第4話 天使の贈り物

「ダウンランサーにMR5、ファイバーグロームが5つ、そして、MS-500386-R……」

 まったく、これで何度目だろう?

 考えるのも嫌になるくらいオレは、さっきから用途もろくに分からない部品のナンバーを淡々と打ち込んでいる。

 気分はもう安っぽい作りの買い物ゲームをやっているようなもの。

「いい加減今度はうまくいってくれよっ!」

 祈るように願いを込めてオレは最後にエンターキーを押す。

 ピーーーーーーーッ!

 次の瞬間には、オレは聞き飽きた音に思いっきり豪快に頭をキーボードに打ち付つけた。

 幸うすい……。

「だーーーーッ!」

 また予算オーバーだよ。

 頭を掻きむしり、オレは声に出すまいと思いつつも、やっぱり唸り声をあげてしまうのだった。

「ダイチさん、大丈夫ですか?」

 隣のコンソールからディが心配そうにオレを見つめている。

「私もお手伝いいたしましょうか?」

「あっ、あぁ、大丈夫、大丈夫。ディは自分の仕事をやっていていいよ」

 オレは慌てて手を振った。

 確かに彼女なら、この報告書も上手く辻褄をあわせてしまうかもしれない。

 でもこれ以上ディに迷惑かける訳にもいかない。彼女はオレ以上に面倒なプログラムを明日までに組まなければいけないのだからなぁ。

「何とかなるって」

 なおも心配気に見つめるディに明るく手をふってみせる。

 しかし、何とかなるって言ってはみたもののオレには自信なんて、自慢じゃないが、全然! まったくないぞ!

 ディが来てから彼女の組んでくれたシステムと構築してくれたネットワーク環境のおかげで事務処理は以前の数倍もスピーディに出来るようになったって言うのに、オレがモニターに向かい合っている時間は前とぜんぜん変わらなかった。

 余計な仕事が増えてるからなぁ。


 今やっている仕事もそう。

 結局はジプコ本社か他のシステムエンジニアリング系の会社に仕事は持っていかれるのに決まっているけど、うちの所長はどこからこんな仕事を見つけてくるのか知らないが施設施行の発注を見つけてきてはプランニングや見積もりを出し続けている。

 設計はいつも通りマーク先輩とウラヌさんがやっていた。そして今回からはディがプログラムを作ってくれる事になっている。

 今、オレはというと依頼主への見積書や報告書を作成したり、予算にそって先輩達の出してきた材料費のやり繰りをしているところなのであった。

 CIPメンテナンスという会社で、なんの技能も無いオレはこれっくらいしか出来ないから仕方ないけどさぁ。

 それにしても今まで何度やっても一度もピッタリ予算見積もりと合ったためしがない、いつだって予算オーバーなんだよね。

 いままでだってどんぶり勘定だったんだから仕方ないけど……。

 もう、いい加減にしてくれ! って叫びたいところである。

「せんぱーーーい! このままじゃ、また予算オーバーです。さっきと全然変わっていませんよぉ」

「またか」

 大型ディスプレーに写し出される画面を見ながらウラヌさんと話し込んでいた先輩が顔を上げてオレの方を見る。

「またですよ」

「何とかしろよ」

 そんな無茶な。

「何に使うか知りませんが、こんな高価なばかり使っているから、思いっきり赤字ですよ」

「ダイチも少しは賢くなったなぁ」

 そういう問題か?

