はじまりのはなし
ねずみさんは走りました。息をきらしながらも、足が止まることはありません。
「ねこさん、ねこさん」
ねずみさんは、ねずみさんのおさに言われました。
このごちそうを持って、ねこさんに謝ってほしいと。
もちろん、ねずみさんには、何のことだかわかりません。
首をかしげるねずみさんは、とてもとても、かなしいことを聞かされました。
おさは……嘘をついたのです。
ねこさんが、競走に参加しないように、日にちをわざと間違えて伝えたのです。
ねずみさんは走りました。暗い夜道を。小さな体をけんめいに、前に進めます。
どうして、どうして。
ねこさんに、直接。伝えてあげなかったのか。
おさの言葉を信じて、ねこさんはきっと、かみさまの元に行くと疑わなかった。
元日の朝。ねこさんに、会いに行っていれば。
収まることのない後悔だけが、ねずみさんの、足を進めます。
愚かでマヌケなねずみさん。自分で自分をけなします。
やり直したい。新年の朝を、1度だけ。
そうしたらきっと、ねこさんも、みんなと一緒に、かみさまの元に行けたのに。
ねこさんの寝床に、ねこさんはいませんでした。
今度は鬼岩の近くの洞窟に向かいました。
かなしいことがあると、ねこさんはここにくるのだと、教えてくれました。
静かで1匹になりたいときは、ちょうどいい場所だと。
ねこさんはいました。1匹で泣いていました。
傷つけてしまった。
ねずみさんは……おさから言われた謝罪の言葉を、全て忘れてしまいました。
綺麗な言葉で謝っても、ねこさんの、心は癒えません。
「ねこさん」
ねずみさんの声は震えています。
「ねずみさん」
ねこさんは涙を拭きました。目が赤いです。
ねこさんは……笑いました。
「ねずみさん!聞いたよ。始まりの年になったんだってね。おめでとう!!ねずみさんは賢いから、ねずみさんの年はきっと、みんなが安心して暮らせるようになるさ」
ねこさんは祝福してくれました。心から。笑顔で。
「こんな物しかお祝いにあげられないけど」
ねこさんは、首から下げていたビー玉を、ねずみさんに渡します。
それはねこさんが、宝物だと言っていた物。
きらきらと光っていて、石ではない綺麗な物。
ねこさんはお守りのように、いつも首から下げていました。
そんな大切な物をくれるねこさんに、ねずみさんは涙を流します。
知らなかったとはいえ、ねこさんに、ひどいことをしたのは事実。
責められ、怒られることはあっても、祝福されるなんて。
ねこさんのやさしさに、ねずみさんは、謝ります。
いっぱい謝ります。
ごめんなさい。ごめんなさい。
何度も繰り返します。
決して許さないことをした。どうか許さないで。
ねずみさんの、悲痛なさけび。
そうか。ねずみさん、君は……。
ねこさんは、察しました。
ねずみさんは、嘘に関わっていないと。
その上で、こんなにも謝ってくれている。
どうして?
ねずみさんは何も悪くないのに。
「ねずみさん。もう謝らないで」
ねこさんは、言いました。
「怒ってないから、だから。泣かないで」
ねこさんの手が、ねずみさんの涙を拭います。
「ねこさん。本当にごめんね。どうか、これを受け取っておくれ」
ねずみさんは、かみさまに貰った光る石をねこさんに、渡します。
それは、十二支のみに与えられる特別な石。
「十二支をゆずってあげられないけど、始まりの年を、ねこさんの年にしたいんだ」
「何を言っているんだい、ねずみさん!?」
十二支の中でも特別なねずみさん。
かみさまに、1番近くて新しい年を彩る最初の動物。
始まりの年とは、そういうことなのです。
「かみさまはね、言ったんだ。干支の数え方を、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥だと」
ねずみさんは、続けます。
「この“ね”は、ねこさんの、“ね”なんだよ!!」
ねずみさんは、考えました。
もしも、ねこさんが、競走に参加していたら。
十二支の動物は代わっていたと。
外れる動物は自分だったかもしれないと。
「いけない。始まりの年は、ねずみさんの、年なんだから」
ねずみさんは、大きく首を横に振ります。
「始まりの年は、ねこさんの、年だ!」
普段は見せない強気な態度に、ねこさんは、たじろぐばかり。
「12年に1度。ねずみ年がやってくる。2匹で順番に、その年の動物になろう」
「そ、そんなこと。できるわけ……」
「大丈夫さ!だって“子”はねずみの“ね”であり、ねこの“ね”なんだから」
ねずみとねこ。
おなじ“ね”をもつ、どうぶつ。
2匹はこっそりと、始まりの年と呼ばれる、12年に1度のねずみ年を、いれかわっていました。
それは、ひみつ。2匹だけの。
もしかしたら、ねずみ年にうまれた、あなたの年は、ねずみではなくて、ねこかもしれません。
ねずみに騙されたねこも、ねずみがズルをしたせいで2番目になったうしもいません。
ノロマとバカにされるうしに、負けたからといって、とらは怒ってかみ付くこともないでしょう。
さるといぬは、大の仲良しなのです。
これは、隠されたもう一つの十二支物語。
もしかしたら、世界のどこかで、このお話が受け継がれているかもしれません。
これにて、“ね”の物語、おしまい。
“ね”の物語 あいみ @aisima
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