卵の命

広之新

プロローグ

 四方を山に囲まれた古江町の山林地区。ここに私たちはある容疑者を追ってきていた。上月源治、45歳。解雇されたのを逆恨みして社長宅に乗り込み、社長を絞め殺したという殺人容疑がかかっている。前科3犯。暴れると手が付けられない狂暴な男だ。

 昨日、生まれ故郷であるこの町の近くで彼を見たという目撃情報が捜査本部に寄せられた。そこで第3班から私と藤田刑事が出向くことになったのだ。

 道は整備されているが人家はその地区に広くまばらに散らばっていた。


「かなりの田舎だな。空き家も多そうだな」

「ええ。この辺は一時は住民がいなくなるほどでしたが、最近では若い人たちに住んでもらおうと町ぐるみでがんばっているらしいです」

「そうなのか?」

「空き家をリフォームして安く貸しているようです」

「そういえばモダンな造りの家をよく見るな」

「引っ越し支度金も出しているようです。だから少しずつ人が増えて、子供も生まれて小学校もできたようですよ」

「へえ。知らなかったな」


 私は藤田刑事とともにそんな話をしながら町を歩いた。鶏の鳴き声がしているからどこかで飼われているのだろう。だが道端で人と会うこともない。ここはまだ人の少ない町なのだ。私たちは手分けして住民のいる家を一軒一軒回って話を聞くことにした。


「すいません。城西署の日比野です。この男を見かけませんでしたか?」


 その家の住人はここに越してきて間もないようだった。写真を見せたが首を横に振った。


「そんな人は見たことないわ。でも怖いわね」

「しっかりカギを賭けてください。この男が来たら知らせてください」


 数軒回ってみたが、まだ有力な情報は得られない。


(無駄足だったの・・・)


 ふと辺りを見渡すとこっちをうかがう人の影を見た。空き家の建物の陰にいる。


(上月?)


 私はその空き家に走った。するとその人影はその隣に広がる林の中に逃げ込んだ。


「警察です! 待ちなさい!」


 私は追いかけて林の中に入った。だがその人影は見失ってしまった。鬱蒼としている木々をかき分けて行った。すると急に後頭部に鋭い痛みを感じた。


「ううっ・・・」


 私はその場に倒れた。そして薄れゆく意識の中で上月の恐ろしい顔を見た。

  

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