第5話 天使の妹

 真っ直ぐ帰った。

 これは快挙である。

 そこ、変な顔しないでほしい。他の人にとっては普通のことでも、オレにとっては違うのである。

 しかも、今日はディがいない。

 所用で出向元のTDFに行っていたりする。

 そんなわけで、マーク先輩やウラヌさんにカジノに誘われたにもかかわらず、それを断ってしまっている。

 オレに何が起きているのだろう?

 そう思えるくらい珍しい。

 けれど、あとで思い返せば魅入られたようにオレは真っ直ぐに帰っただろうということだった。

 その日オレは彼女に出会ったのである。


「もうすぐ夏だよなぁ」

 ティーマの短い夏が近づいている。

 日差しはだいぶ強くなっていた。

 家の前に立ちセキュリティボードに手をかざす。

 ドアが開いたとたん、内臓にまで響いてくる音の波。後ろに飛ばされそうな勢いだった。

「どあぁぁぁぁ、なんだ、なんだ!」

 音の震源地はオレの部屋。

 消し忘れ?

 慌ててドアを閉めると、オレは靴を脱ぎ捨て自分の部屋へ走って行く。

 このとき、オレは気付いていなかった。玄関にディのものではないかわいらしい靴があったことを。

「え~と……」

 オレは開け放たれた部屋の入口で立ち止まり、そこから動くことができなかった。

 ディ曰く、この家のセキュリティってかなりしっかりしているという話だったはず。

 それなのに見知らぬ少女がロックのビートに合わせて踊っている。

「……誰?」

 年のころはローティーン。

 幼い顔立ちと小柄な体形の少女が夕暮れの日差しの中で両手を広げ楽しそうに踊っている。淡いオレンジの光の中での光景は幻想的ですらあった。

「は~い♪」

 どれくらい立ち尽くしていたのだろうか、少女はオレという存在に気づくと、元気一杯手を上げてオレに笑いかけた。

「は~い♪」

 なぜかそれに応え手を軽く上げてこたえるオレ。

「え~、どちら様かな?」

「お兄ちゃん、ダイチ?」

「ああ、そうだけど」

 どこかで会ったことありましたっけ?

「ううん、初めてだよ」

 少女は突っ立っているオレの顔をしげしげと覗き込んでいる。身長はオレよりもさらに低く百五十センチそこそこといった所だろうか、やたら幼い顔立ちで、クリクリとした可愛らしいブラウンの瞳がオレを見つめている。

 それはどこかで逢ったことのあるような錯覚すら感じさせる瞳だった。

 オレはロリータじゃなかったはずだが、少女のあまりのあどけなさと可愛さにクラクラきてしまう。

 何者?

「お兄ちゃんのおかげで何人の男たちが泣いたことか」

「おい!」なんだそれは?

 無邪気に笑う少女の言葉にオレはずっこけてしまった。

 笑顔は太陽のように輝かしいばかりに可愛いくせして、なんてこと言い出すんだよこいつは。

「何だよそれは、それにお前は誰なんだ、勝手に入り込んで」

「ごめんなさい」さして気にしていないといった感じで舌を出して彼女は笑う。「あたしはテーセ、テーセ・ナルス・ツイング」

「テ、テーセ……ツイング?」

 こいつ、もしかして……。

「そう、ディ姉の妹で~す♪」

 確かにディに妹がいるって聞いていたが……、こ、このあどけない少女がディの妹だっての!

「きっ、君が……?」

「そうよ」

 ニッコリ笑うその顔立ちはディとは違った印象を与えるものだった。ディの微笑みはさわやかな木漏れ日のような感じである。なのに、この子、テーセのはまるで青空をも突き抜けていくんじゃないかってくらいにカラッとした笑顔だった。ディが月ならば彼女は太陽、ディが春なら彼女は真夏、テーセはディと全く正反対の雰囲気を持っている。

 それに歳だって随分と離れているように見える。へたすりゃ十才は離れているんじゃないか?

