第2話 チー牛逆ナン大作戦
「そーだよ。きみ、今ヒマなんでしょー?」
「えっ。それほどヒマというわけでは――」
「――はいはい。そういうことにしておきましょうか。ヒマなことを見抜かれるほどカッコ悪いことはないものね。自分を高く見せようと忙しいフリしてるのよね。私はね、言ってみれば美少女版サンタクロースってところかしら」
「へ? は? ほ?」
大学生(仮)は目をパチクリさせながら私を見返してきた。
「つまりね、孤独でみじめな男の子に愛を与えにきたの。分かるでしょ」
「申し訳ないけど、一ミリも分からないです」
このさえない男なら、三日絶食させた犬みたいに私に飛びついてくるかと思ったのに――何だろう――全く煮え切らない。
「察し悪いなあ」(こういう頭の悪いやつ嫌いなんだよね私)。「あんたナンパしてんでしょ。私が付き合ってあげるって言ってるんの――」
そういう私の声に被せて、こんな声が聞こえてきた。
「――タカくん、お待たせー」
私の後ろをすり抜けるように、髪の短い
「この人、知り合い?」
髪の短い女は、目をパチクリさせながら私を見つめてきた。
「一ミリも知り合いじゃない」
そう言いながら大学生(仮)は左肩で私を押しのけ、女の手を取り、街中へと消えていった。いてェ、ぶつかりおじさんかよ。
たった一回の失敗で、めげる私ではない。次は、すぐ近くにいた
これは結論から言って失敗だった。
瓶底メガネも恋人待ちだったのだ。同じく瓶底メガネの彼女が現れた。まあ、相応って感じよね。私は笑顔で二人を送り出してあげる余裕すら見せた。瓶底男が頭の横で、指先で渦をまくジェスチャーをしていたけれど、見て見ぬふりをしてあげた。私は低次元の人間に対してはけっこう寛容なのである。
たった二回の失敗で、めげる私ではない。次は、細マッチョの男に声をかける。そしたら、二度あったことが三度起きた。テンドンってやつ? 神の視点から私を見ている人からすれば愉快と感じるかもしれないけれど、私としては不愉快だ。なんでみんな恋人がいるわけ? ンざけんなよマジで。さっきのドイツ製を買ってきて、ひと暴れしてやろうかマジで。
いけないいけない。怒りにとらわれていては。アンガー・マネジメントしなきゃ! ほっぺたをペチペチして気を取り直す。
作戦変更だ。コンタクトレンズ・オフ! こうして視力を裸眼の0.2に落とせば、大概の男が許容できる。ぼやけて見えなくなるからだ。私って強度の乱視なの。よっしゃ、これで行こう。
来い、男!
と身構えたのはいいものの、私の前に姿を現した男にはみな連れ合いがいた。女性はもとより男性のパートナーを持つ者もいる。ひとりものは現れなかった。っていうか、いま一人きりなのはこの場に私しかいない。
うそ、うそよ。
しょうがないので、暴れることにした。それで、ドイツ製の店に行った。
「悪いけど、品切れでね。今引き上げるところさ」
店長は言った。見れば、スタッフたちが、テントの支柱を折りたたんでいるところだった。時間も時間だ。売り場の撤収にかかっているところなのだ。
このさい、この男でもいい。
「――私に付き合ってよ、一晩だけでもいいから」
「なんだか知らないけど、あんたみたいなガキになびくような男に見られちゃ困る。俺には妻も子供もいるんだから。あきらめな。こんな夜はな、恋だの愛だのなんてものは、みんな品切れ中なんだ」
アカン……。
さすがに立ち直れない。恋人たちの腰掛けるベンチの隅っこに身を寄せ、私は膝を抱える。ぼやけた乱視の世界で、驚くほどきれいに光が踊って見えた。イエロー・ブルー・レッド・ホワイト・グリーン。宝石みたいな無数の輝き。まるで光のカーニバルの中にいるかのようだ。そのなかで、無数の恋人たちが、手を引き合い、抱き合い、キスをする。すべては夢の中のよう。両手で視界を覆う。そうすれば、何者も目にせずに済むからだ。暗闇の中にすべてを
本当は、心のどっかで気づいていた。
光昭の言ったことを。
みんなから嫌われているってことを。
私は、どうしようもなく高慢で、ナルシストで、冷血で、非情で、サイコパスで、クソ女。それが私なんだ。こんな私が嫌い。でも、自分を変える方法は知らない。だから私は、私が自分のままでどこまで行けるか、突き抜けられるところまで突き抜けてやるつもりだったの。それで、このざまってわけ。あはは。いひひ。おほほ。
あーあ、これからどうしたらいいんだろう? どう動いたらいいんだろう? どう生きたらいいんだろう?
「あのー、おひとりですか?」
男の声がして、電光石火の速さで私は振り向いた。よく首が折れなかったなと言いたくなるぐらいの速さで。
「はいはいはい! ひとりです! ひとりものです! あまりものです!」
見れば、そこにいたのは、まばゆいばかりの輝きだった。……何これ? もしかしてクリスマスの精霊ってやつ? 罪深き私を悔い改めに来たわけ? エベニーザ・スクルージがされたみたいに。
「おほ、やっぱり、凛音さんだ!」
聞き慣れた声だった。何度となく聞こえてきた声。幼稚園から高校まで否応なく聞かされてきた声。
「……ダサ彦?」
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