第3話 汚物は資源にリサイクル

 工場のエントランスホールに戻った俺たちの耳に、重苦しい衝撃音が響いてきた。


 ドォン、ドォン、ガギィッ!


 分厚い合金製のゲートが悲鳴を上げている。


 外にいる連中が、体当たりで扉をこじ開けようとしているのだ。


「数は約50000匹。このゲートの強度は高いですが、敵の酸による腐食が進行しています。突破されるのは時間の問題です」


 シズが冷静に分析する。


 俺はコンソールに飛びつき、外部カメラの映像を拡大した。


「……うわぁ、こいつはひでえ」


 モニターに映っていたのは、悪夢のような光景だった。


 体長2メートルはある節足動物のような怪物たち。


 その体表は、廃棄された鉄板やパイプを取り込んで殻のように硬質化しており、口からは絶えず緑色の酸を滴らせている。


汚染変異体ミュータント


 かつての戦争で敵に撒かれた生物兵器が、放射線で変異し、金属を食らうようになった成れの果てだ。


「マスター、指示を。ゲートを開放し、迎撃しますか?」


「待て待て!丸腰で行く気か!?」


 俺は叫んだ。


 シズは確かに最強の兵器かもしれない。


 だが、今の彼女は「素手」だ。


 しかも、俺がさっき施した修理はあくまで応急処置。


 装甲も不完全なままで酸の雨の中に飛び出せば、内部回路をやられる可能性がある。


「……私の戦闘力なら、素手でも98%の個体を破壊可能です」


「残りの2%で壊れるだろ!いいかシズ、俺はエンジニアだ。壊れると分かっている機械を戦場に送り出すなんて、職人のプライドが許さねえんだよ!」


 メニューリストを開く。


 武器。


 武器はないか。


 【超硬スチールソード】【高周波振動ブレード】【単分子カッター】


「よし、データは生きているな」


 さすがは異生命体とやり合ってた旧時代の軍事工場だ。兵器のライブラリも無事だったようだ。


 俺は安堵すると同時に、瞬時に最適解を検索する。


「シズ!あいつらの甲殻データを解析できるか!?」


「可能です。……スキャン完了。主成分は炭化タングステン、および劣化ウランの合成物と推測されます」


「硬ぇな!戦車の装甲並みかよ!」


 普通の剣や銃弾では弾かれる。


 だが、この工場のデータベースにある『あれ』なら――さらに俺の手で改良を加えれば、いけるはずだ。


「『高周波振動ブレード』の設計図をロード。こいつをベースにカスタムする!」


 俺の脳内で、既存の設計図に暴力的なまでの速度で追加工が施されていく。


 素材は工場内に備蓄されている超硬合金。


 形状は、シズの細腕でも扱える日本刀型にリサイズ。


 だが、ただの設計図通りじゃタングステンは切れない。


「刃の振動数をリミッター解除して極限まで引き上げる。毎秒5万回だ。これで対象を分子レベルで剥離させる」「さらに、刀身の表面にイオン化プラズマ・フィールドを展開。酸を中和しつつ、切れ味を底上げする!」


 俺の指先から、殺意の塊のようなプログラムが工場へ送信される。


「生産開始ッ!」


 ブゥゥゥン!!


 工場の出力トレイが唸りを上げ、瞬時に一本の「刀」を吐き出した。


 全長1.5メートル。


 漆黒 of 刀身に、青白い雷光のようなプラズマを纏った太刀だ。


 俺はそれを掴み取り、シズへと投げ渡した。


「シズ、これを使え!俺の特製だ!」


 シズは空中でそれを受け止めた。


「……武装、認識。『試作型・対装甲高周波ブレード』。……エネルギーパス、接続」


 ブォン!