「はぁ……」

「あたしのことはテーセかTNTってみんなは呼ぶわ」

 そう言って彼女は手を差し出した。

「T.N.T?」

「うん、あたしの名前、テーセ・ナルス・ツイングの頭文字を並べてみんなそう読んでいるの」

「なるほどね」

 トリニトロトルエンと同じ略称だなとオレはぼんやり思った。

 しかし、この時オレは気付くべきだったのかもしれない。彼女のあだ名は名前から来ているのではないことに……。

 テーセの性格はまさに即効性爆弾のようなもの。すぐに火が着く、どこで爆発するか分からないのだったのである。

「よろしくね」

 人なつっこい快活な笑顔で彼女は握ったオレの手を振り回す。

 オレは始めからテーセの有り余る元気に振り回されっぱなしだった。

「あ、あぁ、よろしく、オレはダイチ・ローマン」

「うん、わかってる。噂だけならたくさん聞いてるよ」

「あっそ……」

 あんまり聞きたくない話だな。

「だから、一度ダイチに逢ってみたかったんだ」

 屈託のない笑顔で彼女は言う。

 こうもあっけらかんと言われると怒る気も失せてしまう。

 もしかして、見た目は違っていても持っているものは姉妹同じなのかもしれないな。

「……で、どう?」

「まだわかんないよ。逢ったばかりだもん」

「そりゃそうだ。せっかく来てもらってなんだけど、ディは今、TDFに行っていていないんだ」

「知ってる。それに今日はダイチに逢いにきたんだもん」

 知ってて来ている? 確信犯か?

「そっ、そうなの」

「うん」

 彼女は力強く頷いた。

「ダイチ、二人でどっか行こう」

「へっ?」

 思わぬ展開にオレは唖然とする。

 しかし、テーセはオレに考える暇なんて与える隙もなくグイッとオレの腕を引っ張りだす。

 何が何だかわからないうちにオレは外に引きずり出されていた。

「おっ、おい……」

 声がうわずってしまうのが情けないと自分でも思う。

「なに?」

 邪気のない顔で見つめられると、何も言えなくなってしまうぞ。

 困ったな……。

 何が困ったって、もう外に出てからずっと彼女はオレにピタリと体をすり寄せて離れないんだよ。

 おかげで意識しちゃうじゃないかぁ!

 ディとだってここまでしたことないのになぁ……。

「それで……どこへ行くんだい?」

「う~ん、そうね、それじゃあ、まずはゲーセンに行こう♪」

「へ! マジ?」

「好きでしょ?」

「まあ……好きです」

 せっかく先輩の誘いを断っても、結局は逆戻りだった。

 オレの気持ちとは裏腹にテーセは喜々としてオレを引きずり回し始めるのだった。


 ゲームセンター内の騒々しさや熱気を感じたのは最初のうちだけだった。ゲームを始めてしまうとそれどころではなかったのである。

 テーセはありとあらゆる、それこそゲーセンにあるもの全てにオレを付き合わせた。

「つ、強い……」

“YOU LOST”と目の前にでかでかと文字が浮かび上がりオレの負けを宣言する。

「こんなんありかよぉ!」

 こうもあっさりと、しかも鮮やかに必殺技を決められると何も言えんぞ。

 頭を抱え込むオレ。

 うしろでモニターを覗き込んでいるギャラリーも唖然としているだろうなぁ。

 最新のしかも流行のリアルアクションゲーム『ローリング・サンダーⅢ』をテーセは初めてだって言うのにいとも簡単にゲームの癖をつかみ、オレが苦労して覚えた必殺技を使いこなしてしまうのだった。

