第7話 天使と謎の少女②
2.
オレとディが銀河保安局の聴取から解放された時にはもう夕方だった。
銀河連邦の直属機関で、各惑星のみならず惑星間での事件やトラブルを広域的に解決する警察機構があの事故を受けて速やかに対応するのは当たり前のことで、帰宅しようとしていたオレ達とバナスシティから出動した保安局の車両が遭遇したのは当然といえば当然のことだった。
どのみち緊急発進していた保安局のヘリが周辺を精査していたはずだから、オレ達のエアバイクの存在はすでに分かっていただろう。現場に急行していた多数の車両の中の一台がオレ達の方に向かってきて、制止させられると、保安局調査官とお話をする羽目になってしまう。その場で捜査車両の中へと案内(引っ張りこまれて)しまったのである。
ネットワーク関連の連中に見つかってしまうよりマシかと思っていたが、ただ状況を訊かれるだけではなくなってしまったのは、ディがあの時出会った少女のことを話すと保安局調査官の態度が変わってしまったからだった。
「女の子ですか? どのような子でしたか? 名前は?」
矢継ぎ早にオレ達に質問を投げかけてくる。
「何かあるんですか?」
「詳しいことを現段階ではお話しすることは出来ませんが、ご協力をお願いします」
扱いは丁寧なようにも見えたが、有無を言わせぬ言葉遣いが端々に込められている。
それが腹立たしかった。
憮然とした表情だったのだろう。隣のディが心配そうに何度もオレを見ている。
分かってはいても、どうもこういった連中には反発したくなってくるんだよな。
「名前は知らない。突然やって来て声を掛けられただけだから」
事実だったが、ぶっきらぼうな答えになってしまう。こんなオレをフォローするように正確にその場の出来事をディは調査官に話をしてくれている。
すいません。そう心の中で彼女にオレは謝った。
「リレー塔とプラントのことを訊かれました。彼女はことさらプラントのことを気にしていたようです。その後にこの場から、すぐに離れるように私達は警告されました」
「そうですか」
担当者は後ろに控えていた調査官に声を掛けるとタブレットが用意され、オレ達に見えるように3D映像が映し出される。
遠距離から撮影されていた映像は画質が悪く輪郭がはっきりしないし音声はカットされていたが、女の子らしい小柄な人物が公衆の通信システムからアクセスしている後ろ姿を見せられた。
「この子でしょうか?」
「これ、なんなの?」画像がぼやけていて顔はハッキリしない。「こんなの見せられてどうしろっていうんだよ?」
場所も時間も教えられず、こんなの見せられても答えようがない。
「背丈や髪の色は同じようにみえます」
それでもディは真摯に答えていた。
「モンタージュづくりに、ご協力いただけますか?」
いやだ、と言うとさらに面倒になりそうだったのでオレは渋々引き受けることになる……。
容姿だけではなく事細かに質問攻めにあい、思いっきり時間が掛かり疲れた。
幸うすい。
「お疲れさまでした」ディが緑茶を淹れてくれた。
家に戻ると「本当に疲れた」とオレはグッタリとソファに寄りかかる。そのままズルズルと床に落ちていきそうだった。
「すいませんでした」しょんぼりとした表情でディは謝ってきた。
責任を感じているのだろうが、そこは違う。
「ディは悪くない。銀河保安局の連中がオレ達に何も教えようとしなのが腹立たしかっただけだし、あの女の子についても訳が分からなかっただけだ。ピクニッグ自体は楽しかったし、サンドイッチも美味しかった。そして何より、ディがクルーティンを抱いたり膝にのせている姿は尊とすぎた」
拳を握り締めオレは力説した。
まあオレが話をしているポーズがおかしかったのだろう、ようやくディは笑ってくれた。
「こんばんは~~♪」
無茶苦茶元気すぎる声が玄関からリビングに聞こえてくる。
チャイムも無し、家のセキュリティシステムを無視して登場したのはディの妹、テーセだった。
「タイミング良すぎるだろう、テーセ」
オレと年がほとんど違わないくせにローティーンしか見えない容姿に百万キロワットのカラッとした明るさと元気は無駄に無敵すぎて、振り回されるとこちらの生気が持って行かれるほど疲れ果ててしまう。
