第11話 敗北と、渇望の対価
廃棄坑道の出口を抜けた瞬間、目に飛び込んできたのは鮮やかな茜色の空だった。
肺に満ちる外気は冷たく、少し埃っぽい都会の匂いがした。けれど、今の僕にはそれが最高級の香水よりも芳しく感じられた。
生きている。
そして、勝った。
リュックの底には、マイン・オーガの魔石が眠っている。
換金すれば30万にはなるだろう。道中で狩ったコボルトたちの素材も合わせれば、一日で50万近い稼ぎだ。
仕事の半年分が、たった数時間で手に入った。
「……悪くない」
僕は拳を握りしめた。
手のひらに残る、あの感覚。
『守護者の牙剣(ファング・ダガー)』がオーガの硬い皮膚を貫き、魔力を炸裂させた瞬間の全能感。
僕はこの力を完全に制御できていた。
ランク12の荷物持ち?
もう誰も、僕をそんな目では見ないだろう。
この力があれば、這い上がれる。
あのニュースで見た、ランク80台の化け物たちが死ぬような地獄でも、きっと生き残れる――。
そんな、浮ついた高揚感があったのかもしれない。
あるいは、初めてのソロ攻略による疲労で、感覚が鈍っていたのか。
僕は、気づくのが遅れた。
ゲート前の広場に漂う空気が、入る時とは異質に変質していることに。
「――おい」
不意に、横合いから声をかけられた。
ビクリと肩が跳ねる。
【気配遮断】を使っているわけではなかったが、それでも僕の知覚範囲に、足音ひとつ立てずに接近されたことに戦慄した。
振り返る。
そこには、三人の男が立っていた。
入る前に絡んできたチンピラハンターたちではない。
纏っている空気が、違う。
立ち姿に隙がなく、装備から漂う魔力の質が高い。
真ん中の男は、仕立ての良いシルバーグレーの戦闘服を着ていた。胸元には、剣と百合をあしらった銀のバッジ。
国内有数の大手クラン『銀百合(シルバーリリィ)』のエンブレムだ。
優男風の整った顔立ちだが、その目は笑っていない。爬虫類のように冷たく、僕を値踏みしている。
「……何か用ですか?」
僕は警戒心を露わにして尋ねた。
男は僕の質問には答えず、隣に控えていた大柄な男に顎で合図した。
「おい、確認しろ」
「へい」
大男がドカドカと歩み寄り、強引に僕の肩を掴んだ。
抗議する間もなく、手に持っていたタブレット端末のような魔導具を僕の顔にかざす。
「ピピッ、と。……間違いねえッス、西条(さいじょう)さん。こいつが入ってから、ボス部屋の反応が消えました。コイツが『食った』んスよ」
「ほう?」
『西条』と呼ばれた優男が、わざとらしい感嘆の声を上げて近づいてきた。
「君か。ここのマイン・オーガを狩ったのは」
「……それが何か?」
「何か、じゃないだろう」
西条の声色が、スッと低くなった。
周囲の気温が数度下がったような錯覚を覚える。殺気だ。
「ここは我々『銀百合』の管理下にある狩場だ。今日は新人の育成研修のために、ボスをリポップ(再出現)させて調整していたんだよ。それを横から掠め取るとは……いい度胸をしているね」
言いがかりだ。
ダンジョンは国の管理下にあるが、特定のクランが占有することは禁じられている。
だが、それは建前だ。
実際には、力のあるクランが良い狩場を「縄張り」として実効支配し、他のハンターを締め出している。
無所属(ソロ)のハンターが割りの悪い低ランクダンジョンしか回ってこないのは、こういう連中がいるからだ。
「ここはフリーのダンジョンのはずです。誰が狩ろうと文句を言われる筋合いはない」
僕は努めて冷静に返した。