 ゲームに慣れるにしたがって攻撃は多種多彩なものになってくるし、パターンにはまりやすいオレにはCPUを相手にするよりも辛いのなんの。

「たまんねぇなぁ」

 オレはゴーグルをあげ、両手にはめた感応グローブを外しにかかる。

 が『レディ』の掛け声とともに対戦がスタートする。

「テーセ、まだやるのかぁ?」

「あったりまえ、まだ始まったばかりよ♪」

 ゴーグル越しにニカッと笑いテーセは正面スクリーンを見つめる。

「いくよ」

 やれやれ、彼女のカードでゲームをやってるんだから文句も言えないが、もう対戦を二十数回もやってるんだぜ。

 結構オレも熱中する方だけど、テーセのそれはオレ以上だった。なによりもテーセの体力は底無しだ。

 オレのほうは低下する一方なのに……。

 慌ててゴーグルを掛けなおす。

 本来は骨格でしかないバトルユニットに個人の好みを反映させた人格が浮かび上がってくる。

 これは扉の向こうにあるギャラリー用のモニター映し出されたのも同様で、人格のバリエーションは脳波パターンやオプション入力によって無限大といってもいい。

 プレイヤーはそこに浮かび上がった格闘家として戦う。地上、海、そして宇宙、難易度は個々のキャラクターによって違ってくる。得意不得意乗り越えて銀河系一の格闘バカを目指すのだ。

 更にこのゲームの特徴は百種類以上の必殺技から最大十個まで選べてグローブの内側にある感応システムへのコマンド入力によって大小様々なパンチやキック、技の数々を繰り出すことが出来るのである。

 テーセは人の動きをパルスで読み取って、コンピューターが瞬時にグラフィックとしてシュミレートしてしまうのだ、とか言って分析していたがオレには原理とかシステムなんてさっぱり判らなかった。

 ようは楽しめればいいのだ、こんなものはさ。

『GO』の合図とともにテーセによく似た小柄なアマゾネス、というよりは猫娘と言った方が正しい女の子が軽やかにステップを踏み、間合いを詰めてくる。

 そうしたかと思うとパッとジャンプしてケリが雨あられのように降ってきた。

 オレはそれをガードして、下から必死のローリングアタックを繰り出す。

 綺麗に最大パワーの技が決まった。

 これだからこのゲームはやめられない。

 テーセは体勢を立て直すと、しなやかなフットワークとジャンプから攻撃を加えてきた。

 それをかいくぐりオレは必殺技を出しまくった。

 そのおかげでこのセットは調子よく取ることが出来た。

 しかし、オレの頑張りはいつもここまでだった。次のラウンドではパターンを読まれテーセが攻勢に出る。もうはまりまくってしまった。しかもご丁寧な事にコマンド入力を失敗したオレは空振りした末に着地でもろに彼女の気孔波をくらってしまい吹き飛ばされてしまう……。

 また、負けちゃったよ。

 本当、勝てたのは最初の二、三回くらいじゃないか?

