第19話 地下の種火達

 数週間の超光速航行を終え、俺たちを乗せた戦艦『フェンリル』は、ついに目的の座標へと到達した。


 窓の外に広がるのは、見慣れた、そして懐かしき辺境の星。


 惑星エンドだ。


 帝国の流刑地として恐れられ、ありとあらゆるゴミが最後に辿り着く死の星。


 だが、それは表層だけの姿に過ぎない。


 ブリッジに立つグレイ・ヴォルフ元大佐が、眼下に広がる赤茶けた大地を見下ろし、怪訝な顔をした。


「……ここが、ボスの拠点か?見たところ、ただの荒野だが。まさか、この荒野の中にテントでも張って暮らせと言うつもりじゃあるまいな」


 俺、クロウ・フォン・フライハイトは、ふかふかのキャプテンシートから立ち上がり、不敵に笑った。


 俺の身分は帝国男爵。


 だが、その内実は、帝国を打倒するために舞い戻った復讐者だ。


「見た目に騙されるなよ、大佐。俺の城は、こんな薄っぺらい地表にはない。シズ、準備は出来たか?」


「はいマスター。目標深度50000m、全ゲート開放。進路クリア」


 側近のドロイド、シズの冷徹な声と共に、フェンリルが機首を下げた。


 向かう先は、巨大な地割れ――地殻変動によって生まれた、底知れぬ深淵だ。


「なっ……!地底に潜る気か!?」


 ヴォルフが驚きの声を上げる中、全長3000メートルの巨体が闇の中へと滑り込んだ。


 とてつもないGがかかるはずの降下だが、この船に搭載された重力制御システムのおかげで、振動ひとつ感じない。


 やがて、暗黒の視界が劇的に開けた。


 そこは、惑星の核に近い地下空洞。


 地表の嵐など届かぬ、静寂と闇の世界。


 だが、そこには人工の光が満ち溢れていた。


「……なんだ、これは」


 ヴォルフが窓に張り付き、絶句した。


 無理もない。


 目の前に広がっていたのは、地下空洞を利用して建造された、超巨大な秘密基地。


 通称『オメガ・ドック』だ。


 そのドックには、無数の艦艇が整然と係留されていた。


 鋭利な刃物のような駆逐艦。


 要塞のように重厚な戦艦。


 そして、無数の無人機動兵器。


 それらは全て、現代の帝国軍の艦艇とは一線を画すデザイン――滑らかな曲線と、継ぎ目のない装甲で覆われていた。


「これほどの規模……無人艦隊か。それに、この技術体系は……」


 ヴォルフの目が、軍人としての分析眼に変わる。


 彼は震える手で、窓の外の戦艦を指さした。


「帝国の現行艦じゃない。いや、それどころか……戦史教科書でしか見たことがない『旧時代』の設計思想か?まさか、伝説上のオーバーテクノロジーを復活させたというのか!?」


「ご名答だ。これが俺の力、万能物質マターによる創造の産物だ。太古の昔、旧時代の遺産。俺はそれを密かに手に入れ、この地下で牙を研いできた」


 フェンリルは、オメガ・ドックの中央ゲートへと滑らかに着底した。


 5万人の5等民たちを乗せた船体は、巨大なドックの中ですら存在感を放っている。


 ハッチが開放され、俺たちはドックのデッキへと降り立った。


 広大な空間は、完璧な環境制御によって快適な温度と空気に満たされている。


 だが、ヴォルフの顔色は優れない。


 彼は周囲に並ぶ圧倒的な無人艦隊を見上げ、大して俺を振り返った。


 その表情には、恐怖と、そして純粋な疑問が浮かんでいた。


「ボス……いや、男爵様。俺には理解できん」


 彼は呻くように言った。


「これほどの戦力があるのなら、なぜ俺たちを買った?5万人の兵士?そんなもの、このオーバーテクノロジーの艦隊の前では塵芥に等しい。この無人艦隊があれば、帝国軍など赤子の手を捻るように壊滅させられるはずだ。AIに操縦させれば、恐怖も知らず、疲労もなく、正確無比に敵を殺戮するだろう。わざわざ金と手間をかけて、弱くて脆い『人間』を連れてくる必要がどこにある?」


 彼の疑問はもっともだ。


 合理的、軍事的な視点で見れば、生身の兵士など非効率の極みでしかない。


 食料が必要で、休息が必要で、恐怖を感じ、命令に背く可能性もある。


 対して、この無人艦隊は完全無欠だ。


 戦略的に見れば、人間など足手まといでしかない。


 俺はシズに指示し、ドックの広場に5万人の「同胞」たちを集めるように伝えた。


 彼らはフェンリルから降り立ち、呆然と周囲の光景を眺めている。


 圧倒的な科学力。


 神の御業にも等しい巨大建造物.