だが、西条は鼻で笑った。
「法律論なんて聞いていないんだよ。僕が言っているのは『マナー』の話だ。野良犬が、飼い主の家の冷蔵庫を勝手に開けちゃいけないだろう?」
西条が一歩踏み出す。
それだけで、圧倒的なプレッシャーが僕の肌を刺した。
ランクが違う。
コボルトやオーガとは比較にならない。
この男は――ランク40台。一流の入り口にいる人間だ。
「詫び料として、その魔石と……ああ、その装備も置いていけ。生意気な口を利いた慰謝料だ」
強盗だ。
だが、この世界では力が正義だ。
誰も助けてはくれない。受付の職員すら、遠くで震えながら見て見ぬふりをしている。
「……断る」
僕は短く告げた。
以前の僕なら、泣きながら差し出していただろう。命惜しさに尊厳を売り渡していただろう。
だが、僕は二階堂たちを殺し、オーガを屠り、ここへ帰ってきた。
もう、奪われるだけの側には戻らない。
「殺す気か? ここは監視カメラがあるぞ」
「ハッ、カメラ? そんなもん、誤作動でいくらでも記録は消えるさ」
西条が腰の剣に手をかけた。
細身のレイピア。いや、刀身が魔力で輝いている。魔法剣だ。
「『痛ましい事故だった。低ランクハンターが分不相応な装備に振り回され、暴発して死亡した』……報告書にはそう書いておくよ」
瞬間、世界が加速した。
西条の姿がブレた。
速い。
【瞬発強化】を使った僕よりも、純粋な身体能力だけで速い。
キィンッ!!
僕は反射的にダガーを抜き、胸元への突きを弾いた。
火花が散る。
手首が砕けそうな重い衝撃。
「ほう? 反応するか」
西条が意外そうに眉を上げた。
だが、攻撃は止まらない。
一突き、二突き、三突き。
まるで雨のような連続攻撃。
防戦一方だ。
僕は必死にダガーを動かし、致命傷だけを避ける。
だが、それだけだ。
(重い……ッ!)
一撃一撃が重すぎて、受け流すたびに体勢が崩される。
反撃の隙がない。
アサシンの長所である「速さ」を活かすには、相手の懐に飛び込まなければならない。
だが、飛び込もうとすれば、西条の剣が正確に急所を狙ってくる。
「どうしたどうした! 口ほどにもないな!」
西条は笑っていた。
余裕だ。彼はまだ本気を出していない。ただの準備運動。
一方の僕は、すでに全力だった。
「クッ……!」
僕はバックステップで距離を取り、隠し持っていたサバイバルナイフ(前の予備)を投擲した。
ヒュッ!
ナイフは正確に西条の目を狙って飛ぶ。
だが。
「芸がない」
パシィン。
西条は剣を振ることすらなく、空いた左手でナイフを叩き落とした。
籠手に魔力が宿っている。
「終わりだ」
西条が踏み込んだ。
今までとは段違いの速度。
殺気。本気の「狩り」の目だ。
来る。
右斜め上からの袈裟斬り。
(見える……!)
死線の最中で、僕の感覚は研ぎ澄まされていた。
軌道が見える。
僕は『守護者の牙剣』を合わせる。
受け止めるんじゃない。刃の側面を滑らせて軌道を逸らし、その勢いを利用して懐に飛び込むカウンター。
これなら勝てる。
ガギィッ!
金属音が響く。
成功だ。西条の剣が外へと流れる。
彼の胴体は無防備に晒された。
「貰ったッ!!」
僕は踏み込んだ。
西条の剣を弾き、生じた一瞬の隙。
【瞬発強化】で加速した僕の身体は、すでに彼の懐に入っている。
狙うは喉元。防具のない急所だ。
いける。
ランク40台だろうが、人間だ。首を裂けば死ぬ。
僕の『守護者の牙剣』が、西条の首筋へと吸い込まれ――
ガィィンッ!!