 そのあとは、オレはワンゲームでワンセット取るのがやっとだった。情けないっていうか、テーセが強すぎるっていうのか、まいった、まいりました。

 そういいつつもまた次の戦いは始まる。

 こんな調子でオレはテーセに三時間以上もアクション系、体感系ゲームでゲーセン中を引っ張り回されてしまった……。

 パワーが違いすぎる。


 づがれだよ~。

 ところがようやく休めると思って喫茶店に入ったのに、全然休んだ気がしない……。

「すご~い、ダイチって物語も創るんだ。クリエーターだね♪」

「……今はなにもやってないけどね」

 それもそのはずだ、さっきからマシンガンのように質問攻めにあっているのだ。それは息つく暇もないくらい凄まじい攻撃だった。

「どんなの創ってるの? 恋愛物、それともコメディー?」

「う~ん、どっちもありかなぁ」

「SFは?」

「そういうこじつけは苦手なんだ」

「じゃあ、ファンタジー系だ」

「よく分かったね」

「だってそれっぽいもの」オレを見つめテーセは笑った「剣や魔法、そして冒険」

 喜々として手を広げ彼女は話し続ける。

「ねぇ、今度読ませて。あたしがグラフィック作って、アニメにしてあげる♪」

「いっ、いいよ。勘弁して」

「どーしてぇ?」

 グイッと顔を寄せて真っ直ぐオレを見つめる。

 色合いも輝きも違うのにテーセの瞳はディと同じくらいに人をひきつけて離さない。

「ど、どうしてって……恥ずかしいじゃないか。誰にも読ませたくないんだよ」

「でもディ姉には見せたんでしょ?」

「えっ、まあ、そうだけど……」

「やっぱりねぇ♪」

 ニコッと笑う彼女を見てオレは、しまったぁ、と思った。

「読ませてね」

「はい……」

 幸うすい……。

「ねぇ、ダイチはどんな女性が好み?」

「へっ?」

 こ、今度は何だ。話があちこち飛んで付いていけない。

「やっぱりディ姉のように美人で優しくて器量良しかな?」

「いや、そのねぇ……」

「はっきりしないのね、ダイチ」

 突然そんなこと聞かれてハッキリもなにもないと思うぞ……。

「だからぁ、そう面と向かって突っ込まれるとどう答えていいか分からなくてさ」

「ふ~ん」

 テーセは邪気もなく不思議そうな顔でオレを見ている。その仕草はディとまったく同じだった。

「ダイチって奥手なんだね」

 オレは彼女の言葉に思いっきり突っ伏してしまう。

 子供にそんなこと言われたくはないぞぉ。オレはオレで悩んでるんだからさ。

「そんなんじゃないって、オレは女の子は苦手なんだよ」

「同じじゃん。ディ姉と話してる時もそうなの?」

「いや、それなりに話してるよ」

 ちょっと、間が開いたとき困るけどさ……。

「それじゃあ気にすることないじゃん、あたしとだってこうして話してるんだもの」

 ……テーセの場合は一方的かつ強引さでだと思うのだが……。

「……そうですね」

「でしょう♪」

 無邪気にケラケラ彼女は笑う。

 小悪魔かいたずら天使のようだ。でもそんなテーセを見ていても怒る気はおきない、逆に引き込まれていく様な気さえする。

 静と動、性格も雰囲気も全然違うのに、何気ないところでディと彼女は姉妹なんだなぁ、と感じてしまうのだった。

「で、ダイチの理想の人は?」

 やっぱり全然、似てない!

「まあ、やめよう、その話はさ」

「どうして?」

「オレ、疲れちゃったよ」

 ほんとに一時も休まる暇がない。

「もう少しのんびりしよう」

「してるよ、ダイチが疲れたって言うからこうして喫茶店に入ってお休みしてるんじゃない」

 頬を膨らまし、あどけない仕草でテーセはオレに言った。

「そうだけどさぁ……」

 テーセはこれでもいいかもしれないが、こうも根掘り葉掘り聞かれて話に付き合わされるオレは全然休まらないんですけど。

「……もう少しゆっくりさせてよ」

「だから、してるよ」

「元気だなぁ、テーセは……」

「あったりまえよ、あたしはまだまだ元気だよ♪」

 百万Wの明るさで彼女は笑いかける。

「はぁ……」

「ダイチといると楽しいよ♪」

 オレは疲れるよ。

「ねぇ、これ全部もらっちゃっていいの。」

 ゲーセンでゲットしたプライズの山を可愛らしいバッグから取り出して、テーブルの上に並べ始める。

 は、恥ずかしいからやめて欲しいぞ。

「あぁ、オレが持っていてもしょうがないじゃないか」

 全部テーセにせがまれて取ったものばかりだった。

 ぬいぐるみやフィギュア、アクセサリー、これらを取るのにどれだけ苦労したことか、筐体のアームなどと格闘している間中ずっと騒ぎっぱなしだったもんなぁ……。

「ありがとう」無邪気に彼女は微笑む「さ~て、次はどこへ行こうかな♪」

 おいおい、まだこの期に及んでつきあわされるのかぁ?

 オレ、死んでしまうぞ。

「あっ、あのさテーセ……」

 そろそろ遅いから帰ろう、とオレは言いたかったのだが、それなのに、その後を口にすることは出来なかった。

「よお、ダイチ」

 うしろから聞き覚えのありすぎる声がして、オレはゾッと背筋が寒くなる。

 振り向いてみると……マーク先輩とウラヌさんが笑顔で立っていた。

 やばい!

