第7話 天使と謎の少女①

 1.



 ティーマという惑星は極寒の地なのだから仕方がないが、本当に夏が短い。

 星の首都バナスシティは赤道付近に位置しているはずなのに、先日海に遊びに行ったと思ったら、気を抜くとアッという間に真夏は過ぎ去っていき、もう秋風が吹き始めている。

 そんな穏やかな日曜日にオレはディからピクニックに誘われた。

 彼女からのお誘いやお願いは非常に珍しく、オレは一も二もなく誘いに乗った。

 この頃には会社の先輩であるマークさんに泣き付いて、エアバイクを譲ってもらっている。マーク先輩に借金はしたが、ギャンブルに誘われなくなったため少しは生活に余裕が出来たからである。

 CIPメンテナンスのアルバイトであるオレ、ダイチ・ローマンは薄給の上に(胸を張って言うのもどうかというくらい)特にギャンブル運が無い! それなのに大学時代からの先輩であるマークさんとその同僚のウラヌさんに毎晩のように、カジノに強引に(拉致)誘われては連戦連敗。日々の生活にも困るほどでした。

 とはいえギャンブルは好きだけど、今はスッバリ止められている。

 それは天使のような彼女が出来て、一緒に彼女の家に住みだしたから。

 彼女の名はデュエルナ・ネルミス・ツイング。愛称はディ。

 プラチナブロンドの髪に琥珀色の瞳、まさに天使が具現化したのなら、こうだというような手を合わせたくなる身姿である。銀河系中探してもこれだけの容姿と性格の持ち主はいないのではと思えるほど素晴らしく自分にはもったいない女性であります。

 そんな彼女との通勤のために、エアバイクにサイドカーを付けてしまいました。

 これで運転に集中できない状況は解消できたと思う。

 季節は初秋。

 時期的に紅葉にはまだ少し早いかもしれない。というかティーマは極寒の惑星と言われていて一年の半分近くが冬であり、開発当初よりは暖かくなっているとはいえ針葉樹が多く紅葉は特定の場所(バナスシティの大公園やジプコの敷地の中など)でしか見られないとオレは思い込んでいた。

「目的地はここでいの?」

 スマホのナビシステムに行く先の座標を入力しながらディに訊ねる。

「はい、ダイチさん。そこになります」

 示された場所の近くにはハックル山があり、この山は平原にぽっかりと突き出した五百メートル程の円錐形の低山である。地形的に珍しいのか、星のヘソみたいな場所だとウラヌさんが以前嬉々として話してくれたことがある。ちょっとしたトレッキングコースにもなっており家族連れも訪れることがあるらしく、斜面がなだらかなこともありエアバイクでなら山頂に行くことも可能だった。

「山頂付近の広葉樹が色付き始めているころだと思います」

 笑みを浮かべながら天使は頷く。

 ヘルメットをかぶっているが、その美しさは損なわれていない。

「じゃあ行こうか」

 無理矢理視線を外し、公道へと静かに走り出した。


 首都バナスシティを離れると整備された道路は衛星都市とを結ぶハイウェイのみとなり、そこから下りてしまうと運転はオートからマニュアルに切り替わる。衛星から送られてくる地形の高低差などのデータをもとにナビゲーションシステムがエアバイクの走行し易いルートを示してくれて、目的地へと誘導してくれることになる。

 惑星ティーマは古来の言い方をすれば企業城下町である。当初の開発目的は違っていたらしいけれど、ジプコという銀河系ネットワーク関連では十指に入る大企業の本社機能を工場や研究施設ごと誘致できたことによって惑星は発展し、人口も爆発的に増えた。ただ開発が進んでいるのは赤道付近のみで、良い意味でも悪い意味でも自然豊かな環境の星であると言えた。

 ヘルメットのバイザーに映し出される情報を確認すると、周囲には車両の姿は無くスピードは出し放題だった。マニュアル運転をしていると血が騒ぐが、サイドカーにはディが乗っているので、羽目を外した操縦にならないように注意する。