「いままで嫌というほど、この部品発注書とにらめっこしてきましたからね」

 いくらオレでも少しは学習機能が付いている。

「頼みますからもう少し安いのか、他ので代用できる物はそれでやってくださいよ」

「まあ、やってやれない事はないが」先輩はウラヌさんと顔を見合わせニヤリと笑う。「やっぱり、やるからにはいい物を作りたいからな」

 それはウソだ、この人達は絶対自分の趣味でやっているよ。

「そういう自分たちの趣味は予算がたっぷりある時にやってくださいね」

 まあ、たっぷりあったとしても、この人達なら更に無茶苦茶やってくれるかもしれないが……。

「つまんねぇやつだなぁ。夢がないぜ、まったく」

「夢だ、ロマンだってのはいいんですけどね、こんな採算取れないのや、無茶苦茶な設計ばかりやっているから、他のところに仕事持っていかれるんですよ」

「相変わらずストレートな物言いだな、ダイチは」

 オレの言葉にウラヌさんは怒りもせず感心したように言う。

「まったく、ダイチは本音で生きているからなぁ」

 マーク先輩も頷く。

 褒められてんのか、けなされてるのか分からない言い方だ。

 でもまあオレは、お世辞を言ったり、へりくだったりしすぎるのは性に合わないから仕方ない。そんなのは面倒くさいもんな。

「とにかく、何とかしてくださいよ」

「そりゃあ、本社のように安く出来ない事はないけれど、それじゃあオリジナリティがないよな、ここまで安く出来ますから仕事をください、なんいうのも芸がないし」

「そうそう」先輩の言葉にウラヌさんも頷く。「CIPメンテナンスはジプコ本社や他社とは違う。我が道を究めるのさ」

 頭、痛くなってきた。

「独自ったって、うちは本来、孫請けですよ」

「孫請けだって関係ねぇよ、ジプコから回されてくる仕事やって、上の言いなりになっているだけじゃ、いい仕事はできないぜ」

 先輩の言葉にウラヌさんも、「本当にあれはとおり一辺倒な仕事だけだからな」

「そりゃそうでしょうけど……」

「それに、所長はもとからこの会社を孫請けだけで終わらせる気はないんだぜ。食いつないでいく為に孫請けなんて下の仕事をしているけど、機が熟したら、もっと何でも出来るような会社にする気だよ」

「はぁ……」

 知らなかった。

「これが、その一歩のようなものさ、どんな仕事であれ全力を尽くす。こういった業界で売り込むには、他と同じ事をしていてもダメだからな」

「そうだとしても、これでは安く請け負うのと同じで大損ですよ……」

「う~ん、それは困ったな」

 全然困ったように見えない顔で、先輩とウラヌさんは笑っていた。

 こんな状態でオレにどうしろというんだ……。


「皆さん、お茶にしませんか?」

 ディのひと言で行き詰まっていた場が和んでいくような気がした。

「いいねぇ」

 彼女は穏やかな笑顔を残し、お茶を煎れに部屋を出ていった。

 ディがいるだけで日常がこうも違うんだよな。

「なあ、ダイチ」

「なんスか?」

 ディがいないのを見計らうようにマーク先輩は小声でオレに訊ねてきた。

「お前ら、何処まで進展してるんだ?」

「はあっ!」

 ドキッ! として、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「何、焦ってんだよ」

「とっ、突然、何ですか?」

「ディと二人で住むようになってもうひと月だろう、どういう風にやってるんだろうな、と思ってさ」

 いぶかし気に先輩はオレを見つめる。

「べ、べ、別にやましい事はしてませんよ」

「何もそんな事は訊いてねぇよ」呆れる先輩。「休みの日とかは二人で何やってんのかって事だよ」

「休みの日、ですか」

「そうだよ」

 うーん。

 そう聞かれてオレは考え込んでしまう。

「何もしてませんね」

「何も、ってなあダイチ」

 先輩もウラヌさんも思わず突っ伏してしまう。

「だって、本当だもん」

 胸張って言える事じゃないけど、本当だった。

 休みの日になると疲れはてているせいか、思いっきり寝てしまい気が付くといつも午後だし、あとはディの作ってくれたメシを食べて、適当にお茶なんか飲んで話なんかしていると一日が終わっているのだった。

 なんて一日が早いんだろうって思う。

 考えてみればオレは自分から何かしようなんて滅多に言わないし、ディはディでこれまた何も言わずオレに付き合ってくれているんだよね。

 不思議な事だけど、それが当たり前だと思うようになっていた。

「なあダイチ、デートくらいしないのか? お前」

「そういやぁそうですね」

 うーん、考えもしなかったな。人生って奥が深い。

「一ヶ月も一緒に暮らしていて、何やってんだかなあ」

「そんなこと言われても……」

 頭抱えられても、困っちゃうよな、オレだってさ。

「いいかダイチ、仮にもだ、あのディと一緒にいるんだぞ。少しは恋人達らしいことしてもいいんじゃないか、変だぞ、お前」

「そうですねぇ」

 とは言ってみたものの……何をすりゃいいんだろう?