「何やってんだぁ?」

「あっ、いや、これ……は……」

「俺たちの誘いを断って帰ったかと思えば、デートかぁ」

「ディに言いつけるぞ」

「そんなんじゃないですって! 彼女はですねぇ」

「ねぇダイチ、この人達がウラヌさんにマークさん?」

 変な噂や誤解を招きたくなくて慌てて説明しようとしている脇からテーセはオレを突っついて訊ねてくる。

「へっ? 何で俺らのこと知ってるの。誰だい、この子は?」

「彼女はですねぇ、ディの妹なんです」

「「妹!」」

 やっぱ、驚くよなぁ、信じられないよなぁ。

「テーセで~す。よっろしくぅ♪」

「はぁ……」「……よろしく……」

 先輩もウラヌさんも間の抜けた返事しか出てこない。

 そして、二人とも顔を見合わせ、オレとテーセを見比べている。

 オレはそれに頷くしかなかった。

「ディ姉がいつもお世話になっています」彼女はチョコンと可愛らしくお辞儀をする。「お噂はかねがねうかがっています♪」

「うわさ?」

「はい、みんな楽しくていい人達だって」

 う~ん、ディらしいお言葉。

「ふ~ん」

 いつの間にかテーセの笑顔に和んでしまい、先輩もウラヌさんもなし崩しに相席してしまっていた。

 やっぱりこれも彼女の人をひきつける魅力なんだろうか。

「しっかし、ディにこんな可愛らしい妹さんがいたなんて知らなかったな」

「聞いてませんでした?」

「あぁ」「まぁね」

「相変わらずだなぁ、ディ姉は」

 少々呆れ気味にテーセはため息をついた。

「ディ姉はいつも人の世話ばかり焼いて、自分の事となるととんと無頓着なんだからぁ」

「ディが無頓着かどうかは知らないけど、いつも世話にはなっているな」

「特にダイチはな」

そう言って先輩とウラヌさんはオレを見つめる。

「こんなドジで馬鹿でどうしようもないくらいのぐうたらを、一生懸命お世話してくれてるんだからな」

 普通、そこまで言うかぁ。

「そんなにダイチってひどいの? うわさどおりなの?」

「そこまでひどくないと思う。たぶん……」

 しかし、否定しきれないところが弱い。

「本当にか!」

「いや……その……当たってますけど……」

 この人達に言われると、否定できません。

「全く世話ばっかりかけて、ディのような彼女がいながらデートすらしたことがないってんだから情けない」

 頼むから、これ以上余計なこと言わないで……。

 小さくなりながら、心の中で悲鳴をあげる。

「本当なの、ダイチ?」

「ハハ……」

 驚くテーセにオレは笑うしかなかった。

「じゃあさ、テーセとのデートが先になっちゃったね」

「困ったもんだ」

「早くディともキチンとデートしてやれよ」

「はぁ」

 そりゃあ、オレだってそうしたいけど、どうしたら彼女が喜ぶか判らなくて……。

「それじゃあテーセとダイチのデートを邪魔しちゃ悪いから、俺たちは消えますか」

「ねぇねぇ、どこ行くの?」

 席を立ちかけた先輩たちにテーセは訊ねた。

「カジノだけど」

 不思議そうに先輩は答える。

「おっもしろそー、ダイチ、あたし達も行こう」

「行こうって……」

「ここにいてお話してるだけなんてテーセつまんないもん、それにダイチも十分休んだでしょう」

 有無を言わせぬ調子で彼女は言うのだった。

「いいのか?」

 席を立って外に出ようとしてるテーセを指さし先輩は訊く。

「まぁ仕事してるくらいだから、大丈夫じゃないっスかぁ~」

 オレはもう半分やけだった。

「ねえねえ、もしかして年齢のこと気にしてる?」

 そりゃもう遅い時間だ。場所によってはIDカードを示さなければ入れないところも出てくる。

 とはいえテーセの場合、飛び級でもしているのだろう。すでにTDFで仕事をしており、就業しているとなると、自己の責任において年齢制限ありのところも入れる場合があった。

