第3話 天使は傍にいる

 オレが知らなかっただけなんだけど、ディは間違いなく有名人だった。

 ディことデュエルナ・ネルミス・ツイング嬢がジプコ本社に入社したときから、彼女の可憐な容姿は社員のみならず、彼女見た街の人々を魅了したのである。そして性格も人知を超えた誰とでも分け隔てなく接する良さは、ディの人柄からして誰からも好かれたと思う。

彼女はまさにマドンナであり、天使だったのである。

 オレも数時間でそれが判ったし、ディと数日一緒に暮らしてみて、よ~く判った。

 聞けばディに交際を申し込んだ男たちは数知れずいたという。

しかし、不思議なことにどんなにいい男であろうともディは特定の人とは友達以上の付き合いはしていない、誰とも等しく優しく接している。彼女を取り巻く状況はディが本社から諸事情で(その辺を詳しくオレは知らない)TDFへ移っても変わらなかった。

オレと出会うまでは……。

 そんなディが、どこの誰ともわからぬ輩とくっついたというのだから、人間として興味が湧かないわけがないわけがないことは判る。

 判るが、オレはオレであり動物園のサルではない。

 後ろ指刺されるようなことはやっていないぞ。

 確かに髪はボサボサ、切るのも自分でやっている。着ている服もヨレヨレ、身長だって高いほうではない。身長はディとほぼ同じだが、ヒールをはけば彼女のほうが確実に高くなる。

 かたや均整の取れたプロポーション。

 どんな服を着ても似合うし、長いプラチナブロンドの髪はサラサラでそれが風になびいたときなど、あまりもふんわりと流されていくので見とれてしまうくらいだ。

 こんな二人が並んで歩けば、オレだって似合わないと思う。

 絶対に!

 しかしだ、だからといって、オレを妖怪だとか、奇人変人よばわりはやめてほしい。

 オレだって成り行きとはいえディと一緒にいられるのが不思議でしょうがないんだから……。

 不釣り合いだって自分でもよく判る。

でもディは全然気にしてない。オレといると楽しいとさえ言ってくれる。

 何でだろうね?

 まぁ、判らないけど、クヨクヨ悩んだり考えたりするのはやめました。

 30分も経たないうちに、足りない脳みそはショートしたし、答えも出ませんでした。

 ディがこんなオレに愛想をつかすまででもいいと思う。それまでの間、この幸せを満喫しよう。

ギャンブルなんかやっていてとき、連戦連勝、勝ち過ぎだって思うほどツキに恵まれる事があるでしょう? ディのこともそれと同じような感じがするんだ。そういう時って、考えすぎるとツキが逃げてくものだからさ。

 相変わらず楽天的すぎるかもしれないけどこればっかりは性格だからしょうがない。

 それに今はディの笑顔がある、それでいいじゃないか。

ねぇ、そうだろう?

 だめかな……?


「だぁぁぁぁ、終わったぁ!」

 5時すぎ、プログラムの設定も終わりようやく今日もバイトが終わる。

 人間食べるためには稼がなければいけない。楽して稼げればどんなにいいだろうといつも思うよ。そんな仕事あるわけないけど……。

 たまにニュースとかを見ると、ほんの数時間で億単位でキャッシュを稼ぐ人もいるがそんな知識も度胸もなければ、たまのギャンブルで浮き沈みに一喜一憂するのが関の山であろうと思う。

「お疲れさまです」

 オレの隣のコンソールに坐っているディがコンピューターバイザーを上げ微笑みかけてくれる。

 その一言と笑顔だけで、なん充実感を味わえるのだから不思議だ。

「こちらこそダイチさんが手伝ってくれるおかげで作業が順調に進んでいます」

「そ、そうかな」

 ディが出向としてCIPメンテナンスへやって来て今日で二日目だが、メンテナンス用のプログラムの書換えをやりながら、彼女は平行してたまりにたまっていたうちの事務や経理をやってくれていた。