それなのにディはリビングにやって来た妹を笑顔で迎え入れ抱き合う。
その後ろにはディのTDFでの同僚であり友人でもあるエレナもいた。一回会っただけだったが、ワイルドなオレンジ色の髪に鋭い目つきの彼女をオレは苦手としていた。
二人の登場で一日はまだ終わっていないとオレは悟った。
長い一日なりそうだった……。
ディが夕食の準備を終わらせると四人で食卓を囲む。簡単なものといいつつ、フワフワ卵のエビピラフオムライスとオニオンスープだった。
「今日は二人でピクニックだったんだね」
何で知っている? テーセの言葉に口に含んだスープを吹き出しそうになる。
「災難だったね」
エレナも全てお見通しな口調だった。
「私がピクニックに行きたいなんて言い出さなければ」
「たまたまプラントの近くにいただけで、ディ姉は悪くないじゃん」
「そうそうプラントと輸送機の事故もディは関係ない」
「テーセもエレナもどこまで事件のこと知っているんだよ?」
「あれは事故でも何でもない。プラントは爆破されている」エレナは話を続ける。「プラント中枢が無事だったため、あの程度の爆発で済んだけれど、建物は一から作り直さなければならいなほど滅茶苦茶にされている。輸送機も自動操縦システムが乗っ取られハックル山に激突、機体の形が分からないほど粉々になり山の形を変え、飛び散った破片と高純度な燃料エネルギーが周辺を焼き尽くした」
それはネットニュースよりも詳しい映像と解説付きだった。
「どうしてそんなところまで知ってんだよ?」
「うちらTDFは情報集めも仕事の内だからね」
「危なくない?」ちょっと引いてしまうオレ。
「必要なら銀河保安局にも協力するよ。あたしらは一般市民だからね」
その鋭い目を見ていると、そうは見えません。とエレナに突っ込みたくなった。
言えなかったけれど。
「銀河保安局が知っている情報はほぼ網羅できている。何が知りたい?」
「面倒ごとに巻き込まれたくないから、あまり首を突っ込みたくないんだけれどなぁ」
「散々、銀河保安局の聴取で情報を出せと言っていたのにかい?」
「聴取の内容まで知ってんのかよ」どうやって?
「企業秘密だよ~」
テーセは笑顔で言うが、銀河保安局の厳重なデータサーバーにアクセスするなんてどんな剛の者だよ……。関わり合いたくないな。
「ディは気になっているんだろう?」親友の気持ちを理解しているのだろう、エレナはディを見つめる。「あの女の子のことをもっと詳しく知りたいと思っている」
「私はあの子の名前も知らないけれど、あのようなことを言っていたのか気になっています」
「あたしも♪」
好奇心ありありなテーセが元気よく手を上げる。
食事が終わると食器類が片付けられ、ディはほうじ茶を淹れた湯呑みを皆の前に置く。
テーセとエレナはそれぞれタブレットをテーブルの上に置き、ディが腰を下ろすと彼女の前には端末が現れた。
「女の子は現段階で仮名とするけれどリジアン・デニスンという。これは公衆通信システムへの支払いから分かったんだけど、年齢も名前も偽造の可能性が高い」
エレナが話し始める。
「なんで? カードや生体認証は本人にしか作れないだろう」
「使用されたカードは五十年以上前に作られたもので、その名義人はすでに亡くなっているんだよ」
「口座もだけど、それなのによく今も使用出来たな」
「その件に関しては今も調査中だ」すまないとエレナはオレに言う。「そもそもなぜ、女の子が広域公衆通信機を使って警告を行っていたのかが分からない」
「警告?」
「それは後で詳しく話をするが、彼女はティーマ政府やプラント管理事務所に通話をおこなっているけれど、それは何らかの通信機能付きの端末を持っていれば惑星内では不要なはずなのよ」
「広域通信は惑星や各太陽系間で使われている通信だってダイチも知っているよね?」
理解していないであろうオレにテーセは訊ねてくる。確か高性能かつ高額な端末でないと個人レベルで直接通信するのは難しかったりするからだったような。
「端末の個人番号から身バレすることを恐れてとか?」
「犯人でもなければ、そうする意味がないと思わないか?」