「それなら問題ないわよ」

 彼女のIDカードを見て、オレたち三人は口をあんぐり開けて驚いた。

 そう、テーセはオレとひとつしか違ってなかった……。童顔すぎる。

「……それじゃあ行くか」

 先輩は呟いた。

「行こう行こう、ダイチ、行こう♪」

 オレに選択権はなかった。

 彼女は喜々としてオレの腕を取り先頭切って歩きはじめた。


「ワ~ッ、カジノ、カジノだぁ♪」

 夜空に浮かび上がる色鮮やかな3Dグラフィックにテーセははしゃぎまくる。

 彼女は何をするにも体全体を使って表現する。

 カジノも来たことがないわけじゃないらしいのに、この浮かれようはオレからすれば一種異様とも思えるくらいだった。

「すっご~い♪」彼女はさらに何にでも興味を示す。「ねぇダイチ、あれ何あれ?」

 大画面に映し出されるスペースボートレースを指さすテーセ。

「あれは中央銀河系で開催中のスペースボートレース……」

「観にいこう、観に」

 説明よりもなによりも自分の興味の対象に向かってまっしぐらだった。

 オレはなす術もなく引きずられていくしかなかった……。

 先輩達は肩をすくめ二人でいつものスロットゲームコーナーに消えていく。

 幸うすい……。


「あのお姉さん変なかっこぉ」

 バニーガール嬢を指さし彼女は大声で笑う。

「寒くないのかなぁ、ダイチ?」

 わぁぁぁ、やめてくれぇぇぇ! みんなが注目してるだろうがぁ。

 バニー嬢なんかこっち睨んでいるし。

 ルーレットの賭けもそこそこに、慌ててオレはテーセをその場から引っ張っていく。

「たまにはディ姉もあんなカッコしてみればいいのにね。ディ姉ってプロボーションいいんだよ、知ってた?」

 知っているけど……、って、何、考えてんだよぉ、こいつは。


「ダイチ~、これ出ないよ?」

「ワーッ! ドンドン叩くなぁ」

 大当たりしたスロットマシンを叩くテーセをオレは慌てて止める。

 ちゃんと教えたのにこれだもんなぁ、オレはゆっくり楽しむ暇もない。

「オレが教えたとおり次の目押ししなかっただろう?」

「なんでぇ?」

「だからぁ……」

 だんだん説明するのも疲れてきた。

「わかんないよぉ」

 仕方がなくオレがテーセの台をやる羽目になる。

 しかし、とんでもないと思う、普通初めてでよっぽどのツキがないかぎりこの一発台って出せないんだけどな。

 さっきからみているとテーセの運はかなりいいほうだと思う。

 そんな事を考えていると隣の台でやっていたテーセがまた大当たりを当てた。

 なんで? さっきまでオレがあんなに苦労していたのに。


「しかし彼女は元気だな」

 ポーカーゲームを興味津々と眺めるテーセを見ながら半ば呆れながら先輩は言った。

「あれは底無しですよ」

 ため息しか出てこない。

 先輩達にあって少しはホッとするのだった。

「見ていると飽きないがな」

「付き合わされる方は地獄ですよぉ」

 人ごとだと思ってウラヌさんは勝手なこと言ってくれる。

