第5話 破滅

 ついにその日がやって来た。サクヤさんにフラれたあの日以来、俺はこの日のために行動してきた。イベントを作ったのも、かのんを練習台としてお砂糖し、お塩をしたのも、すべてこの日の為にやってきたことだ。息を大きく吸い込み、深呼吸をする。心を落ち着かせ、HMDを装着する。


インスタンスを開き、サクヤさんにインバイトを送る。数分後、join通知が視界に表示される。


「遅くなってごめんー。どうしたの急に?」


「実は、大事なことを伝えたくて…」


「大事なこと?」


「はい!一度は断られたんですけど、今度こそ、俺とお砂糖してください!」


俺はまっすぐ彼女の眼を見て言い放った。今の俺が断られるはずがないという確信を胸に。


しかし現実は違っていた。


「うーん…ごめん、答えは前と変わらないかな」


俺は目を丸くした。


「どうしてですか」


「やっぱり、そういう相手としては見えないというか…」


「どうしてですか?今の俺は人気イベントの主催とキャストをしている。知名度だってある。周りに人がいて価値のある人間になった。俺がお砂糖相手だなんて絶対VRCでステータスになるはずなのに、なのになんでお砂糖してくれないんですか?あなたの大好きな有名人になったのに、これでもまだ足りないんですか?」


俺は怒りを込めて彼女に尋ねた。


「な、なに言ってるの?一体何の話?有名人だとかステータスだとか、それがお砂糖と何の関係があるの?」


「だってサクヤさん、いつもVRCで有名な人とか、大人気イベントのキャストとばかり遊んでるじゃないですか」


「それは偶然じゃないかな。私もイベントキャストをしている身だから、自然とそういう人が周りにいるだけで」


なにとぼけているんだこの女。お前が他人をアクセサリーとしてしか見ていないのなんかお見通しだ!


「そうですか?サクヤさんがいるインスタンスにjoinしたら、基本的に有名な人がいて、サクヤさんもそういう人しか相手にしてませんよね?」


「だからそれはアール君の気のせいだと思うよ?」


「俺、サクヤさんが野良のユーザーやイベントも何もしていないユーザーを相手にしているところ見たことありませんよ?それも偶然なんですかね?」


「キ、キャストをしていると、初めからどういう人かわかっている相手のほうが安心するのよ。そういう相手のほうが話しやすいでしょ?」


「俺はそうは思いませんね。俺もイベントの主催とキャストをやっていますけど、相手が誰だろうと分け隔てなく話しますけど。それに有名だから安心できるってどういうことですか?有名人だったり人気者だったりしたら性格や人間性が良いなんて根拠はどこにも無いと思うんですけど」


サクヤは黙り込んでいた。


「やっぱりあなたはネームバリューのある人間が好きなんですね。あなたが付き合う人間の価値基準はネームバリューがあるかどうか。わざわざ自分からjoinして仲良くする価値があるかどうか、お砂糖する価値があるかどうか」


「流石にそれは言い過ぎじゃない?誰だって全く知らない初対面の相手とVRCで何かしら活動している相手とだったら、第一印象も違うし、話しやすいでしょ?」


「確かにそれはわかりますが、あんたの場合は程度が越えているんですよ。明らかに人を線引きしている。一緒にいて見栄えの良い相手しか見ていない。それ以外の相手は引き立て役の囲いのようにしか見えないんですよ!」


彼女に対する今まで抱えていた憤りを爆発させた。さて、どう反応するのか。


「私のことそんな風に思っていたのね… でも、じゃあなんで私にそんなにこだわるの?」


「人をアクセサリーの様に見ているあんたに、俺の価値を認めさせてやりたかったからだ。あんたにフラれたとき、俺は自分の価値を、存在を、否定されたような気がした。腹が立ったよ。だから俺はイベントを始めた。たくさん集客して規模も大きくした。そうすればあんたとお砂糖できると思ったから…」


「そうだったんだ…」


サクヤはそう言って俺の頭を撫でた。


「触るな!」


「…!!」


「けどもうどうでもいい。あんたが俺を認めてくれないならどうでもいい。あんたとお砂糖できないならイベントをやる意味は無い。今まで築いてきた人気も信頼も、何も要らない!全部なんの意味もない!それに…」


「…?」


「お前のようなクズもいらない。たくさんの人間から認められている、価値のあるこの俺を認めないお前なんかいらない!俺の前から消えろ!俺とお砂糖しないお前なんかなんの価値もない!」


俺はサクヤをブロックした。目の前にいたアバターが瞬時に消える。このインスタンスにいるのは俺ただ一人。いや、まだサクヤが目の前にいるのかもしれない。だがそれはメニューを開かなければ確かめようがない。ここにいるのは俺だけ。俺がただ虚無を見つめているだけ…


俺はもうなにも考えたくなかった。だがそんな思いとは裏腹に、頭の中で様々な考えが乱反射する。今までずっと隠していた本音を言ってやったという爽快感、彼女を傷つけてしまったという罪悪感、そのような倒錯した思考が頭を巡り、ストレスで頭が痛くなり、喉が締め付けられる。三十分ほどそのような状態が続いた後、落ち着きを取り戻した俺はVRCからログアウトし、HMDを外した。