「いくつかの惑星を経由すれば、発見は遅らせることが出来るわ」とディ。
「それでも位置や番号はいずれ特定されてしまう。だからこういった映像が出てきた」
「それにしても画像の質が悪すぎるだろう?」
見せられた映像のぼやけ具合を見てオレは訊ねる。
「その辺の知識があるヤツだとみていいかもしれない。最大望遠のカメラにしか映っていなかったんだよ」
あの通話ボックス近くに設置されていたカメラの映像は全滅だったらしい。つくづく今の時代は、トリックを考えるのが大変だと思ってしまう。
「本来のカードの持ち主リジアン・デニスンは初期の惑星ティーマ開発に携わった人で、クルーティンの発見者であり命名者だった」
端末に当時のリジアンの写真が映し出される。
「似ています」
ディが言うと、オレも頷いた。このリジアンさんを幼くしたらきっとあの顔立ちになるだろうと思ったし、髪や目の色はバイオチェンジ技術で今は何とでも変えようがあるから、変装しているのだろうと考えられた。
「ディ姉たちが作ったモンタージュとリジアン女史の幼少期の顔立ちとも似ているしね」
そんな情報まであるのかよ……。
「泣きぼくろが特徴的だよね。もっともこれもわざと目立つようにバイオチェンジで付けたものかもしれないけど」
「そうね。でもその場合施術した医療機関や理容室を探せばすぐに女の子に辿り着けるかもしれないわ」
「裏でやっていなければね」
そう言いながらもエレナの指はせわしなく端末の上を動いている。
どこかと通信しているのだろうか?
「協力してくれるの?」
「一人でやるよりも早いよ。ディ姉はもう一度会いたいんでしょう?」
「はい。そうしなければならないような気がして」
「ダイチは?」テーセがオレを見る。
「ディがそういうのなら付き合うよ」
オレはガリガリと頭を掻くしかなかった。
「ありがとうございます」
ディは丁寧に折り目正しく頭を下げた。
「ねぇねぇ、ダイチの髪や目は地の色?」
テーセが訊ねてくる。
バイオチェンジ、またはBC処理と呼ばれる技術は百年ほど前に確立されたもので、本来は延命のために開発された医療技術なんだけれど、その副産物として肌や髪の毛、瞳、爪など美容に関するものが一般医療として普及している。簡単すぐに色を変えられるという便利なもので瞬く間に浸透していっていた。
「BCは使ったことがない。金がかかるし面倒」
「ダイチらしいね」テーセは笑う。「宗教上の理由なんて人もいるけれど」
「そういうテーセはどうなんだ?」
「一時期使っていたこともあったけれど、今はオリジナル。ディ姉はずっとオリジナルだよね」
「ディは変に飾らなくても美人だからな」エレナは頷く。
「エレナは使いまくりよね?」
「そうだな」話を振られたエレナはテーセの言葉に同意する。「今はこの髪型と色に固定しているけれど、小さかった頃は自分の髪の色が分からなくなるくらい頻繁に実験台にされた」
「冗談じゃなくて?」
「あたしは末っ子で上は男ばかり、兄の一人が美容師目指していて、いつも実験台にされていたよ。おかげでハイスクールまではよく馬鹿にされたな」エレナは苦笑いしながら言う。「万華鏡なんてのは良い方で、日替わり劇場とか色彩広告塔とまで言われていた」
「いじめられたの?」ディは心配そうに訊ねる。
「たまに奇抜なのがあって呆れたこともあったけれど、ワクワクして好きだったから、そう言う奴は黙らせたよ」
拳を握り締めエレナは不敵に言う。
テーセは「野蛮だぁ」とそんなエレナを見て笑うのだった。
「ダイチは髪の毛調整していないんだろう? そういうのを見ているとなんかイライラしてくるんだよな。あたしが切ってやるよ」
「何でそうなる? エレナだってワイルドに伸ばし放題じゃないか」
「こういう見た目になるように調整しているんだよ」
「自分でか?」意外な特技で驚いてしまう。
「免許も持っているから」そう言ってBC理容師免許を彼女はオレに突き付けてくる。「あたしがもっと格好良く見えるようにしてやるよ」
「え、遠慮します」何か色々といじられそうで怖い。「そう言うのはディにやってください」
「時間がある時、やってもらっていましたよ」
「お任せされてしまうと、ディの場合何でも似合うから困るんだよな」