 どんぶり勘定みたいなところがあったうちの経理をキチンとシステム化し、うちの規模に合わせた事務処理をネットワークにのせて、効率よく仕事が取れるようにオンライン化してくれている。

例によってコンピューター関係に疎いオレが彼女の役に立っているのかははなはだ疑問であったが……。

「オレはディに言われたとおりにやっているだけだよ」

「それでも私一人ではもっと時間がかかっています」

 システムの電源を下ろし、身の回りを片付け終えたディはそう言って笑いかけてくれる。

 万分の一でも役に立っていればいいか。

「さてと、帰ろか」

「はい。少々お待ちくださいね。キム所長に報告書を出してきますから」

 そうそうCIPメンテナンスは前の一件があって、一時整理とかで使えなくなった部屋の代わりに隣を借りており、整理ついでに手狭になった事務所を広げていたのである。

 メンテナンスで外周りの多い先輩や所長がいない間、オレは片付けをしつつディのジムを手伝っているのが今の現状である。

「わかった。オレ、タバコ吸っているから」

 オレは通路に出ると喫煙コーナーに入る。

 よくよく考えてみるとディが来てから事務所の雰囲気も変わった。

 ガラクタのような機器の山がキチンと分類され、ディスクやらマニュアルが未整理のまま積まれていた机も整理され、薄暗かった事務室も明るい雰囲気になっている。

 これもディのおかげであるが、彼女一人でこうも変わるものなんだと感心してしまう。

 吸い終わったころ、ディが事務室から出てくる。

 そのディを待っていたのだろうか、男がディに声をかけ呼び止めている。

 何度か見た光景だった。

 一度はオレの目の前でデートのお誘いが展開されたこともある。それは頭にくる葉ターンであったが、どう見てもオレよりも真っ当な男達からのお誘いである。ディの意思を尊重するが、オレなんかと付き合うよりも数億倍いいのではと、我ながら思ってしまう。