「何がそうですねだよ、全くニヤケてんじゃねえ」

 痛いって、ヘッドロックなんてしないでくださいよ、オレはオモチャじゃないんだからぁ。

「何をお話しているのですか?」

 彼女には弾んだ楽しげな会話をしているように映ったらしい。

「あっ、ディ。いやねぇ、ダイチと男同士の話をね」

 コーヒーを運んできたディを見てオレは体が自然と熱くなっていくような気がした。先輩があんなこと言うから気になってしまうんだよね。

「楽しそうですね」

 絶対楽しくない。オレは先輩達のオモチャにされてるんだから。

 でも、まあマーク先輩の言うことももっともだよなぁ。

 傍からみればオレとディだって、なかん照れるが恋人同士なはずなんだもんなあ。

 う~ん。


 帰り道、辺りを見回してみれば、結構アベックというのも多いものだと思う。

 夕暮れの街や公園で寄り添ったり手を繫いだりして歩いていく。

 こうして並んで歩くオレとディも他人の目にはそう映るだろうか。一応、成り行きとはいえこうして付き合っているのだから。

 マーク先輩に言われてから変に意識してしまう。

 考えてみれば、ディとオレはデートらしいデートなんてしたことないんだよね。

 ディはどうなんだろうか? 

 やっぱりそういう希望はあるのだろうか、彼女の口からその手のこと聞いた事ないし  たとえ聞いていたとしてもオレは鈍感だから気がついてないだけかもしれない。

 もしかしすると知らず知らずのうちにディを退屈にさせていたか!

 アーッ! どうしたらいいんだろうか? わっかんねぇぇぇ!

「ダイチさん、どうかしたのですか?」

 知らず知らずのうちにオレは彼女を盗み見ていて目と目があってしまう。

「えっ、あぁ、そのね……」

「先程から何か考えていらっしゃるようです。何か心配事でも?」

「……まぁ、そうだね……」

 なんか考えが読まれたようでドギドキしてしまうなぁ。

「お仕事の事、ですか?」

「えっ、ああ……」違うんだけど、まぁいいかあ。「なんて言うかね」

 実際あれはあれで頭痛いんだけど、すっかり忘れてたな。

「私、凄くいいと思います」

 彼女は心から気に入ったように言った。

「どこが?」

「機能的にも素晴らしいですし、オリジナリティがあります」

「ふーん」オレにはさっぱりだな。「よく分かんないけど、ディが言うんならそうなんだろうなぁ」

「はい」

 彼女は瞳を輝かせ言う。

「でも、いくら良くても、コストの高くつくことや規格に合わない事ばかりやっているから、いつも契約取れないんだよね」

 ここまでダメだといい加減やる気失せるよなぁ。

「難しいのですね」

「そうだね、好き放題できて、それで売れりゃあいいけど、世の中そんなに上手くいくものじゃないから」

「そういうものでしょうか」

「そういうもんじゃない、普通はさ?」

 どうあがいたって金や力のあるところに、弱小なんてかなうわけがない。

「私は違うと思います、ダイチさん」

 微笑みながら彼女は言う。

 ディが笑うと周りがフワッと優しい風に包まれたような気持ちにさせられる。大げさかもしれないけど、どんな時でも彼女が微笑むだけで世界が変わるような気がするのである。

「良いものは良いと私は思います」

 そうなんだけど……。

「信じてやり続けていれば、きっと皆さん、認めてくれます。諦める前にどんな事でも自分が出来ることを努力し頑張り続けた時、努力はきっと報われます。私はそんな人達を見てきましたから」