硬質な音が響き、僕の手首に痺れが走った。
刃が届いていない。
西条の首の数センチ手前で、見えない「壁」に阻まれていた。
「……は?」
「惜しいな。野良にしては速い」
西条の冷笑が降ってくる。
彼の左手には、いつの間にか小さなバックラー(小盾)が握られていた。いや、違う。それは魔力で形成された『魔法障壁(シールド)』だ。
無詠唱の防御魔法。一流ハンターのたしなみ。
「だが、軽いんだよ」
ドゴッ!!
西条の蹴りが、僕の腹部に突き刺さった。
内臓が跳ねるような衝撃。
僕は息を吐き出す暇もなく、ボールのように後方へ吹き飛ばされた。
地面を転がり、受け身を取ってどうにか立ち上がる。
「ガハッ……、ぅ……」
口の中に鉄の味が広がった。
肋骨が一本、いや二本はいったか?
『黒影のコート』が衝撃を殺してくれなければ、内臓破裂で即死だったかもしれない。
「へぇ、今のを耐えるか。装備のおかげだな」
西条は剣についた砂を払うような仕草で、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その背後で、取り巻きの二人がニヤニヤと笑いながら退路を塞ぐように展開した。
一人は大剣使い。もう一人は魔法使いだ。
「おいおい西条さん、手こずってんじゃないスか?」
「殺しちゃマズイんでしょ? 手加減難しいっスよねえ」
余裕の会話。
彼らにとって、僕は獲物ですらない。ただの「遊び相手」だ。
(……クソッ)
僕は奥歯を噛み締めた。
勝てない。
ステータスの差だけじゃない。経験、スキル、装備、そして「数」。
すべてにおいて負けている。
逃げるか?
いや、囲まれている。背後の魔法使いが杖を構えているのが見えた。動いた瞬間に狙撃される。
やるしかない。
一瞬の隙を作って、煙幕でも何でも使って逃げるしかない。
「……ふぅ」
呼吸を整える。
痛みで霞む視界を、意志の力でクリアにする。
来る。
西条が動いた。
さっきより速い。
剣の軌道が複雑に変化する。フェイントだ。
上段からの斬撃――と見せかけて、手首を返しての突き。
僕は【構造看破】で筋肉の動きを先読みし、ダガーでそれを払う。
キンッ!
防いだ。
だが、西条の攻撃はそこで終わらない。
弾かれた剣の勢いを殺さず、回転して裏拳のような形でシールドを叩きつけてくる。
「くっ!」
僕はダガーの柄でそれを受け止める。
衝撃で体勢が崩れる。
そこへ、追撃の剣閃。
速い。重い。途切れない。
右手一本では、防御だけで手一杯だ。
攻撃に転じようとすれば防御が空く。防御に徹すればジリ貧だ。
「どうした! 手が止まってるぞ!」
西条が嗤う。
剣と盾を使った波状攻撃。
右で斬り、左で殴る。シンプルだが、片手武器の僕には悪夢のような連携だ。
(左手が……空いていれば!)
西条の盾を、もう一本の剣で抑え込めるのに。
西条の剣をパリィしたその瞬間に、カウンターを叩き込めるのに。
ない。
僕の左手は空っぽだ。
ただバランスを取るためだけに空を切っている。
「隙ありィ!」
横合いから、あの大剣使いが割り込んできた。
西条の猛攻に釘付けになっている僕の、無防備な左側面。
「しまっ――」
反応できない。
右手のダガーは西条の剣と噛み合っている。
回避? 間に合わない。
ドスッ。
鈍い音がした。
熱いような、冷たいような違和感が、左の脇腹を貫いた。
遅れて、激痛が脳髄を焼く。
「ガ、アアアアッ!?」
大剣ではない。短剣だ。
大剣使いが隠し持っていたサブウェポンが、僕の腎臓あたりを深々と刺し貫いていた。
「ははっ! ガラ空きだぜ坊主!」
男が短剣を引き抜く。
鮮血が噴き出し、地面を赤く染めた。
膝から力が抜ける。
「……終わりだ」
西条の声。
見上げると、冷徹な刃が振り上げられていた。
「いい勉強になったろう? 力なき正義は無能だってな」
走馬灯のように、思考が駆け巡る。
悔しい。
負けたことじゃない。
「足りなかった」ことが悔しい。
もし、僕の左手にもう一本の刃があれば。