 剣が空気を切り裂く音を立てた。


 シズが軽く振るっただけで、周囲の空気がビリビリと震える。


「素晴らしい適合率です、マスター。これなら……切れます」


 シズの瞳が、再び鮮烈な深紅に染まった。


 彼女はゲートに向き直る。


「ゲート開放!行ってこい、シズ!」


 俺がスイッチを押した瞬間、重厚な扉が轟音と共に開いた。


 その隙間から、汚染変異体ミュータントたちの咆哮と、鼻を突く腐臭が雪崩れ込んでくる。


 先頭にいた巨大な節足動物が、獲物を見つけて飛びかかってきた。


 だが。


「――遅いです」


 一閃。


 シズの姿が霞んだかと思うと、飛びかかってきた怪物の体が、空中で真っ二つに両断されていた。


 断面が赤熱し、焼け焦げている。


 怪物は自分が死んだことすら気づかず、燃えながら地面に落ちた。


「ギ、ギギッ……!?」


 後続の怪物たちが、一瞬ひるんだように動きを止める。


 だが、もう遅い。


 シズは酸の雨の中へと躍り出ていた。


「汚染区域、浄化クリーニングを開始します」


 それは、戦闘というよりは「舞踏」だった。


 シズが銀色の髪をなびかせて駆ける。


 彼女が通り過ぎた後には、切断された鉄屑と肉片だけが残る。


 硬度を誇るタングステンの殻も、俺が調整した高周波ブレードの前ではバターのように柔らかい。


 酸の唾液も、プラズマフィールドに弾かれてシズの肌には届かない。


「すげぇ……」


 俺はモニター越しにその光景を見つめ、思わず息を呑んだ。


 強い。


 分かっていたことだが、俺の作った武器と、彼女の身体能力が組み合わさった時のシナジーが異常だ。


 50000匹いたはずの汚染変異体ミュータントが、見る見るうちに数を減らしていく。


 一方的な蹂躙。


 虐殺。


『マスター、戦闘終了まであと30秒。……退屈です』


 通信機越しに、シズの平坦な声が届く。


 余裕すぎる。


 だが、俺の目は別のものに釘付けになっていた。


「おいシズ、待て!あいつらの死体……あれは何だ?」


 切断された汚染変異体ミュータントの断面から、キラキラと光るものが見えたのだ。


 ただの内臓じゃない。


 あれは――


『スキャン結果……高純度のレアメタル結晶、およびエネルギー触媒です』


 シズが答える。


『この星の生物は、長期間にわたり廃棄物を摂取し続けた結果、体内で金属を濃縮・精製する特異体質へと進化しています。彼らの血液は液体燃料に、骨格は希少金属として利用可能です』


「マジかよ」


 俺は顔を引きつらせ、そして――にやりと笑った。


 こいつら、ただの敵じゃない。


 向こうから勝手に歩いてきた「資源の塊」だ。


 帝国の連中は、汚染変異体ミュータントを恐れて本格的な調査艦隊を派遣しようとしなかった。


 だから気づかなかったんだ。


 この厄介な化け物たちが、実は最高級の素材だということに。


「シズ!片っ端から工場の前に蹴り飛ばせ!一匹も残すな、全部いただくぞ!」


『了解。収穫作業に移行します』


 シズの動きが変わった。


 斬ると同時に、死体を工場の入り口に向かって吹き飛ばす。


 俺は工場の投入口を最大出力で開放した。


 ゴウゥゥゥゥ……!


 巨大な換気扇のような吸引力が生まれ、積み上がった汚染変異体ミュータントの死体が次々と工場の中へと吸い込まれていく。


 【|インベントリ:更新中……】【レアメタル:+5000ユニット】【液体燃料:+8000ユニット】【未解析物質:+200ユニット】


 モニターの数値が、スロットマシンのように跳ね上がっていく。


 増える。


 増える。


 面白いように貯まる。


 さっきのステーキ一食分でカツカツだったリソースが、一気に「戦艦一隻作れそう」なレベルまで回復していく。


「ははっ、すげえ!入れ食い状態だ!」


 俺は興奮に震えた。


 このサイクル。


 これこそが、この工場の真価だ。


「敵が来る→倒す→資源になる→さらに強い武器を作る→ もっと強い敵を倒せる」


 無限の拡大再生産。


 この星にあるゴミも、敵も、すべてが俺を強くするための餌だ。


 数分後。


 工場の前には、動くものは何もいなくなっていた。


 雨に打たれる荒野に、シズが一人、静かに佇んでいる。


 彼女の銀髪には、返り血一つ浴びていなかった。


「戦闘終了。周辺エリアの敵性反応、消失しました」


 シズが戻ってくる。


 ゲートをくぐり、俺の前に立つ。


「お疲れ様、シズ。完璧だった」


「……感謝します。ですが、あの程度の雑魚ではデータ収集にもなりません」


 シズは少し不満そうだが、その表情はどこか誇らしげにも見えた。


 俺は彼女の頭に手を伸ばし――少し躊躇ってから、ポンポンと撫でた。


「!? ま、マスター?」


 シズがビクリと肩を震わせ、目を丸くする。


「よくやった。お前のおかげで助かったよ。……それに、大量の『お土産』も手に入ったしな」


 俺はパンパンになったインベントリの表示を指差した。


 これだけの資材があれば、工場の拡張も、シズの本格的な修理も、なんでもできる。


「さて、と」


 俺は、モニターの向こうに広がる灰色の空を見上げた。


 その遥か彼方には、俺を捨てた帝国の首都星があるはずだ。


「第一段階(フェーズ1)はクリアだ。次は『住処』を整えるぞ」


 俺はニヤリと笑った。


「このゴミ溜めを、帝国中の貴族が腰を抜かすような『楽園』に作り変えてやる」


 俺とシズ、そして銀色の工場。


 廃棄惑星からの大逆転劇は、ここから加速していく。


 ***


 その頃。


 はるか上空、大気圏外にて。


 帝国の監視衛星が、惑星エンドの地表に「微弱なエネルギー反応」を検知していた。


 しかし、そのデータはノイズとして処理され、誰の目にも止まることはなかった。


 まだ、帝国の誰も知らない。


 自分たちが捨てたゴミの中から、やがて銀河を揺るがす怪物が産声を上げたことを。

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