 どんな会話がなされたか判らないが、ディは男に丁寧に礼をすると、オレの元へと小走りに駆けてくる。

「お待たせしました」

「ああ、うん……」

「どうしたのですか?」

「別に」

「そうですか。でも、ダイチさん不機嫌そうですよ」

「そんなことは……」

 ないと思うけど……、オレってすぐ表情にでてしまうのかな。

「ローマンは焼き餅を焼いているのさ」

振り返ればキム所長がいつの間にか立っており、笑ってオレ達を見ていた。

もしかしてキム所長もさっきまでの一連の流れを全部見ていたのかな。

「もう少し素直になってもいいんじゃないかな」

 所長はオレの隣に並ぶと肩を叩き言った。

「違いますよ」

「あの、餅を焼くと何かあるのですか?」

 ディの言葉に一瞬オレと所長は動きが止まってしまう。

オレと所長のこづきあいに気付いた様子もなく、ディは真剣に訊ねるのだった。

「い、いや、その餅じゃなくてね」

「どの餅なのでしょう? それとも今日のお夕飯はお餅を使ったほうがよろしいのでしょうか?」

 天使のように微笑むディを見ていると、突っ込む気力もなくなっていく。

 ここ数日、何とか味わっているディの天然さにも少し慣れてきた。

「そうだね、よろしく」

 オレと所長は顔を見合わせるしかなかった。

「キムさんもいかがですか?」

「いや、僕は遠慮しよう。家で待っているだろうからね。それよりもだディ、夕食の準備の間、ローマンを少し借りたいのだが、いいかな?」

「はい」

「夕食には間に合うように帰すよ」

「わかりました」

小さく頷くとディはオレに向かい素敵な笑顔を投げかける。

「早く帰ってきてくださいね」

 こういう時のディって気がきくし、素直でいい女性だと思う。


「で、なんです?」

 所長行きつけのパブに落ち着くとオレはキム所長に訊く。

「うん?」

バーテンからロックのバーボンを受けとり、所長はオレを見る。

「どうだ、ディと暮らしてみて。」

「そのことですか……。まぁ、なんとかやっています」

 チビチビとブランデーを飲みながらオレは言う。

あんまりいい飲み方とはいえないが、酒はあまり得意じゃないのでしかたない。まあ、うまい酒なら話は別であったが。

「いい娘だろう」

「良すぎです。オレにはもったいないくらい、天使みたいですよ」

「天使か、そうだな、そういう見方もあるな」

 所長は一気にグラスを空ける。

「言っておきますけど、変な事はなにもしていませんよ」

「判ってるよ。お前、そういう所は真面目というか堅いものな」

 軽く笑みをもらし所長は二杯目を頼んだ。

「だから、お前にディを預ける気にもなった」

「はあ……!」

 なんか所長の意外な言葉に眼を見張る。

「半年も、バイトとはいえ一緒に仕事をしてきたんだからな、だいたいの性格は見えてくるもんだよ」

「そうっスか?」

「そうだな」ニヤリと笑い、所長は言った。「お前は自分なりの正義感を持っているし曲がったことは嫌いだもんな。それに、言いにくいことでも言いたい放題言うし、本当に面白い奴だよ」

 そういうところは好きだよ、と所長はくすくす笑いながら言ってくれた。

「それってほめられてんでしょうか?」

「どっちだろうなぁ。腹の立つこともあったし、マークの紹介じゃなかったら、さっさと辞めさせていたかもしれないな」

 やっぱり、嫌味言われてるんだろうなぁ。

「それでも、やる事はキチンとやっているってわかったからね。その熱意だけは買えると思ったよ」

「それはどうも」

「それが判っていたから、ディがああ言ったときも反対しなかったんだろうな」

「止めてもらった方がよかったかもしれませんよ」

「本当か?」

 バーボンを飲む手を止めてマジマジと所長はオレを見る。

「あ~、え~とぉ……」

「素直に言ってもバチはあたらないぞ」

「ハハハ・・・」

「まあいいか」

 所長は、そんなオレの面白そうに見ていた。

「あの子はね」

しばらくして、所長が口を開く。

「僕の友人の娘さんなんだ」

「そうなんですか?」

 初耳である。というか、そんなつながりがあったなんて。

「そいつに頼まれてねディをジプコに入社できるように手配したんだ」

 その声は遠くに語りかけるようだった。

 キム所長も以前はジプコ本社の技術開発部で課長という要職にあったという。

当時から親分肌で面倒見がよく仕事がでる人である。それが今ではジプコを退職し自分で会社を設立しているのだから不思議だ。

「それじゃあ、なんで自分の元で面倒を見なかったんです?」

 大切な人ならそうするんじゃないかな。

「あの頃は色々とゴタゴタがあってね、それどころじゃなかった。彼女が入社して半年後には技術開発部も統廃合されてなくなってしまったしね。僕自身責任問題から会社を辞めざろうえなくなってしまう。それに自分の会社を起こしたはいいが、先行き不安な会社にディを引き込むわけにもいかなかったから、僕がジプコで一番頼りにしてきた人に彼女を頼むしかなかった」

「それがTDF?」

「そうだよ」

 所長は頷く。

「まあ変わった部署だが、ディの能力を充分活かすことができる場所だったと思うよ。あの娘自身も楽しそうに働いていたもんな。それが、今度は僕の会社に来て仕事をしてくれている、これってなんかの縁かなって思ってしまうよ」