あの大剣使いの奇襲を弾けたかもしれない。
西条の盾ごと、その腕を切り落とせたかもしれない。
渇望。
強烈な渇望が、薄れゆく意識の中でスパークした。
――欲しい。
対(つい)となる刃が。
攻防一体の、完全なる戦闘スタイルが。
ザシュッ。
振り下ろされた剣が、僕の首を断った。
視界が回転し、空の茜色が滲んでいく。
痛みは一瞬で消えた。
そして、世界は闇に包まれた。
……暗転。
……意識の再接続。
目を開けると、そこはいつもの「黒い空間」だった。
死後の世界。あるいは、ロードの狭間。
目の前には、無機質なシステムウィンドウだけが浮かんでいる。
【死亡しました】
【死因:出血多量および斬首(対人戦闘)】
「……はぁ、はぁ」
僕は自分の首を触った。
繋がっている。痛みもない。
だが、殺された瞬間の恐怖と屈辱だけは、鮮明に魂に焼き付いていた。
「……クソ野郎どもが」
吐き捨てる。
あの優男の顔。下卑た笑い声。
絶対に忘れない。次は必ず殺す。
僕の憎悪に呼応するように、システムログが高速で流れ始めた。
--------------------------------------------------
■ リザルト集計
--------------------------------------------------
【エリア】 Dランクダンジョン『廃棄坑道』
【達成】 ソロ踏破 …… 完了
【経過時間】 03:15:20
【討伐数】 合計:22体
・コボルト種 x20
・コボルト・ジェネラル x1
・マイン・オーガ(BOSS) x1
・守護者(オーガ・ジェネラル)
【対人撃破】 合計:1名
・二階堂(ランク35) x1
【ボーナス】
・ダンジョン単独攻略
・ノーコンティニュー(エリア内)
・ジャイアント・キリング(格上殺し・極大)適用
【獲得報酬】
≫ 経験値:+28,500 XP
≫ コイン:+210,000 C
【総合評価:B+】
(寸評:高難易度の単独攻略を達成。しかし、対人戦闘において火力・防御手段の欠如により敗北)
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【レベルが上昇しました】
【Lv10 → Lv16】
一気に6レベルも上がった。
やはり、あの二階堂とかいうランク35を殺した経験値がデカい。
モンスターを狩るよりも人間を狩る方が強くなれるなんて、狂った世界だ。
だが、今の僕にはその狂気が心地よかった。
レベル16。これなら基礎ステータスであいつらに肉薄できる。
あとは――「手段」だ。
【条件を満たしました。新たなジョブが解放されます】
ショップのウィンドウが開く。
そこに並んでいたのは、僕の「死に様」と「渇望」が反映された三つの選択肢だった。
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■ ジョブ解放リスト
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1. 【決闘者(デュエリスト)】
- 必要コスト: 80,000 C
- 解放条件: 防御手段の欠如による敗北、攻撃の受け流し失敗
- 特性: 1対1に特化。「受け流し(パリィ)」や「見切り」など、一本の武器で攻撃を無効化する技術に優れる。
2. 【復讐者(アヴェンジャー)】
- 必要コスト: 120,000 C
- 解放条件: 強い憎悪を抱いたままの死亡、PK経験あり
- 特性: 自身へのダメージを攻撃力に変換、格上相手への特攻ダメージ
3. 【双剣士(デュアル・ブレイダー)】
- 必要コスト: 150,000 C
- 解放条件: アサシンLv10以上、「手数が足りない」という強い渇望
- 特性: 逆手武器ペナルティ無効、攻撃速度上昇、専用剣技解放
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「……あるじゃん」