なおも迫って来そうなエレナにオレは慌てて話題を変える。
「こいつは何で銀河保安局に目を付けられているんだ?」
エレナが端末を操作すると保安局で見せられた画像が映し出される。今度は音声付きだった。音声はティーマ政府のコールセンターで録音され保管されていたものであったという。
『地殻エネルギープラントの建設をやめて欲しいの』
その声はあの時の少女のものだった。
『よくないことが起きるのよ』
淡々と受け答えしているコールセンターの担当者になおも女の子は話を続けていた。
『あなた達が滅びるかもしれないのよ』
何度も女の子は建設中止を訴えかけていた。
切実なのは声からも分かる。それでも少女がそうまでして訴えかける理由は分からなかったし、オレ自身はどうしても、こういった『滅び』とか『悪いことが起きる』といった話には胡散臭さを感じてしまうのである。
コールセンターの担当者もそうなのだろう。話を最後まで聞いていたが、自然保護団体からの苦情とでも思っているのか、まともに取り合ってはいなかった。
こんなことで政府の方針が変わるのなら苦労はしない。
通話が切り替わる。
「次にこれはディがその子と会っていたと思われる時間帯にプラントの作業事務室にかかってきた通話よ」
「同じ時間帯って、同一人物ならやっぱり通信端末を持っているってことだろう? 行動がおかしくないか?」
「声紋から保安局は同じだと断定しているわ」
「あ~なるほど」
「問題なのは、二人のエアバイク以外、現場から移動しているものはなかったのよね」
前後三時間の間に工事車両以外で周辺を移動していたのはオレのエアバイクだけだったという事は、衛星からの映像でも確認済みらしい。
「あの事故に巻き込まれている?」嫌な推論に辿り着いてしまう。「というかあそこに住み込んでプラントを監視していたとか言うんじゃないだろうな?」
「その可能性もないわけではないが、子供が独りで原始的な方法でキャンプしていたとは考えづらい」
「山頂の設備に潜り込んでいたとか?」
「可能性はゼロではないが、そうなってくると単独犯ではなさそうだな」
「犯罪組織を裏切って、警告していたとか?」
「だったら保安局に駆け込んでしまった方が早いだろう?」
名推理とはならず、大人しく次の通話を聞くことにした。
『プラントが爆破されるわ。早く逃げて』
その言葉にセキュリティは万全だと請け合わない所員の声が聞こえてくる。
『本当なの。命が大切なら早くその場を離れなさい』
『輸送機も危険よ。近づかない方が良いわ。絶対よ』
「通話がきれた直後に非常ベルがプラント全体に鳴り響いたわ。退避勧告に訓練の情報は無かったから作業員はシェルターに退避したので、人的被害はなかったの」
ケガ人はいたが軽症で、奇跡的に死者は無く誰もが無事であったという。
ちなみに大型輸送機は無人機だったし、積み荷は降ろし終えていたのでこちらも被害は最小限だと言えたらしい。
「保安局は女の子を爆破テロリストの一味だと考えているみたい」テーセの言葉に保安局調査官の態度が納得できた。「ディ姉とダイチは少女の目撃者とされていたけれど、関係者に見られているかもよ」
「全くの無関係だぜ」
「それでも保安局は再び接触があるかもしれないと、あなた達を監視しているわ」
「犯人でも何でもないのにかよ? それにあの場から逃げていたのはオレ達しかいなかったんだろう? 生きていたら化け物だろう」
「生きていますよ」ディはハッキリと言った。「また会えるような気がしています」
揺ぎ無い瞳に抗えなかった。
「かえって疑われる可能性もあるから、現段階で監視はそのままにしているの。うざいと感じたら言ってね。TDFの方からダミーデータを送るか、監視を切ることも出来るからさ」
テーセは無邪気に言うのだった。
「銀河保安局はまだ女の子の行方を追っているわ。彼らの先を行かないとね」
「出来るのかよ」
「先んじてやるしかないわね」
こうしてオレ達の女の子探しが始まった。探偵じゃないんだけどなぁ……。
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