4.宴

 あの白狼の石像は村の大切な慰霊碑なのだ。

 かつて、ここに移り住む人は白狼の群れを連れていた。


 白狼はかけがえのない仲間だったという。


(……でも白狼は森の魔力に蝕まれてしまった)


 村の先祖は森の南端に定着できたが、白狼は増えることができず絶えてしまった。

 その慰霊碑が白狼の石像である。


 そして狼がいなくなった村は今でも白狼の村と名乗り、狼の子を自称している。


 獲物の一部を石像に捧げるのは、今も眠る狼への手向けなのだ。


「さぁ、エリーザちゃんにも感謝だ! 豪勢にやろう!」


「おおーっ!!」


 私は注目されることが苦手になったので、中央ではなく端のほうで。


 オーリもそのほうがいい。

 巨大な篝火が用意されて、他にも小動物の肉や魚、野菜が供される。


 アカシカの巨大な肉は丸焼きにされ、切り分けられていた。

 脂を塗って焼いた肉……そこには香草もたっぷりと仕込まれている。


 まずは頑張ってくれたオーリへ一切れ……。

 がばっとオーリが肉に噛みつく。


「ぴぃ!!」


 パプリカと肉を飲み込んだオーリが喜びの鳴き声を上げる。

 どうやら満足してくれているみたいだ。


「どれどれ……」


 で、私用に木の皿へ盛り付けられた、アカシカのステーキ。

 ナイフで斬るとじゅわっと肉汁があふれる。


 この手応えはロースだろうか。さらにレアのいい部分をくれたみたいだ。

 ソースは黒茶のデミグラスソースがたっぷりとかかっている。


 そのままワイルドにがぶっと……。


「んん、美味しいっ!」


 思ったよりも筋はなく、歯で嚙み切れるほど柔らかい。

 塩胡椒とにんにく、デミグラスソース。強烈な鹿の旨味が口の中で調和する。


 デミグラスソースも濃厚で、肉を引き立たせている。

 宵闇の森に住む獣は、はっきり言って美味しい。


 これも魔力の影響なのかな……?


「んふふっ……」


 噛むごとに幸せを味わいながら、思わず笑みを浮かべてしまう私。

 続いて付け合わせの焼きオニオンとほくほくジャガイモも……。


 こっちは薄めの塩胡椒だけ。素朴な野菜の良さが出ている。


「んー! 美味しいね」


「ぴぃ……!」


 オーリにも適宜切り分け、私もどんどん食べ進める。

 脂はこってり、野菜に馴染ませて口に放り込む。


「エリーザちゃん、パンはどうですか!?」


「あ、もらおうかな!」


「はいはい、失礼しますよ~」


 木の皿をいくつも持ったクララが隣に座る。

 その上には多種多様なパンとアカシカの肉が乗っていた。


 この村では小麦粉は貴重品だ。

 手先が器用なクララはパン作りを許されている。


 私はまだその資格を持っていない。

 窯から出したてのパンはほかほか、手ですっとちぎれる。


 パンをまず一口……香草と砂糖入りのパンは甘めに仕上がっている。


「お肉によく合うね。味がしっかりしてる」


「ありがとう、今回はちょっと肉に合えばなって思って……!」


 クララがちぎったパンを肉汁につけて食べる。

 ほうほう、マネしてみようかな。


 デミグラスソースにつけて、パンを食してみる。

 これもまたいい。肉のソースがパンにもしっかりと合う。 


「ぴっぴぃー!」


 オーリもパンを欲しがっているので、私はすっとパンを差し出す。

 もぎゅっとパンを噛みちぎったオーリが羽をはばたかせる。


「ぴーぴぃっ! ぴい!」


「オーリちゃんも喜んでくれてますね……!」


「ぴっ!」


 ご機嫌なオーリがクララの前に頭を差し出す。

 オーリは私以外に頭を撫でさせることはめったにない。


 よっぽどご機嫌なんだろうな。


「オーリちゃん、いいんですか?」


「……ぴぃ!」


「ではでは、はぁ……ふわふわですっ」


 クララが優しく、ふんわりと撫でた。

 オーリが気持ち良さそうに目を細めている。


 数十秒、撫でたクララがオーリから満足そうに手を引いた。


「ありがとうございます、満足しました!」


「ぴぃ……!」


 オーリがえっへんと胸を張る。

 その他にも色々な焼き野菜を私たちは食べて。


 かなり満腹、いい気分になってきた。

 キツめの赤ワインもちょっと飲んでしまう。


 んむ、いつもは飲まない私だけど今日は特別だ。


 クララもワインで顔を赤らめている。

 と、クララがすすっと私に身体を寄せる。


「ところで、さっき聞いたんですが……」


「うんうん、なぁに?」


「どうやら村の周囲で主(ヌシ)が出たみたいなんです」


 主とは魔力を長年浴びて、強大になった獣だ。

 身体の一部が黒色に変化しているので、魔力を感じ取れない一般人にも見分けがつく。


 主は宵闇の森の一部を縄張りとし、立ち入った人間に敵意を向ける。

 そして魔力の影響で非常に危険なのだという。


「……私は会ったことがないけれど、隣の村では大きな被害が出たんだっけ?」


「十年前、主が出た時は複数の村で討伐しましたね。それでも何人も亡くなっています……」


 宵闇の森の周囲にはいくつもの村がある。

 とはいえ、各村の距離は物凄ものすごく遠い。


 八年住んでいる私でさえ、他の村から人が来たのを見たことがない。

 クララは不安そうだ。


 ネガティブな彼女は色々と心配してしまうのだろう。


「見たのは北の渓谷だとか……エリーザちゃんも気を付けてくださいね!」


「わかった、ありがとう」


 主か……。確かに危険ではあるけれど、私なら安全に狩れるのではとも思う。

 森での狩りなしに村の生活は成り立たない。


 ……もしかして、お酒のせいで気が強くなっているのかな?


 こうして私はお腹いっぱいに食べて、お土産もたくさんもらったのだった。


 宴は続くが、オーリはもう眠そうだ。半分うつらうつらと頭が上下している。 

 なので私は木の籠にお土産を詰め込み、オーリを抱きかかえながら帰宅した。


 私の家は村の外れ、森と小川のそばにある。

 ちらちらと蛍が小川に群れ、小さな星が水の上に遊んでいるかのよう。


「ぴっ……ぴぃ……」


 オーリが私の胸に頭を擦りつけ、小さい声で鳴く。


「もうちょっとだからね、ベッドで寝よう」


「ぴっ……」


 私の腕の中でオーリがかすかに頷く。

 煙突付きで赤茶色のレンガ造り。それが我が家だ。


 一階建てだけど、中は意外と広い。


「ただいまーっと」


 ここに住んでいるのは私とオーリだけ。

 でもなぜだか言ってしまう。


「よいしょっと」


 オーリを寝かせ、私も寝支度を整える。

 ふかふかの布団とベッド。オーリが布団に身体を埋める。


「ぴー……」


「私も寝るよ、オーリ」


 もにゅもにゅとオーリがくちばしを動かす。


 多分、おやすみと言っている。


 窓から見える星空がきらめくほどに美しい。

 蛍がたまに窓の向こうで戯れている。


 だから私は夏の夜が好きなのだ。


「おやすみ、オーリ」


 ぽんぽんとオーリを撫で、満腹感を味わいながら目を閉じる。

 これが私の日常――森に生きる私の一日だった。

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呪われたモフモフと追放聖女のもぐもぐ辺境暮らし りょうと かえ @ryougae

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