僕は震える手で口元を覆った。
『決闘者』で技術を極めれば、あの西条の剣も弾けるようになるかもしれない。
『復讐者』であいつらを殺すことに特化するのも悪くない。
だけど、僕が一番欲しかったのは――
「攻撃をやられる前に、その攻撃ごと切り刻む速さと手数だ」
現在の所持コインは、前回の繰り越しと今回の稼ぎを合わせて約22万C。
一番高い『双剣士』でも、買える。
僕は迷わず、3番目の項目をタップした。
【ジョブ『双剣士』を選択しました】
【コスト 150,000 C を消費します……完了】
【ジョブ:双剣士 を習得しました。残高:61370C】
瞬間、身体が熱く脈打ち始めた。
脳内に知識が流れ込んでくる。
二本の剣の重心移動。左右非対称の攻撃リズム。回転運動による威力の増幅。
まるで、最初からそうやって戦っていたかのように、身体が「双剣」の理(ことわり)を記憶していく。
【ジョブチェンジ:暗殺者 ≫ 双剣士】
【スキル選択】 選択したジョブ『双剣士』に基づき、習得可能なスキルを提示します(コインを消費)。
- 【連撃(コンボ)】(消費: 20,000 C) - 二本の刃で間断なく斬撃を繰り出す。攻撃が続くほど威力が増す。
- 【クロス・パリィ】(消費: 30,000 C) - 二本の刃を交差させ、盾のように攻撃を受け流す。片手では防げない重い一撃にも対応可能。
- 【気配遮断 Lv.2】(消費: 10,000 C) - 『気配遮断』の強化版。移動時でも存在感を消すことができ、奇襲成功率が向上する。
……残る6万コインをすべて使い、三つのスキルすべてを習得する。
これで、次こそはあいつらを……
【スキルを習得しました。最終残高:1,370 C】
完璧だ。
アサシンの「隠密・奇襲」能力を持ったまま、双剣の「火力・手数」を手に入れた。
これなら勝てる。
あの盾も、連携も、全て粉砕できる。
「……ふぅ」
買い物を終えると、視界がノイズ混じりに歪み始めた。
ロードが始まる。
戻る場所は選べない。このシステムが定めた『最新のセーブポイント』に強制送還されるだけだ。
頼む。
あまり前過ぎると装備がないし、死んだ直後だと詰む。
あいつらに会う前――「運命の分岐点」であってくれ。
【再構成を開始します】
【ロード地点:廃棄坑道脱出直後(数分前)】
意識が吸い込まれていく。
――眩しい夕日が、網膜を焼いた。
廃棄坑道の出口。
目の前には、誰もいない広場。
戻ってきた。
入る前じゃない。出た直後だ。
オーガを倒し、地上に出たあの一瞬。
システムは、ここを「チェックポイント」として更新していたらしい。
(……くそっ、マジかよ)
僕は舌打ちした。
時間がない。
あと数十秒もすれば、あの「銀百合」の連中が音もなく現れる。
街に戻って武器を買う暇も、ダンジョンに戻って宝箱を漁る時間もない。
手持ちの武器は、右手の『守護者の牙剣』だけ。
これじゃさっきと同じだ。
いや。
ある。
一本だけ、使えるものがある。
僕はブーツの隠しポケットから、古びたサバイバルナイフを取り出した。
さっきのループで西条に投げつけ、あっさり弾かれた安物だ。
刃こぼれしているし、魔力伝導率も最悪。
『守護者の牙剣』と比べれば、ゴミのような鉄屑だ。
だが、今の僕には『双剣士』のジョブ補正がある。
どんな鈍(なまく)らでも、対(つい)となる刃があれば、それは牙になる。
「……十分だ」
僕は右手に黒き魔剣を、左手に錆びたナイフを構えた。
不格好な二刀流。
けれど、身体が喜んでいるのが分かる。重心が安定し、攻撃のイメージが無限に湧いてくる。
「――おい」
その時。
背後から、聞き覚えのある声がかかった。
あの時と同じ、爬虫類のような冷たい声。
僕はゆっくりと振り返った。
今度は驚かない。
怯えもしない。
ただ、獰猛な捕食者の笑みを浮かべて、獲物たちを見据えた。
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