 ディを見ると、彼女は流れる景色と風を楽しんでいるのか口元から笑みが漏れている。

 目的地は小さな山の近くにある小高い丘でありました。

 遮るものが無いためハックル山の東の方に小さくバナスシティが見える。山頂付近ではディの言っていた通り少し色付いていた。

「以前、仕事できたことがあります」山頂に建っている鉄塔を指さしディは言う。「ここからの眺めはピクニックに最適だと言われたことを思い出しました」

「なるほどねぇ、それであれは何?」

「エネルギー送信のためのリレー塔です。塔の建設は業者さんが行いましたが、設備の設置とそのプログラムはTDFでやっています」

 ちなみにTDFとはディの所属しているジプコの部署で、彼女は今、オレがお世話になっているCIPメンテナンスに出向という名目できてもらっているのだった。

「システムプログラムだけではなく設備の設計もやっているの? 何でも屋みたいだな」

「設計やプログラムだけでなく、システム組立も好きな人が多いのです」

 嬉しそうにディは言う。仕事ができて有能な彼女の出向を許してくれるのだから、かなりおおらかで自由な部署のようだ……。

「事務仕事ばかりやっているよりも向こうの方がディの能力を活かせるんじゃないのかなぁ」

 それに話を聞いているとディは向こうでの仕事を心から楽しんでいるように見えた。

「確かにやりがいはありますが」ディはオレの瞳を覗き込み微笑む。「ダイチさんの隣にいたいですし、今の仕事も楽しいですよ」

 顔がほてってきたのは気のせいではないな……、耳まで真っ赤なはずだ。

 どう対処すればいいのかと見つめ合っていると、唐突に遠雷のような音がしてきて、その轟音が近づいてきている。

「ハックル山の向こう側にプラントがあるのです」

 驚いて空を見上げていると、ディが教えてくれた。バナスシティの宇宙港から発進してきたクジラのような大型輸送機が上空を通過していった。

 その時できた風圧がディの髪をたなびかせ、さらには周囲の葉や草を舞い上げていく。

 人がいることを想定した飛行じゃないな。

「こんなんじゃシートも広げていられないぞ!」

「大丈夫ですよ」ディは端末を見ながら言う。「今日の便あれだけです」

「知ってたの?」

「はい。予定よりも早く到着したので、実際の通過を体験することになってしまいましたが」

「スピードの出し過ぎで、すいません」

「楽しかったですよ。TDFの友達にはもっと凄いドライブテクニックの方もいますから」

 レプリカとはいえ四輪の旧型化石燃料車でラリーに出ている強者も知り合いにはいるらしい。ちょっと凄くない?

「今更だけと寒くなかった?」

 今日のディは薄緑のケープを羽織り、その下は白の夏用セーターを着ているがエアバイクに乗るには薄着のような気もした。

「大丈夫ですよ。友人お薦めのインナーも着ていますから」

 ひらりと舞うと傘のように広がった濃い緑のロングスカートが部分的にシルク素材でも使われているのか陽光を反射している。ディはサイドカーのリアボックスからシートとランチボックスを取り出すのだった。


 雲が青空をゆっくりと流れていく。

 これだけ開放感ある場所でのんびりするのはティーマに来て初めてかもしれない。

 ディと会うまでは会社にいるか、転がり込んだ先輩のアパートで寝ていることしかなく、出歩いてもカジノやアミューズメントパークなど室内ばかりでバナスシティの外に出た記憶はほとんど無いような気がする。

 ディから手渡された温かなハーブティを飲むと、かなりリラックスした気分になってくる。

 腹が満ちたりたら寝てしまいそうだ……。

「このサンドイッチ、美味しすぎ♪」いくらでもはいる。

 新鮮なトマトとレタス、青菜、さらにはカリカリのベーコンや卵もふんだんに使われている。パンの中は色彩豊かだった。

「お口に合ってよかったです」

「もしかしてこのパンに塗られているソースや辛子バターもディのオリジナル?」

「はい♪」

 ディのその笑顔にこの周囲だけが春を迎えたように麗らかな雰囲気になってしまっている。ここだけ季節感、違くない?