「そりゃあ才能があるヤツなら何とかなるだろうけどさ」

「誰にでも才能はあります。ダイチさんにもウラヌさんもマークさんも、世界がどう変わろうとも、これは変わりません」

「そっ、そうなのかな」

 彼女の言葉がまるで癒しの呪文のようにオレに力を与えていくような感じがする。

「そうですとも」更にまるで天使のように彼女は微笑む。「どのような時でも一生懸命であれば、かならず良いことがあります」

「そうだといいね」

「きっとそうですよ、私は信じていますから」

 彼女と話をしているとオレもそんな気になるから不思議だった。

「それに私、楽しいのです」

「何が?」

「だってダイチさん、私、初めて皆さんと仕事させていただいているのですもの」

 ディは本当に楽し気に歌うように言うのだった。

 でもそれって前からやっているような気がするんだけど気のせいだろうか。

 彼女も少しピントがずれているようなところがあるもんな。

 まあでもそれがディのいいところでもある。そして、彼女と一緒に居ると、オレはどんな時だって安らぐんだよなぁ。

 だからかもしれない。特別になにかしようとか考えなくてもいいようになってしまうのはさ。

 先輩にああいう風に言われるまでは……。

「どうかしましたか?」

「え!」

 あぁ、またボーッとしてディを見ていた。

「いや、あの……ねぇ……」

 不思議そうにオレを見るディ、よっぽど動揺しているように見えるんだろうなぁ……。

 普段ならもっとストレートに言葉が出てくるはずなのに、オレってこんなヤツだったけか……、あのぉディさん、頼むからそんなに見つめないで。

「あ、あのさ、ディ……」

「何でしょう?」

 素直にオレを見つめる琥珀色の瞳に心臓がときめく。

 今更こんな誘いをするというのも変な気がする。でも、何らかの状況の変化を期待せずにはいられなかった。

「ねぇ……どこか、よって行かない?」

 実際にはほんの一寸の間なんだろうけど、随分ディを見つめていたような気がした。

「はい」

 彼女は小さく笑顔で頷いてくれる。

 オレはいつのまにか頭の中で彼女を何処に連れて行こうか考えていた。気の利いたレストランとか、今からなら夜景の綺麗な場所とか……雰囲気のいい店とか……なんとか……。

 ……なんとか……。

 え~とちょっと待てよ……よくよく考えてみればオレってそんなところ、全然、知りませんでした。

 縁がなかった、もんなぁ……。

「私、今、ちょうどパーツショップに行きたいと思っていたところなのです」

 だけど、次に出てきた彼女の言葉はオレの期待と不安をどこかへ吹き飛ばしてしまうのに十分だった。

「よろしいでしょうか、ダイチさん?」

 はぁ……。

 ディの笑顔を見ていると、緊張からの虚脱状態で一気に何も言えなくなる。

 オチはこんなもんだよなぁ……やっぱり。

 オレは彼女に頷くとパーツショップに歩きはじめる。

 でも決して諦めたわけじゃない。次こそはディとまともにデートするぞ!

 そう心に誓うのだった。

 次こそ必ず、誘おう……。次こそは……。


「さてと、セット終了」

 先輩がシステムの主電源を入れる。

 次の日、先輩達は組み上がったシステムとプログラムをようやくテストにこぎつける。

「でも凄いですね。そこまでスロットルで勝つなんて」

「俺も初めてだよ、第一、一千万分の一の確率だぜ。そうそう出るわけがない」

「でも、出たんでしょう」

「おお、もうウラヌと二人でバカ勝ちよ」

 興奮冷めやらぬ先輩だった。

 最近、先輩はギャンブルが絶好調である。友達に誘われてやったという競艇でも大勝したらしいし、昨日は昨日でウラヌさんと行ったカジノで大穴を当てている。

 そんな状況を生放送のごとくメールしてきた先輩がいたりした。

 オレなんか、ここんところディと一緒だか行ってないのに……。

「まっ、実力、実力」先輩は不敵に笑う。「こっちは準備OK」

「じゃあ、始めよう」

 先輩の声にウラヌさんが答える。

「うまくいったらおなぐさみってね」

 おいおい。

「プログラムを起動します」

 ディは静かにそう言うと、しなやかな指がキーボードの上を流れるように動いていく。

 誰もがジッとモニターを見つめる中、プログラムが画面を流れていった。

 順調に動いていた。ディがしている事をオレ達は安心して見守っている。

「うん、いい感じだ」

 先輩の声がして、流石だね、なんて何も分からず感心していたときだった。

「おわっ!」

 突然にシステムが止まってしまい部屋の明かりも消えてしまった。

「何だ、何だ」

 慌てふためいていると、直ぐに明かりはついた。

 しかし、気が付くと目の前のモニターは真っ白だった。

「あらら、止まっちゃった」

「どうしたのでしょう」

 のんびりとした口調だったけど、気が付くとディの指先はいつもよりハイペースで動いている。

 はっ、早い!