「よかったじゃないですか」

そうだな、と所長は笑いしみじみとオレを見つめた。

「でもな、ディがお前と一緒に住むっていうのは、少しもったいなかったかもな」

「じゃあなんで?」

「あの娘の好きにさせたかったからかな」

「ずいぶん気まぐれですね」

 所長はただ笑うだけだった。

「オレだって男ですよ。いつ何をするかわかったもんじゃない」

「大丈夫だよ。お前はそういいながらも節度を保っている。それになにかが起きているならとっくに起こっているだろう?」

 眼を細めキム所長はクスリと笑った。

「ディはいつだって人につくし、他の人のために生きていた。そんな娘だから自分をもう一度見つめなおしてもいいと思ったんだ。きっかけがなんであれ、今のディには得ることがあるだろうと思ってね」

「それがオレ?」

 戸惑うオレにしっかりと所長は頷いた。

「面白い奴だからね」

「どういう意味ですか?」

 ちょっとムッとくるな。

「自分に正直だし、自分をしっかり持っているからな」

「ただのわがままですよ。」

「違うな」

いつになく真剣な所長の顔がそこにある。

「お前は自分の中に失いたくない物を持っているんだよ」

「そんなもん、ないっスよ。もしかしてもう酔ってませんか?」

「そうかもしれん。しかしお前は、こういう話になるといつだって逃げ腰になるな」

 そんなオレに所長は苦笑するかのように言った。

「そうっスかねぇ?」

「そうだよ。この一年お前、何をした?」

「なにも……ギャンブルくらいっスかね」

 嘆く所長にオレは只笑うしかない。

「まったく、物書きになるって言ったのは、何処にいったのやら」

 そうなんだよなぁ、家を追い出されたときはそう大見得切ってやってきたんだよね。

「どうしたんでしょうね」

「ディといることで、お前も少しは変わったら? 釣り合うように」

「無理ですよ。ディとは元が違いすぎます」

 あんな天使みたいな彼女と同レベルになんてなれるわけがない。

「まあ、外見は無理だろうな」

「それは、絶対です」

「でもまあ世間じゃそういうカップルも多いことだしいいんじゃないか。本人達がいいと思っていればそれくらいなんともない。世の中、結構不釣合なカップルが見られる、何でこんないい男と、なんてのもあるればその逆もある。数年前の一京人のアイドルといわれたユリウス・ドリスデンが結婚したのなんかがいい例だろうな」

「そりゃまぁそうですが……」

 確かに人気絶頂、銀河系一のアイドル、ユリウス・ドリスデンが一介のコンピューター技師と5年越しの恋を実らせ結婚したのは記憶に新しいが、オレとディをあれと比較するのもなんか変だと思う。そこにあったようなサクセスストーリーも自慢できるような特技もオレにはない。

所長は思いっきりオレの背中を叩く。

「でもまあ他人の目なんかきにすることはない。お前はお前なりやってみてそれで吉とでるか凶とでるかはお前たち次第なんだよ。人生なんてギャンブルさ」

 ギャンブルかぁ……所長はそういうのに強いからなぁ。

「それに、お前も物書きになるならこういうシチュエーションの方が面白いアイディアもでてくるかもしれないじゃないか」

 そう言って所長は楽しそうに笑う。オレにはそれがなんとなく面白くなかった。

「所長、オレのこと見て楽しんでませんか?」

「かもしれんな。まあ今のままやっていくというのなら、それでもいいさ」

「当たり前ですよ。今更どう変われっていうんですか。」

 所長は小さく吐息をもらす。

「ならば、今のまま頑張っていくしかないさ。どんな時であれディはお前をわかってくれる。だから、そんなディもわかってやってほしい、表面的なことだけではなく全てをね。あの娘のオヤジにかわって、僕からの頼みだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そういうの、困るんですけど」

