ひかりのカーニバルにて

馬村 ありん

第1話 みんな死んでしまえ

 色とりどりのイルミネーションが、なぜ冬の夜空を飾らねばならないのか、こうした装飾を最初にはじめた人間を、私は徹底的に問い詰めたい。詰問キツモンしたい。拷問ゴーモンにかけたい。

 そんなふうに私が思うのは、たった今ここで恋人に振られたからであり、無気力な心持ちになって、サンタドレス姿で一人たたずんでいるからである。

 背の高い木々の連なりに飾られた無数のLEDライト。夜の暗闇をはねのけ、地表を照らし、恋人たちの上気した顔をさらに輝かせる奇跡みたいな輝き――イエロー・ブルー・レッド・ホワイト・グリーン――みんな死んでしまえ。高校二年のクリスマスの夜にこんなことが起こるなんてありえない!


『ほかに好きな人ができた。別れて欲しい』。光昭がそう切り出したのは今から五分前のこと。

 なんという紋切り型で定番で手垢のついた別れ文句なのだろう。だから私は、紋切り型で定番で手垢のついた台詞で応じた。

『私の何が不満だというの?』

 そう、私の何が不満だというの? クラスで一番かわいく(学校裏サイト人気投票一位)、家柄もよく(侍の家系・父は代議士)、ファッションセンスも抜群(ファッション誌に街角スナップ撮られたことアリ)。そんな私が、どう見積もってもクラスで十番目くらいのステータスの光昭なんかと付き合ってあげてるのに、この仕打ちってどういうことなの? 私はそんなことをまくしたてた。


『もう、どっからツッコんでいいのかわかんねーよ』そういうと、光昭は、突き出した唇から上向きに息を吐いて、マッシュルームヘアの前髪をなびかせた。『俺はミサチと付き合う。あっちの方が素直でかわいい。お前みたいな傲慢な人間の相手する気力はもう残ってないんだよ』

『はあ? アンタ正気? あの地味ガリ勉クソ女? 最悪。どんな趣味してんのよ、ソレ。やめてよね、ミサチの方が私より価値ある女みたいに見えるじゃん!』

『ミサチのことが好きなのは、凛音りんねと違って、そんな風に人をなじってこないところだよ』光昭は私に背を向けた。そして背中越しにこう言った。『いい加減、お前、みんなから嫌われてるって気づいてない? もうお前を好きなのはダサ彦だけだよ。あいつと付き合いな』。それと、街角でお前を撮ったのは、ファッション誌じゃなくてエロ雑誌だから――光昭は言い添えた。


『ダサ彦? ダサ彦ですって? 誰があんなやつと! ふざけんのもいい加減にしなさいよ! ヴァーカ!』

 叫び声をあげた後、私は上を向いてストリートを歩く。下を向くと泣いてしまいそうだったから。目にうつるイルミネーションが忌々しい。私を撮影してる人が二、三人いた。目立ちすぎたのかも知れない。だからって撮るなよ、肖像権侵害バカども! そう罵ってやった。

 最悪の別れ方だ!

 何でこんなイルミネーションの華やかな場所で私を振るの? 場所を考えなさいよね。っていうか、光昭なら考えた末にここでフッたに決まってる。精神的ダメージが一番大きくなる場所を選んだんだ。あの小僧、こざかしい。最低。死ね。いや、殺す。刺す。そういうわけで、クリスマス市で刃物を物色する。銀細工・陶器・漆器・ホットワインなどいろいろ出店がある中に、ドイツ製の包丁を売る店があった。なかなかに刃渡りのいいものを見つけた。お兄さん、すみません、コレくださいナ。

 いや、待てよ。

 考えが変わった。


 わざわざあんな奴のために殺人罪でポリ公に追われるのハメになるのもどーなのよ。

 屈辱を与えられたなら同じ屈辱を返せばいいんじゃん?

 最低レベルの男と夜を過ごして、その写真を送りつけてやれ。言外のメッセージを光昭に送ってやるのだ。アンタなんてコレ以下の男なんよって。その鼻っぱしをぽっきり折ってやれ。私に刃向かった罪悪の重みを骨のズイまで味あわせてくれるわ。グハハ。


 そうと決まったら即行動に移すのが私のいいところ。美点。このイルミネーションの中で一人で行動しているミジメな男を探すのだ。

 探してみれば……。

 うわ、いるいる。

 無相応な相手をナンパしようと必死な十人並みの器量の男たちが。

 そこで私は、すぐ近くにいた男に目をつけた。ダサいパーカーを着た大学生といった感じのホモ・サピエンスで、背の高さと顔立ちのシュッとしたところが、ギリ付き合ってあげてもいいかなっていうラインの上にいる。点数をつけるなら200点中45点。まあ、よかろう。

 その大学生(仮)は、キョロキョロと辺りを探す素振りをしている。わかる、わかるよ。自分でも付き合えそうなレベルの女の子を物色してるんでしょ。それで、今宵こよい暗くせまいアパートの部屋で、『無駄なあがきだった』と一人反省会をするハメになるのよね。そうに決まってる。


「お兄さん」

 肩まで伸びたサラサラの黒髪をなびかせ、彼に向かって、私は小首を傾げてみせる。これが私の必殺ポーズ。これで落ちない男はいない。男って従順そうに見える黒髪美少女が大好きなものなの。そういうものなの。

「えっ? 何? 僕?」

 大学生(仮)は目をパチクリさせながら私を見返してきた。

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