Aパート
私は目を覚ました。頭がガンガンする。起き上がって見渡すとここは古い家の畳の部屋の中のようだ。両手に手錠をかけられ、頑丈な床柱に通されている。手錠を外さないとここからは脱出できない。
(バッグは?)
カギの入っているバッグは部屋の隅に開けられたまま転がっていた。足を伸ばしても届かない・・・。
すると部屋に男が入ってきた。
「目が覚めたか? 刑事さんよ!」
その男は上月だった。私はにらみつけて言った。
「上月源治! あなたね! 私を殴ったのは!」
「ああ、そうだ。嗅ぎ回っていたらだ。やっぱり刑事だったか」
「ここに隠れていたのね」
「ああ、そうだ。ここは俺の故郷だからな」
「だからここに戻ってきたわけね。土地勘のある」
「だがここには何もねえ。知っている人は誰もいねえ。古い家は取り壊されるか、リフォームされてしまっている。道も新しくなって町も変わってしまった・・・」
上月はため息をついた。新しい住民を受け入れるために町全体に大きく手を入れたためだ。かつての懐かしい風景は失われているのだろう。
「たまたまこの家がそのままで空き家になっていた。ここは知り合いの家で、子供の頃によく遊びに来た。だからここに隠れた」
「でもすぐに見つかるわ。ここにも探しに来るはずよ」
「だったら別の空き家に行くまでよ。裏道はまだ残っている。俺はこの辺のことはよくわかっているんだ!」
上月はニヤリと笑った。
「そんな簡単に逃げられると思っているの? 警察はあなたを追い続けるわ! あなたは人を殺したのよ。勤め先だったところの社長よ」
「あんなやつ! 死ねばいいんだ! 俺のことを馬鹿にしやがって!」
上月に吐き捨てるように言った。
「そんなことはない。家族は泣いて悲しんでいるわ。あなたはそれを考えたことがある?」
「そんなの関係ない! これからだって俺は逃げるためだったら何でもするぜ!」
「これ以上、罪を重ねてどうしようというの? 今からでも遅くはないわ! 手錠を外しなさい! 警察署に行きましょう!」
すると上月は拳銃を私に突き出した。私のバッグをあさって見つけたのだろう。
「うるせえ! つまらないことを言うと痛い目に遭うぜ!」
狂暴な表情がにじみ出ていた。カッとなると何をしでかすかわからない、そんな男だ。説得するのは無理かもしれない・・・私はそう思った。
「ガラガラ」
玄関の戸が開いて誰かが入ってくる音がした。上月はあわてて私の口を手でふさいだ。その足音はこの部屋に近づいてくる。私は声を上げようとするが口をふさがれてどうすることもできない。
やがて部屋のふすまが開いた。小学生くらいの男の子だった。上月はすぐに男の子をつかまえにいった。
「やめなさい!」
私は声を上がたが、上月はかまわず男の子をつかまえた。
「やめてよう!」
男の子は逃げようと暴れたが、上月は放さない。
「このガキ! おとなしくしねえか! ぶっ殺すぞ!」
そう脅されて男の子はおびえておとなしくなった。そしてどういうわけか、右わきをかばっていた。
「何か隠しているのか?」
「何も隠していないよ!」
男の子は身を固くした。だが右わきの下をかばっているのは明らかだ。
「見せてみろ!」
上月は男のシャツをめくった。すると右わきの下に布で包まれたものをはさんでいる。上月はそれを取り上げた。
「何を大事そうに持っていたんだ?」
上月は布を開けてみた。するとそこには・・・。
「卵じゃねえか」
「返してよ! 孵化させるために温めているんだ」
「何だと!」
上月は卵をつまみ上げた。
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