 何か手違いがあったようだけど、オレも先輩達もただ黙ってみているしかなかった。

「……足りなかったようです」

 不意に手が止まると彼女はポツリと言った。

「何が?」

 意味不明、先輩やウラヌさんと顔を見合わせる。

「システム自体の容量が不足していたので、プログラムのデータ量についていけず、システムが自動停止してしまいました。すいません」

 うつむき、すまなそうにディは頭を下げる。

「そんな事があるんだねぇ」

「うーん、おかしいな」ウラヌさんが唸る。「一応、市販の物じゃかなりいいヤツを使っていたんだけどな」

「何処がいけなかったのでしょう」

 あぁ、彼女が困ってる。

「ねえディ、TDFで使っていたシステムって何だったの?」

 思い出したようにウラヌさんが聞く。

 この後はオレを除いた三人での専門的な会話が続いたので、オレには全然ついていけず白いモニターを眺め続けた。

「ああ、だからか」

 しばらくして、ようやく納得したようにウラヌさんは言う。

「それからするとディのソフトは、特注品や上位機種用のに合うようにプログラムされていたことになる。動かなくなるわけだよ」

「何がわかったんです」

 多分よくわかんないだろうけど訊いてみるオレだった。

「簡単に言うと、ディのプログラムでは凡庸のシステムは動かないの」

「何で?」

「コンピューターの容量の問題なんだ。まぁ、端的に言うと古いハードで今のソフトが機能しないのと同じ、たとえハードが動いたとしても、どこかにバグが生じたりフリーズしたりして上手く機能しない状態になる。ダイチも見たことあるだろう? 今回はあれと違ってセイフティが働いてしまい止まってしまったんだけどね」

「てぇ事はこのシステムは時代遅れってことですか?」

「というよりは、ディのプログラムが進みすぎているんだよ」

 ウラヌさんは大声で笑った。

「はあ」

 それからすると、やっぱりディって凄いってことだよな。

「すいません。私が製品やシステムの容量を確かめておかなかったばかりに」

「いいよ、いいよ。勝手が違ってるんだからさ、しょうがないよ。それにディは一生懸命やって、いいプログラムを作ってくれたんだもん気にすることはない」

 ウラヌさんが言い、オレも先輩も頷く。

「さて、どうしたものかなぁ」

「プログラムを組み直しましょうか?」

 胸に手を当て彼女は言った。

「そうは言ってもね、明日だよテンペル社に見せるのは」と先輩。「今からやって間に合う?」

「何とかなるとは……」

 さすがのディもどこか自信無げに見えた。

「そこまでしなくても何とかなるんじゃないっスか」

 オレは軽い気持ちでいったつもりだったけど、世の中どう転ぶか分からないもので、いやぁ、言ってみるものだと思った。

「このシステムがたとえプログラムに対して古くて劣っていても何かしら補うための補助機器を取り付ければ動くようになるんじゃないですか? そうすれば、ディのプログラムだって使えるようになるはずですよね。前に古いシステムでそれをやったって言ってたでしょう、ウラヌさん?」

「うん、確かに」

「ディのプログラムが良いって分かってんだから、それを活かした方がこのシステムを上手く使えるでしょう」

「お前にも脳味噌あったんだな」

 痛いっ!

 先輩に思いっきり頭をひっぱたかれた。

 確かに当ってはいるけど、ひどい言われようだ。一応、腐っているとはいえオレにも使える頭は少しくらいあるんですからね。

「よし、そうしよう」

 ウラヌさんがポンっと手を叩く。

「ですが、それではまた予算をオーバーしてしまいます」

 ディは慌てて言った。

「確かに。これがうまく採用されたら赤字になってしまう。でも、たとえアンバランスな配置になってもディのプログラムで動かした方がシステムの効率に良いってわかっているんだ。質の低い物作って後悔を残すよりも、いいもの作って胸張って依頼主にみせてやろう」ウラヌさんはニヤリと笑った。「自己満足かもしれないが一生懸命いい物作ろうぜ」

 そう言い残してあの人はパーツを探しに部屋を飛び出して行った。

「よし、やるか」

「はい」

 ディもウラヌさんや先輩に答えるように微笑んだ。

「良かったね、ディ」

「ダイチさんのおかげです」

「オ、オレは何もしてないよ」

「いいえ、ダイチさんが助けてくれなかったら、私は途方に暮れていました」

「ディでも?」

「何から手を付けてよいのか分かりませんでしたから……」伏せ目がちに彼女は言う。「だから……本当にありがとうございます」

 何か照れる。けれども彼女の役に立てたのがなんか嬉しい。

「ハハハハ、オレって仕事に関して言えば門外漢なんだけどな」」

「でもダイチさんのように外からの視点で物事を見ている方が専門家よりも良く見える事があります。もしかするとダイチさんには総合的な物の見方をする事が出来る才能があるのかもしれませんね」