それからというもの、俺は一ヵ月ほどHMDに指一本触れることができなかった。かのんを振ってまでした告白が失敗した上、サクヤさんとの関係を破綻させてしまった。もしかしたら一連の出来事が第三者に拡散し、VRCにログインしてもアールの、俺の居場所はもう無いかもしれない。そんな考えが頭によぎって、HMDに触れるのが怖くなってしまった。


「アールがダメになってもキッシュのほうはまだ…」


ふと、サブアカウントの存在を思い出す。そうだ、もしアールが駄目になってもまだキッシュとして生きる道はある。しばらくはキッシュのほうで現実逃避ならぬ仮想逃避をしよう。


とりあえず、justでもして現実逃避をしようとキッシュのほうにログインする。パブリックで相手を探していると、今一番会いたくない人間がいた。


「あ!キッシュさんこんばんはー!」


「サクヤさんこんばんはー」


適当な理由付けて逃げようかと考える。


「なんか元気ないけど大丈夫?」


「いやー、ちょっと人間関係でトラブっちゃって…」


あーあ、会話に乗ってしまった。


「あー、実は私も最近似たようなことがあったんだよねー」


「へー、そうなんですか」


「そうなのよー。あ、ここで話すのもなんだし、移動しない?」


サクヤさんが言っていることは俺のことだろう。ここは断るべきなんだろうが、この人の本心が気になる…


「そうですね、じゃあ移動しますか」


好奇心に勝てなかった…


結局プラベに移動してしまった。


「実は私、この前フレンドにブロックされちゃったんだよね」


「サクヤさんでもそんなことがあるんですね。なんか意外です」


「VRCやってると誰でもあることなのよ、悲しいけど」


「でも、ブロックなんてよっぽどのことが無いとしませんよね?何があったんですか?」


「その人がお砂糖したいって言ってきたのよ。しかも一回断わってるのに!で、一回目と同じように断ったら、急にキレて私に文句や悪口言ってきたのよ!」


彼女は例の件について話しているうちに興奮し始めた。


「意味わかんなくない?私が人をアクセサリーとしか見てないとか。だから俺とはお砂糖しないんだろ、とか言い出したのよ!」


こうやって聞かされるとつくづく自分の言動の酷さを痛感する。


「それは酷いですね… フラれたからって相手を悪く言うなんて」


なに都合のいいことを言っているんだ俺は。それを言ったのは他でもない俺自身だろう。


「ほんとよ!人をなんだと思っているのよ!それで言いたいこと言うだけ言ってブロックしてきたのよ」


「でも、どうしてサクヤさんはお砂糖断わったんですか?」


俺が今最も知りたいことを恐る恐る尋ねる。


「だって、お砂糖相手作ったら周りが私に距離置いちゃうでしょ?私はみんなと仲良くしたいの。みんなと遊んで、みんなとイチャイチャして、みんなとjustしたいの」


彼女はこちらに顔を近付けてきて、耳元でそう囁く。


「でもお砂糖作っちゃうとそういうわけにはいかないでしょ?お砂糖ができたらキッシュさんともjustできなくなるかもしれないし」


彼女は顔を赤らめさせながらそう囁く。何を言っているんだ、こいつは。


これが所謂オタサーの姫というやつか?俺はこんな自分に都合のいい女に今まで執着していたのか?


「だから、お互い嫌なことは気持ちいいことで忘れよう?」


俺の中の何かが壊れる音がした。この女も自分のことしか考えていないのなら、俺もそのようにしよう。自分の欲望のままに。


「そうですね。嫌ことも面倒なことも全部忘れちゃいましょう」


お互いにアバターの衣装を脱ぎ、ベッドへ行く。この女は、自分はみんなのものだと言った。そんなこと許されない。すべて俺だけの物だ。俺だけが触れてもいい、俺だけが穢すことを許された物だ。しかし、俺の意志だけでそれを独占することは叶わない。それならばせめて、この瞬間だけは、俺だけの物にさせてくれ。


「ねぇ、この声、これが俺の地声なんだ。この声に聞き覚えはない?」


「え?いきなりなに?」


急に俺のボイチェンが外れた上、突飛な質問を投げかけられたサクヤは困惑していた。


「俺だよ、俺。あんたに二度フラれた男だよ」


俺は彼女を嘲笑う。


「二度フラれたって……まさか…」


彼女はショックで言葉を失った。それもそのはず、今までセフレで尚且つ愚痴をこぼした相手が他でもない俺、アールと同一人物だと知ったからだ。


「どう?自分が振った男と知らずに散々justしてきた気分は」


「い、いや……ごめんなさい…許して…」


その女は怯えた様子で許しを懇願する。


「許す?そんなことは今はどうでもいいから、とりあえず続きをしようよ。俺はまだ満足してないよ?もっと気持ちよくしてあげるから、もっと、もーっと、ぐちゃぐちゃになって、一つになろ?」


その夜、俺は嫌がるサクヤに醜悪な肉欲をぶつけ、彼女を穢し続けた。

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仮想恋愛狂騒曲 あやたか @ayataka98

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