ彦と呼ばれてた)。
そこでは昔話に花を咲かせた。幼稚園のころとか、小学生のころとかの、ダサ彦と一緒に写った写真を見たりしながら。
あんまりロマンティックなところはないし、色気も全くないけど、温かかった。家庭の温もりがあった。
こういうクリスマスも、悪い気はしなかったわね。
ちなみに、ダサ彦からは、クリスマスプレゼントにドイツ製の包丁をもらったわ。アンタが買い占めてたんかい!
ひかりのカーニバルにて 馬村 ありん @arinning
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