「なあに、そんなにたいしたことじゃない」

表情からバレバレなのだろうが、慌てるオレを所長は楽しんでいるかのようだった。

「いつもどおりやればいい。努力する気があればほんの一寸頑張ってみてくれればいいさ」

「はあ……」

 なんか、ますます後戻りできなくなっていくような気がしてきたな。

「なあローマン、ディのもう一つの愛称を知っているか?」

 頭を抱えるオレに所長はポッリと言った。

「知りませんが」

「ディはMiss Fortune、幸運を運んで来るんだとさ」

 軽くウインクひとつ、所長は笑った。

「本当に不思議な力を持った子だよ」


 昼間はいつもならオレとディくらいしかいない事務所も今日は所員全員そろっている。

聞こえるのはパソコンに接続したネットワークから流れてくるささやかなBGMとコンピューターやメンテナンス機器の作動音くらいなものだった。

「困りましたわ」

 隣で経理関係のディスクを処理していたディがモニターを見つめ呟く。

「どうしたの?」

「えぇ、見てください。収支計算があわなくて」

コンピューターバイザーを上げディはオレのモニターの空いている所に経理関係の数字を映し出していく。

 オレはモニターを覗きこむのだが、よく判らない。

「どうした、どうした?」

 ウラヌさんやマーク先輩までやって来てモニターを覗き込む。

「なんか経理がおかしいそうですよ」

「へー、というか、やっぱりっていう感じだな」

「そうだな」

 ウラヌさんも先輩もさほど驚かない。

 オレだってそうだ、ここまで全てどんぶり勘定できたのだからピッタリ合う方が恐いと思う。

「何処が合わないの?」

 ウラヌさんはディに尋ねた。

「過去5年間、ほとんどですが、特に3年前と4年前が合いません」

「3年前ねぇ」

「税務署に申告した金額よりも純利益が100万ほど多いのです」

 100万という額にオレ達はオーっと、どよめいた。

裏ディスクでも作っておけば、とウラヌさんはぬけぬけと言ってのけた。

「そういうわけには……」

「いや、ここは皆に配分するってのがいいんじゃない?」

 真面目に考えるディとは別に先輩とウラヌさんは使い道に盛り上がってしまう。

「あの」

 そんなオレ達にディはまだ先がありますと声を掛ける。

「何? まだあるの?」

「まだ、黒字があるとか。」

 なんかまた期待しちゃうぞ。

「去年ですが器材購入費でかなりの赤字を出しています」

「えーっ!」

 くしくも三人の声がはもってしまう。

「去年何か買ったっけ?」

オレはディが示してくれた品目を見て唸った。

「このアッシブルカッターってやつですよ」

「それって……」

 先輩とウラヌさんが顔を見合わす。

「あれですよ。高いだけ高くて一回だけ使って壊してしまったヤツ」

 その辺のガラクタの中にあれは埋まっているはずだ。ウラヌさんはウラヌさんで乾いた笑いをあげている。

「この講入費を計算に入れないで昨年は税務申告を行っていました」

「それじゃあ、余分に税金払っちゃったってこと?」

「そうなりますね」

「どれくらい?」

 概算でディが示してくれた額は3年前の未申告分より少し多いくらいだった。

「なんだ。帳尻合ってるじゃん」

「ウラヌさ~ん!」

 一人勝手に爆笑するウラヌさんにオレと先輩は同時に突っ込む。

「どんまい!」

 変な気合の入れ方をしてウラヌさんはその後も笑って誤魔化すだけだった。

CIPメンテナンスに来てディは毎日会社の事務処理と仕事の効率化を計ろうとして色々とやってくれている。

 ディが来て二日目には事務所の雰囲気がガラリと変わる。

 ゴミゴミしていた事務所は大掃除が始まり、オレとディで丸一日かけて部屋を片付けレイアウトを変えた。薄暗さも汚さもなくなった。オレが来たころとは別の事務所に引っ越したかと思うくらい整理整頓されている。