「まっさかぁ」

 笑ってしまうぞ。

「分かりませんよ」

 言葉どおりディは真っ直ぐオレを見つめ微笑んでいた。

 あのぉ、どう答えたらいいんだろう。何かマジな雰囲気になってきた。

 気の利いたことでも言えればいいんだろうけどお互い相手を見つめ合うだけ、しかもそれだけで気持ちの方は勝手に盛り上がっていく……。なんとなく、なんとなくなシチュエーション……これってさ……。

 なんか期待してしまうよオレ。

「おーい、なにやってる」

 先輩の呼ぶ声に心臓が飛び出しそうになる。やばい、二人っきりじゃなかった。

 は、恥ずかしい!

「ダイチ、お前は書類の書き直しだぞ」

「ゲッ!」

 もしかして、オレの一言で自爆? しかも自分の仕事、増やしてしまったみたい。

「私も手伝いますわ」

「たのみます」

 やっぱし、オレって幸うすいのかもしれない……。


「あ~あ、終わったぁ」

 思いっきり足を投げ出しソファに座り込む。

 あれから二日、言いようのない虚脱感が体を包む。

「結局、今回もダメでしたね。先輩」

 何とか間に合わせて帳尻を合わせたけれど、あの仕事はどこだったか忘れたけれど本社系のシステムエンジニアリングに持っていかれてしまった。

「金やコネですかねぇ」

「そういうのもあるかな」先輩は苦笑いした、「今回は自信あったんだがな」

 まあ、終わってみれば、いつものごとしってやつだった。

 やる気なくなるぜ、まったく。

「あぁーあ、骨折り損だった」

「そうでもないぜ、ダイチ」

 声に振り返ると、キム所長と部屋に入ってきたウラヌさんは得意満面そうだった。

「何がです?」

「たった今、テンペル社から依頼があった」

 キム所長は軽く笑みをもらしオレ達に言う。

「なんでぇ? さっき断られたばっかりなのに!」

「別の仕事だよ」

「別の?」

「そう、テンペル社のシステムのメンテと事務用ソフトの依頼が来た」

「へぇぇぇぇぇ」

 珍しい事もあるもんだ。今まで何をやっても何処からも相手にされなかったのに。

「先方の話ではあのシステムだと全面とまではいかなくても、かなり改修しなくてはいけなかったそうで予算的に折り合わなかったそうだ。しかし、君達のシステムは現行のジプコ製となんら遜色なくある面ではそれ以上のものがあると言ってくれていた。だから、こういうものを考案してくれる会社とはこれからもお付き合いしていきたいと向こうの部長さんも言っていたよ」

 所長は静かにオレや先輩、ウラヌさんを見つめる。

「良くやってくれた」

「これはタイムリーですね、先輩」

 さっきまでとはうって変わってウキウキしちゃうな。

「おお、今までどんなに売り込みやっても駄目だったのに、ついてるな」

「言えてる。一時は本社からの仕事のみで、結構カスカスの時期もあったのに、ここ一ヶ月で順調に業績を伸ばしているし、仕事をこなしてるよ」

 ウラヌさんと先輩なんてよっぽど嬉しいのかお互いに肩を叩きあっている。

「仕事といい、ギャンブルといい絶好調ですね」

「まったくだ」

 マーク先輩の場合は元からのつきというものあるけれど、この好調さとツキは恐いくらいのものがある。

「それもこれもディのおかげかな」先輩は何気なく言った。「彼女が幸運を運んでくれていたりしてね」

 幸運か。

 たぶん先輩としては冗談のつもりだったんだろう。でもオレはそれを聞いた瞬間、あの時の所長の言葉が思い出された。

 その所長を見てみると、笑顔でオレ達の話を聞いていた。

 まさかねぇ。

「私が何か?」

 焼き立てのクッキーと香しい香の紅茶を乗せたトレーを持って彼女は部屋に入ってくる。

「お待たせしました。皆さんお茶が入りましたよ」

 笑顔が優しさをも運んでくる。

「今、ディが来てから、ついてるな、って話をしていたんだ」

「あら、そうなのですか?」

 そう言ってラッキースター、幸運を運んでくる天使は最高の微笑をオレや皆に投げかるのだった。


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