「気付いてくれて嬉しいです」

 い、いや勘で言っただけなんだけど、そんなに喜んでくれるとは思わなかった。ディの手料理はどれも美味しいし、今までもハンバーグだけでなくお魚や鳥肉のソテーに使われているソースから何からオリジナルだったので、もしかしたらこれらもてづから作ったものなのかと考えてしまったのである。

 ディの料理やお弁当は下手なレストランよりも美味しいので、昼も外食や出来合いの弁当は激減した。

「それにしても、のどかだねぇ」

 先ほどの輸送機の件は例外で、ここは自然の音しかしない。

「虫も動植物もティーマはまだ少なく、生態系も全て開発途上ですからね」

「難しい話は良く分からないけれど、そのおかげで仕事にありつけるって所長や先輩は言っていたよ」

「ティーマ政府はジプコ以外の財閥、財団や大企業を誘致しようとしているみたいですからね」

「こんな辺鄙な極寒の惑星に進出してくるところがあるんだろうか?」

「ジプコ一社でここまで発展したのですから、その先を目指しているのかもしれません。そのためのエネルギー開発のようです」

「二匹目のドジョウかよ」

 広大な土地と無尽蔵なエネルギーが使い放題であり、色々と優遇されれば人も企業もやって来ると考えたらしい。特産や主たる鉱工業が発達していない太陽系国家はどこも同じようなことを考えているんじゃないかと思うのだが、どうなのだろう。

「それが地殻エネルギープラント?」

 今あるプラントで十分なはずなのに第二、第三のプラントを建設する計画があり、さっきの輸送機はそのための資材運びであるという。

「そう簡単に行くのかねぇ」

「分かりません。ですが計画は動き出しています。ジプコ本社だけでなくTDFにも様々な依頼が舞い込んでいますから」

「企業秘密になりそうだから聞かないでおこう」

「そうですね。でも嫌でも耳に入ってくることもありますよ」ハックル山の向こう側の巨大プラントを見ているかのようにディは呟くのだった。「この風景も無くなってしまうかもしれません」

 彼女の言葉はどこか寂しそうでもあった。

 何か暗い話になりそうだったので話題を変えることにした。オレに話術の才があればだけれど……まあ、気遣ってくれているのかディは話に乗ってきてくれているようだ。


 満ち足りた気分になり横になると、風が心地よい。ウトウトしているとオレの隣に腰を下ろし、静かに景色を眺めていたはずのディが身体を動かす気配がする。

 目を開けてディの方に顔を向けると、ゆっくりとした動作で前の方に右腕を差し出していた。

 何をしているだろうと、身体を起こすと、目の前には雪のように白いクルーティンが、後ろ足で立ちこちらをジッと見つめていた。

 無茶苦茶可愛い!

 クルーティンはティーマ唯一の固有種である。

 見た目は猫と兎を掛け合わせたような感じの体長五十センチほどの生き物で、耳が少し長く後ろ脚が発達していて跳躍力があり動きが目で追えないほど素早く動くことが出来たりする。クルーティン・キッャトとも呼ばれ、ティーマではペットとしても可愛がられているが、野生種は人になかなか懐かないと言われている。

 見つめ合う可愛い一人と一匹の間でし烈な攻防戦が繰り広げられているような気がした。

 しかしディの魅力に抗えなかったか、クルーティンが前足を下ろすとゆっくりと近づいてきて、細く白い彼女の指先を薄いピンクの舌がなめ始めたのだった。

 声を張り上げそうになるくらい愛おしすぎて、慌てて口元を抑え携帯端末を取り出した。

 この状況を撮影しないでどうする! 世界の損失だろう!

 ディは左手でバスケットの中に残っていたサンドイッチを取り出すとクルーティンの前に差し出した。

 鼻を近付け臭いを嗅ぐと口を開き食べ始める。

「マァァァ~ウゥ」

 満足げに鳴き声を上げるとディの膝元にクルーティンはやって来る。

「可愛い♪」

 すっかり大人しくなったクルーティンを両腕でディは抱きかかえ、その顔に頬ずりする。

 撮影しながら『どちらも無茶苦茶可愛すぎるだろう』と心の中で銀河系に向けて絶叫していた。

「こいつ野生のクルーティンだろう。それを短時間で抱きかかえるなんてディはすごすぎるよ」

 ディの腕の中では大人しくしているが、オレが撫でようと手を伸ばすと、その赤い瞳がオレを睨んできて、触れる寸前で唸り声を上げて威嚇してくる始末である。

 実際に野生のクルーティンをペットにできた話はほとんど聞かない。バナスシティ内に生息する野良のクルーティンでさえ難しいのである。生まれた時から飼い慣らし、動きを鈍らせるために足の腱を切って、ようやく飼うことが出来るという話であった。