ガラクタはしっかりと分類され事務所の一角に、俺が造った簡易の物置に片付けられる。

 経理や事務関係の処理ももう少しで終わってしまいそうな勢いだった。

 次々と魔法にでも掛かったかのように整理されていききちんと分類される。

 ディのおかげでオレや所長達は面倒な事務処理に悩まされることなくなるだろう。

「ウラヌさん、このデータ処理部三号館の配線図はどちらに保管しておいたらよろしいでしょうか?」

 また何かをみつけたディが後ろで作業中のウラヌさんに訊ねた。

「三号館の? ああそれどこにありました?」

「この16番経理ディスクにありましたが」

「多分、空きディスクがなくてそこに放り込んだんだろうな」

「困りませんでしたか?」

「どんまい」

 また意味不明なことをいってウラヌさんは誤魔化していた。

 なんとかなるものなんだよね。

 とはいえこっちは……。

「だあ、どうしてこっちの回線を貸してくれないんだよ、空いてんだろがぁぁ!」

 オレは頭に来てキーボードを叩く。

「どうした?」

 ディは心配そうにオレを見ている。ウラヌさんも先輩もやって来た。

「ジプコのネットワーク回線を貸してもらおうとしたんですけど、K56が空いているのにダメだって言うんですよ!」

「K56?」

先輩は驚きの声を上げる。

「あれは、高次元情報処理用ネットワーク回線だろう。惑星間でも高速処理ができるっていう、そんなの何に使うんだよ。」

「ディがそれを使えたらというんで……」

 実を言うとオレにだって用途は判らない。

今のオレはディがうちの会社の通信システムやオンラインを整理し、より使用しやすくするのを手伝っているだけなのである。難しい事はわからないが、K56という回線を使うことにより作業状況のモニターや指示、テスト等がし易くなり、それに伴う依頼や説明なんかもいままでよりも簡単にできるのだという。

「K32じゃ駄目なのか?」

「K56のユーザーのほとんどは大手企業とかの広域ネットワーク化された会社が使う物だからな。こんな孫請けになんか貸してくれんし、普通は使わないな」

 ディが必要だというのだから、借りようとしたのだが。

 うちのような弱小は自力でネットワーク化なんてできない。それをやるには金が掛かり過ぎるから、公共かネットワークシステム会社の回線を借りるしかないのだが、K56なんていう高次元システムは手直な所ではジプコにしかなかった。