「しっかし」

「なんでしょう?」

 ウラヌさんがしみじみと言うのだった。

「似てないな」

 ハハハハハハハハ……。


「走ってる、走ってるぅ♪」

 なんにでもテーセは楽しげに反応する。

 ロボット犬レースを最前列で、しかもかぶりつくように見ているテーセは実に喜々としていた。

 喜怒哀楽がハッキリしていて本当にやんちゃ娘って感じだった。

 こうしてジッとしてくれていたら楽なのだが……。

「ワ~っ! テーセ、垂れてる、垂れてる」

「エッ、何?」

 慌ててオレはティッシュを捜すのだけれど……結局、間に合わず溶けたアイスが彼女の服にかかってしまう。

 いつも見張ってないと何をやらかすか分からない子だった。

 何とかして……。


 あぁ、夜風が身にしみるなぁ。

 春とはいえまだまだディーマの夜は肌寒い。

 それでもカジノから出た今はホッとひと息つける瞬間だった。

 テーセはテーセで御満悦の様子である。スキップでも踏むかのように歩いていく。

「おもしろかった♪」

 良かったね……オレは疲れたぞ。

 やったことのないカードゲームに手を出そうとするわ、スロットマシンはなんの偶然か壊してしまうわ。ちょっとでも目を離すと何しでかすか分かんないから、怖いのなんの、ハラハラ、ドキドキものだった。

 おかげでオレはカジノに来たものの何ひとつ楽しめた気がしなかった。

 テーセを見ているだけで精一杯だったのだ。

「そうか……」

「ダイチっていい人だね♪」

 オレの前にチョコンと立つと小首を傾けオレを覗き込む。

「なっ、何を突然」

「ディ姉がダイチのこと好きになったのが良く分かるな」

「好きって……おい!」

「ディ姉は人を見る目があるんだよ」テーセはオレにお構いなしで話していた。「だからまわりでは色々言われてたけど絶対いい人だって分かってた。あたしにだって何も言わず付き合ってくれたもんね」

 いや、それは言う暇がなかっただけで……。

 それにしても、もともと唐突な子だったけど、なんてことを言いだすんだ!

 しかも、妙に大人びたディと同じような目でオレを見ている。

「ディ姉はダイチのこと好きだよ」

 まるで分かりきったこと、当たり前のことのように言い切った。

「ダイチは?」

「いや……その~ぉ」

 だから何でこうなるんだ……?

「ねえ」

 あぁぁ、頼むからゆするな、引っ張るな。

「す、好きです」

 決まっているじゃないか、そんなこと。

「安心した♪」

 ニッコリ微笑むテーセ、表情がクルクル変わって本当につかみどころのない子だった。

「今度はディ姉もデートに誘って上げてね」

 彼女はオレが黙っていると「ネッ」だめを押すように言った。

「あっ、あぁ」

「約束よ。ディ姉、絶対喜ぶよ。ディ姉は人の世話ばかり焼いていて自分のことはてんでダメなんだ。ダイチが側にいるだけでもディ姉はいいんだろうけど、やっぱりディ姉にももっと楽しんでもらいたいなと思うんだ」