「嬉しいです。近づいてきてくれたので、もしやと思ったら、抱くことが出来ました」

 膝の上にクルーティンを乗せたディはその毛並みを優しく撫で始める。

 羨ましすぎる状況である。オレもやりたいが、仕方なくその様子を撮影し続けるのだった。

 しばらく大人しくしていたクルーティンは顔を上げ周囲を見回し始める。そしてディの膝から離れると素早い動きで跳躍すると、この先にある林の中に消えて行った。

 少し残念そうな顔でディは林の奥へ視線を送る。戻ってこないかと期待を込めて。


 しばらく二人で林の方を見ていると、背後で草を踏む足音が聞こえる。

「ねぇ、あなたたち、あれの関係者?」

 振り向くとそこには少女が立っていた。年の頃は十才くらいか?

「あれ、ってなんだ?」

 血のように赤いルビー色の瞳、老婆を連想させる白髪はふんわりと少女の頭を覆っているようにも見え、さらに左目の下にある泣きぼくろが妙に印象的だった。

 肩のあたりが膨らんだ白いブラウスは森の中でも歩いてきたのか少し汚れている。だがスカートでトレッキング? それに迷って辿り着いたような雰囲気でもなかった。

「てっぺんに建つ鉄塔やこの裏側にあるプラントのことよ」

 背後の山頂を親指で指さしながら言うその声は中性的で大人びて聞こえてくる。

 見た目通りの年齢じゃない?

「私は機器の設置やプログラムには参加していましたが、管理している公社の人間ではありません」

 オレは首を横に振っただけだったが、隣のディは真面目に答えていた。

「そう」少し残念そうな顔付きにも見えた。「じゃあ、言っても無駄か」

「何がだよ?」

 こいつのこまっしゃくれた言動が妙に腹立たしかった。

「もう遅いかもしれないからよ」

 意味が分からん!

 なおも問いただすが、少女はしばらくオレ達を交互にみつめるだけだった。

 その時、ルビーのように見えた瞳が光の加減で、アレキサンドライトの様に色を変えていた。

「危険だからすぐに、ここから移動して」

「どうしてだよ?」

 少女の近くに行こうとして、あの轟音が聞こえてきた。

「輸送機か?」

 山影からあの大型輸送機が姿を現すのだが、今回は低空過ぎる。

 耳を覆いたくなるような音である。エンジン音がおかしくないか?

 ディも異常だと感じているのだろうか、オレの袖を彼女は引っ張る。

 大型輸送機はさらに降下しているよう見えた。これのことを言っていたのかと少女を見ると、その姿は消えていた。

 いつの間に!

 周囲を見回してみたが、どこにも見当たらない……。忽然と少女の姿は視界から消えていた。

 探している余裕はなかった。ディに急かされ慌ててオレはシートを、ディはバスケットを掴むとエアバイクに乗り込み急発進させた。

 最大スピードでその場を離れたが、音が追い越していき爆風が背後から襲ってきてエアバイクはバランスを崩しかけた……。

 あと少し遅れていたら、完全に巻き込まれていたかもしれない。嫌な汗が噴き出してきた。

「何んだっていうんだよ!」

 熱風を肌で感じ、暴れそうになっていたエアバイクを制御しながら、オレは悪態をつく。

 十分以上フルスロットルで走り続けてようやくエアバイクを止めるとハックル山の方をみてディは息をのみ、オレは唖然とした。

 大型輸送機が激突したため山頂は形が変わっていたし、山全体が燃えていた。その向こう側でもさらに黒煙が上がっていて、バナスシティから災害救助ヘリが多数現場へと急行しているのが分かる。

「何が起きているんだよ?」


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