「それでも、回線が空いているのが判っているのに貸してくれないってのは頭にきますよ」

 小さな小さな事務所だと思って足元を見ているんじゃないのかと思ってしまう。

「厳しい所だな。K56は使用審査もあるだろうからな」

「だからってオレ達、変なことに使う訳でもないし、無駄な使用をするわけじゃないんです、貸してくれたっていいじゃないですか、先輩」

 なんか頭にくる。

「あの無理でしたら」

 ディが言いかけたとき、マーク先輩が電話を取る。

「よし、一寸おれが掛け合ってみよう」

 先輩は電話でジプコのネットワーク部を呼び出した。

「あ~もしもし、CIPメンテナンスと申します」

型どおりの挨拶から、モニターに映る受付嬢に独特のペースで話し始める。

「K56回線を借りたいのですが」

「K56ですございますか」

 モニターの向こうで受付嬢はこちらのIDを確認すると。

「K56よりもK32の方がお客様にはよろしいのではないでしょうか? こちらの方が格安で便利かと存じます」

 あくまでもにこやかに言うのだが、あからさまにオレ達をバカにしているような感じがする。

「いや、こっちのK56を借りたい」

 表示されている空いている回線を示しマーク先輩は気にせずに言った。

「ですがお客様、これは高次元ネットワーク回線でして、お客様には手に余るかと」

「K56を使えってのが、じいさんの遺言でね」

「はぁ?」

 一瞬ではあるが、マーク先輩の言葉に受付嬢はキョトンとしてしまう。

 実際にこれは先輩ではなくウラヌさんがセールスマン相手に人を言いくるめるときの十八番の言葉だった。これであの人は人を自分のペースに強引に引きずり込み人を煙に巻く。

「特にジプコのK56はいいってじいさまは言っているんだ」

 他に宗教上の理由というのもある。

ゾロアスターやヒンドゥでもいい、相手が知らないことをいいことに好き放題言いまくるのである。

「あの、ダイチさん?」

喋りまくる先輩をみながらディは小声で訪ねてくる。

「何?」

「遺言というのは、本当なのでしょうか?」

「ウソです。先輩のお爺さんはまだ健在」

「はあ……」

「よくウラヌさんが使う手なんだけど、セールスマンとか相手にあれで煙に巻いたり、引っかき回したりするの」

「そうなのですか……」

 まあ、見たことがないと驚くよなぁ。まったく、口八丁手八丁な人たちなんだから。

「……ほら、K56の回線が空いているだろう」

「わかりました……」

疲れ切った様子の受付嬢は言った。

「お客様の御予約を入れておきます。後ほど使用の是非をお知らせいたします」

「よろしくね」

 楽しそうに笑いマーク先輩は電話を切り、Vサインする。

「まあこんなもんだな、ダイチ。予約は入ったが、まだうまくいくかどうかわからん、そっちのパソコンを使って予約状況をしっかりモニターしていた方がいいな」

「判りました」

 オレは言われたとおりジプコのネットワーク回線のレンタル状況を見てみると、うちの優先順位は最下位にあった。

「やっぱりな。ここじゃ俺たち中小や孫請けよりも外資系会社の方が優先されているからね」

「よし、ダイチ、パソコンを使って俺たちの優先順位を上げるんだ」

「えぇぇぇぇ、オレがぁぁぁぁぁぁ!」

「無理しなくても、K32でも大丈夫ですから」

 気遣ってくれるディを先輩が制する。

「いや、やる。ここまで来たら俺たちにも意地がある」

 ああ、本気だ。

 それはいいのだが、素人にそれをやらせようといのは問題があると思う。

「頑張るんだダイチ。お前ならですきる」

「そんな無責任な。オレ、こういうの苦手なんですけど……」

「やり方はこの前教えただろう」

 ウラヌさんも楽しそうだった。

パソコンからジプコのHPにアクセスしてデータを入力して優先順位を上げるということであり、別に嘘をつく訳でもなくきちんとした使用と会社の状況をインプットしてやるだけでも違うのである。

 ディが整理してくれた経理情報もあるし、今までとは状況も変わるはずだと思う。

 しかし、不得手だし免許すらないオレがそれをやってもうまく行くという保障はまったくないのである。

「せっかく確保した回線をどことも判らない会社に横取りされたくないだろ?」

 チラリとディを見ながら先輩は耳打ちする。

「そりゃまあ……でも自信ないっスよ、オレ」

「最初から諦めてどうするんだよ」

 肩をすくめるオレにマーク先輩はいつものように強気で言う。

「自分は絶対できるって思えばどんな事でもできるんだよ」

そんな弱気だからギャンブルをやっても負けるんだ、というセリフは聞かなかったことにしておこう。

「俺はな、そういう気持ちがなければ駄目だと言っているんだよ」

 オレはいつも先輩のこの押しの強さに負けるんだよなぁ。

「判りました」

 フォローするからという言葉を聞きながらも、あまりあてにせず頑張ろう思った。

 幸うすい……。


 苦手なコンピューターへのアクセスが始まる。

 オレはどうもコンピューターバイザー越しに見える上下奥行きがハッキリとしないこの疑似空間が嫌いだ。同時に二つ以上の事象が起きるとすぐパニックってしまうのである。

「ほらほら、のんびりしていると他社が入ってくるぞ」

 先輩とウラヌさんはニヤニヤしながらモニター越しにこれを眺めてるのだろうなぁ。後ろでゴチャゴチャ言われるから余計に混乱してくる。

 でも、先輩が言うのも事実だった。今、オペレーターがどこかの会社の問い合わせに答えている最中だったりした。

 早くしないとせっかくの予約も無駄になってしまうし、ディが頑張ってシステムを構築してくれているのに、その努力が実を結ばない。

 焦りながらオレはタッチパネルを操作する。

 しかし、焦りはするんだけど、その割には全然作業は進んでいないし、さっぱり事態は進展してくれなかった。

 まったく、イライラするなぁ!