 テーセは星空の下で微笑みながらオレに語りかける。

「ディ姉は特別だ、なんて思ってる人もいるけどディ姉だって普通の女の子だもん」

 姉妹なんだなぁ。そう思った。

「じゃあ、あたし帰るね」

「おい」

 始まりが唐突なら終わりも唐突だった。

「あっそうだ」

 走りかけたテーセがオレを手招きする。

「何か?」

「これ」そう言ってバックからネックレスの入ったケースを取り出した。「ディ姉にプレゼントって渡しなよ」

 それはカジノでもらってきた景品のネックレスだった。

「あの人達の話からするとダイチ、プレゼントすらしたことないでしょ?」

 図星だった。

「それから、これはあたしからのプレゼント」

 チョコンと背伸びしたかと思うと彼女はオレの頬にキスをした。

 電撃的な素早さだった。

「ディ姉は海が好きだよ」

「へっ?」

「じゃ~ねェ♪」

 走り去るテーセをしばしオレは呆然と眺めていた。

 テーセはまるで嵐のような子だった。

 何なんだ……。


 帰り着いたのは日が変わった頃だった。

「お帰りなさい。ダイチさん」

 それでも疲れ果てたオレをディは暖かく迎えてくれる。

 彼女の微笑みはどんなビタミン剤やリフレッシャーよりも素晴らしい効き目がある。

 本当に身も心も洗われるようです。

「あのぉ、ごめんなさい」

 紅茶の入ったティカップを軽い食事とともに運んできてくれたディにオレは深々と頭を下げる。

 もうひたすら謝るしかなかった。

「何がですか」

「いやだってねぇ、こんなに遅くなってしまったし、それに連絡すら入れてなかったんだし……だから、ごめんなさい」

 そんなオレを何も言わず微笑み迎え入れてくれるのだから、心苦しい限りです。はい。

「気になさらないでください」

「で、でもさ」

「テーセでしょう」

「知ってたの?」

「はい、TDFに行ったとき、テーセがここに行った事を聞かされましたから」

「そ、そうなんだ」

「だから、気になさらないでください」

 彼女はオレの手を取り言った。

「あの子のわがままに付き合っていただいたダイチさんに、私の方こそお礼が言いたいですわ」

 ディの手の温もりがオレをドギマギさせる。

「い、いやぁ、お礼だなんて……さ。た、楽しかったよ」たぶん。

「いい子でしょう、テーセは」

「そっ、そうだね。ちょっと、元気すぎるけどさ」

「そうですか? あの子はあれが普通ですよ」

「はは……それじゃあディも大変だっただろうね。いつもテーセに振り回されてたんじゃないの?」

 一日でこんなに疲れたんだから、これが毎日になると……あまり考えたくないな。ディも苦労したんだろうなぁ。

「そんなことはありません。皆さん、大変だろうと言ってくれていますけれど、私にはあれがいつものことでしたから」

 ディはそう言って微笑んだ。いとも簡単に否定されてしまったような気がする。

「あの子はちょっと人より元気なだけですから。大変なんてことはありませんでした」

 ちょっと、ねぇ……相変わらずディの感覚って少しずれているような気がする。

 でもあれを、ちょっと、と言えるなら、オレの面倒見るくらい訳ないことなのかもしれない。そう思ったりもした。

「テーセはあの明るさと素直さが魅力なのですから」

 ハハハハハ……まいったな。

「あの子は幼くしてか見られなくて、私としてはもう少し年相応に大人びて欲しいと思うのですが……」

 まぁ、ディの悩みももっともだと思うけど、あの調子じゃ無理かもしれないなぁ。

 オレは頭を掻きタバコを吸おうとする。

 ポケットの中でタバコとともにテーセから渡されたケースが手に触れた。

 テーセの押しの強さが頭の中で蘇えってくる。

 ひと息タバコを吸い込むと「あっ、あのさ、ディ、これ」オレは意を決しディに包みを差し出す。

「私に、ですか?」

 戸惑い? それとも驚きだろうか、そんな表情の様な気がするけど分からない。オレは照れくさくて彼女の顔をまともに見ていられなかったのである。

「これを私に? よろしいのですか?」

「いいもなにも、安物だよ。ディに似合うかどうか分かんないし」

「そんな事ありません素敵です。あの、本当に」

 ディはそう言ってネックレスを付けてくれた。

 安物のはずなのに、不思議なことに彼女がつけたそれは今まで目にしたどんな高級品よりも素敵なものに見えた。

「ダイチさん、有り難うございます」

 彼女の嬉しそうな笑顔をみていると、こんなことすら思いつかなかった自分が間抜けに思えてくる。

 今度はバイト代貯めてもっといい物をディにプレゼントするぞ。

 そして彼女の喜ぶ顔をもっと見てみたいと思う。

「あっ、あの、ディ……」

「何でしょう?」

「今度の休みさ、どこか……その……」

 そう思って意気込んだわりにはカッコ良く決まらないんだよな、これが……。

「う、う、海にでもいかない、かなぁ……」ハハ……。

「私と、ですか?」

「そう、二人で」

 彼女の驚きが微笑みに変わっていくのが手に取るように分かる。

「喜んで」

 それは今まで見た中で最高の微笑だった。

 これだけでも誘った甲斐があるというものだ。

 しかし、勢いで言ってみたものの、オレは実際、どこへ行こうか何をしようかなんて具体的なことは全然考えていなかった。

 でもまぁ、何とかなるでしょう。

 たぶん……。


 ティーマの季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。

 うん、今度の休みが楽しみだ♪

 さあ、頑張るぞぉぉぉぉぉぉ!


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