 その威容に圧倒され、縮こまっている者も多い。


 俺は彼らを見下ろす高い壇上に立った。


 隣にはヴォルフを立たせる。


 そして、静かに口を開いた。


「大佐。貴官の疑問に答えよう」


 俺の声は、ドック内の音響システムを通じて、5万人全員の耳に届いた。


「確かに、ここにある兵器は最強だ。ボタン一つで艦隊を動かし、帝国軍を消し炭にすることもできるだろう。だがな……それでは意味がないんだ」


 俺は一歩前へ出た。


 洗練された男爵の言葉遣いではなく、魂からの言葉を紡ぐために。


「機械には『心』がない。プログラム通りに敵を排除するが、そこには怒りも、悲しみも、正義もない。ただの災害だ。台風や地震と同じだ。そんなもので帝国を滅ぼしても、それはただの破壊でしかない」


 俺は5万人の群衆を見渡した。


 彼らは不安そうに俺を見上げている。


 昨日まで首輪に繋がれ、家畜以下の扱いを受けていた彼ら。


「俺は、クロウ・フォン・フライハイト。今は男爵という肩書きを持っているが……俺の過去を知る者は少ない」


 会場がざわめく。


 俺は構わず続けた。


「俺もかつては、お前たちと同じだった。5等民。名前すら奪われ、番号で呼ばれるゴミ屑だった」


「えっ……?」


「男爵様が……5等民?」


 驚きの声が波紋のように広がる。


 隣にいるヴォルフでさえ、驚愕に目を見開いている。


「俺は地獄を見た。泥水を啜り、友が貴族の気まぐれで殺されるのを見た。理不尽な暴力に踏みにじられ、それでも生きるために頭を下げ続けた。……その時、俺の腹の底で燃え上がった炎を、俺は今でも忘れていない」


 俺は胸を強く叩いた。


 ドッ、という音が響く。


「それは『怒り』だ。なぜ俺たちがこんな目に遭わなけりゃならない?なぜ奴らは、俺たちを虫ケラのように扱えるんだ?その怒りが、俺を突き動かした。そして俺は、追放された死の星エンドで、この旧時代の力を手に入れた」


 俺は両手を広げ、背後にそびえる無敵の艦隊を指さした。


「この力を使えば、復讐は簡単だ。だが、俺一人で、機械任せで勝っても、死んでいった仲間たちは浮かばれない。奴らに思い知らせてやらなきゃならないんだ。『貴様らがゴミとして捨てた人間が、貴様らを倒したんだ』と。『人間としての尊厳を取り戻した俺たちが、貴様らの傲慢さを断ち切ったんだ』と!」


 俺はヴォルフを見た。


 彼は何かに打たれたように、震えていた。


 戦略や効率を超えたところにある、戦いの「意味」を理解したのだ。


「だから、俺はお前たちを連れてきた。機械の部品としてじゃない。俺の『意志』を共有する同志としてだ」


 俺は再び、5万人の瞳を覗き込んだ。


 彼らの目から、怯えが消えつつある。


 代わりに宿り始めているのは、共感と、そして熱だ。


「お前たちはもう、ただのゴミじゃねえ!お前たちは『種火』だ!帝国という腐りきった巨木を、根元から焼き尽くすための、最初の一粒の火種だ!」


「種火……」


 最前列にいた若い男が、呆然と呟くのが聞こえた。


 その瞳に、俺の姿と、周囲の光が映り込んでいた。


「俺一人じゃ、ただのボヤで消されるかもしれん。機械だけでも、ただの山火事で終わるかもしれん。だが、ここにいる5万人の『人間』が意志を持って燃え上がれば、それは巨大な業火になる!その炎は、銀河全土に飛び火して、虐げられている全ての5等民を立ち上がらせる狼煙になるんだ!」


 俺は拳を突き上げた。


「俺たちは奪い返す!人間としての誇りを!未来を!そして、俺たちを見下していた連中に叩きつけてやるんだ!これが、お前たちが捨てた者たちの逆襲だとな!」


 一瞬の静寂。


 その直後。


「うおおおおおおっ!!」


 誰からともなく、咆哮が上がった。


 それは最初は小さな叫びだったが、瞬く間に伝播し、5万人の大合唱となって地下ドックを揺るがした。


 彼らの目から、奴隷の濁った色が完全に消え失せている。


 そこに宿っているのは、戦士の光。


 自らの運命を切り開こうとする者の、強烈な光だ。


「……フッ、参ったな」


 ヴォルフが帽子を目深にかぶり直し、口元を歪めた。


 それは、凶暴な肉食獣の笑みだった。


「俺は戦略家として生きてきたが……どうやら一番重要な変数を計算に入れていなかったようだ。『稀代の演説家』に先導された兵士たちの爆発力をな」


「頼めるか、大佐。この火種たちを、最強の炎に育て上げてくれ」


「任せておけ、ボス。……いや、クロウ閣下。この5万人、そしてこの俺、グレイ・ヴォルフ。あんたの復讐劇、特等席で付き合わせてもらう。ドロイドには真似できない、泥臭くて熱い戦いを見せてやるさ」


 ヴォルフは俺に向かって、今度は迷いのない敬礼を捧げた。


 それに応えるように、5万人の兵士たちもまた、不格好ながらも必死に背筋を伸ばし、俺を見上げている。


 オメガ・ドックの冷たい空気の中で、確かな熱気が渦巻いていた。


 無人艦隊が放つ青白い光の下、人間たちの魂が赤く燃え上がり始めている。


 地下50000mの深淵。


 ここが、帝国の終焉の始まりとなる場所だ。


 俺は満足げに頷くと、シズに次の指示を出した。


 これより、彼らのための「街」の建設と、本格的な訓練プログラムを開始する。


 忙しくなるぞ。


 だが、これほど心地よい忙しさは、奴隷時代には味わえなかったものだ。


「さあ、始めようか。世界をひっくり返す準備を」


 俺のつぶやきは、熱狂的な歓声にかき消されていった。


 だが、その響きは確かに、歴史の歯車を大きく回し始めていた。

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