 ほとんどムキになってキーボードやタッチパネルを操作し、無駄なあがきとも思える事を続けていると、ある拍子に一気に事態はスムーズに動きだした。

 オレはなんとかK56回線を確保、借りることができた。

「やったじゃないか」

「やれば、できるんだよ」

 ホッとしていると二人に手荒な祝福を受けてしまう。

 その後ろでディは微笑んでくれていた。

 ディの笑顔を見ていてオレはふと、あの時関を切ったように上手くコンピューター入力できたのはディの手助けがあったからのような気がしてきた。

「あのさあディ」

「なんでしょう?」

「い、いや、いいや」

 なんとなく訊くのも悪いような気がした。それに、彼女の笑顔を見ていると、それもどうでもいいような事に思えてきた。

「ありがとう、ディ」

 オレは小声で呟いた。


「皆さん、素敵な方々ですね。」

 星明りの中で、ディは歌うように言う。

 延び延びになっていたディの歓迎会の帰り道、オレの前を陽気にステップを踏みながらディは歩いていく。

彼女も少し酔ったのかいつもよりも軽やかな感じがする。

「CIPメンテナンスは本当にいい所ですね、ダイチさん」

 まぁ、確かに悪人も犯罪者もうちにはいないよな、とディの言葉に頷きながらオレも酔った頭でぼんやり考えた。

 しかし、ディは手厚くもてなされたが、飲み会でオレは先輩とウラヌさんにオモチャ扱いされてしまっていた。

「でもディは毎日大変じゃないかなぁ」

「どうしてです?」

「事務だけじゃなくて経理から電話番まで、みんなやってくれているからさ、嫌になんないかなと思ってね」

 そう思っているなら手伝えって話になるけど、これがまたディがなんでも上手くやってしまうから、ついつい甘えてしまう。

「そんな事ありません。私は毎日が充実していて楽しいです」

「ならいいけどさ……ディがいなくなったら、どうなるんだろうなぁ」

 出向だし、そうなった時が恐いな。

 オレの言葉にディは意外そうな顔をして立ち止まる。

「私は、ダイチさんが私を必要としてくれるのなら、いつまでも、ダイチさんの元にいますよ」

 ディは胸の前で手をあわせいつもにもまして真剣に言う。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 彼女は素敵な笑顔で笑い、そしてステップを踏む。

「それに、私、今とても楽しいんです」

 ディは天使が翼を開くかのように両手を広げる。彼女のまわりで星々が更に輝きをましたようにオレには見えた。

「今、私の知らなかったことが少しずつ見えてきているのです。人も世界も広いのですね。ダイチさんやCIPの皆さんといると、この先に何が待っているのかなと思うと、すごく素敵ですね。そして、その時の私は、新しい世界でどんな私になっているのだろうって思うのです」

 そこは近くにある公園だったはずなのに、ライトアップされたステージになっていく。

 星屑のライトアップがさらにディを神秘的に見せ綺麗だ。

「出会はなんて素敵なのでしょうね」

 オレは彼女にみとれただ頷くことしかできない。

 出会いかぁ、この出会いがなんなのか判らないし、先の事なんてもっと判らないけど、今この時がすごく幸せなものに見えてくる。

こんな、幸うすいオレでも、なんとかなるかなぁ……。

「星が綺麗ですよ、ダイチさん」

 もはやオレには、ディは歩くのではなく、踊っているみたいしか観えなかった。

 彼女の広げる手の中で星が精霊のように舞う。

 魔法にかかった夜……。

それは、ディが見せてくれた星空のステージだった。



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