第4話 邪神の力

「いたか?」

「いえ……」


 シュラーデ王国王都の裏路地にて、甲冑に身を包んだ騎士たちが会話している。

 単なる鎮圧用装備ではなく、騎士は前線にでも出るのかという、実戦用のフル装備だった。


「邪教の使徒、つっても、見た目は人間なんだろう?」

「この王都で人間一人を見つけ出せって、無茶な話ですよねえ」

「本当に邪神の信奉者なら、腕が四本あったり角が生えていたりしてほしいものだ」


 どうやら二人の騎士は、誰かを探しているらしい。

 しかし王都は広く、路地は複雑に絡まっている。

 貧困層が住みかとしているこの地区など、そこらに寒さをしのぐための掘立小屋が乱立しており、公的機関はおろか住んでいる者たちですら地形を把握できていない。


「ひとまず、別の地区も探すとしよう」

「ですね。ここらにいたとしても、俺たちじゃお手上げだ」


 そんな会話をして、騎士たちがその場を立ち去った後。

 俺はふうと息を吐いて、路地裏のゴミ箱から顔を出した。


「ったく、ヌルい連中だな。人探しは地面に顔こすりつけてでもやれよ」


 よっこいしょ、とゴミ箱から出て、服の汚れを払う。

 そんな様子を、ぷかぷかと浮かびながら、邪神ヴォイドは半眼になって見てきていた。


『裏路地での潜伏に慣れてる姿なんて見たくなかったわ』

「何事も経験なんだよ」


 さて、これからどうするか……と考える暇もなく。

 俺はその場で壁に張り付き、顔を動かすことなく、視線だけで路地の奥を確認した。

 先ほど立ち去って行ったのとは別の、下位騎士らしき影が三つ。


『あら、いなくなったと思ったらすぐに来たわね』

「網に隙間ができないよう、小隊単位でカバーし合ってるんだよ」


 教会の騎士たちの行動パターンは、ある程度把握している。

 特に下位の騎士ともなれば、単独行動を極端に嫌う傾向にあるしな。


『へぇ……さすがにやることはやってるのねぇ』

「のんきに感心してる場合か。捕まったら俺、どうなるかわかんないんだぞ? よくて火あぶり、悪ければ……どうなるんだ?」

『解剖されるとかじゃないの?』

「聞きたくなかった……」


 俺の悲嘆を聞いて、ヴォイドがくすくす笑う。

 なんで笑ってんの?


「何が面白いんだよ……邪神ってやっぱり、人間が困ってるのを見るのが好きなのか?」

『ううん、違うわよ。君がこんな風に困ってるのが面白くって』


 何が違うの??


『だって君ならこれぐらい……っと、来るわね』


 ヴォイドのいう通り、騎士たちの足音が近づいてきていた。

 こちらにはまだ気づいていないようだ。


 しかし、馬鹿正直に正面から突っ込めば、乱戦は必至だ。

 この狭い裏路地では、どんな間違いがあっても不思議じゃない。

 加減できずに相手を殺してしまったりしたら、寝覚めが悪くなる。


 一瞬で片づけたいところなんだが、角度が悪いな。

 つーかさっきも思ったけど、下位とはいえみんなフル装備なのかよ。

 鎮圧用装備ですらないって、どんだけ邪神が怖いんだ。


 なんとかして背後を取りたいんだが、どうしたものか。

 悩んでいると、そっとヴォイドが唇を耳元に寄せてくる。ちょ近い近い! やめろ恥ずかしいだろ!


『それなら、今度は君が、私の力を使ってみて』


 途端に、俺の視界から色が失われた。

 すべてが白黒の濃淡のみで構成された世界に放り投げられたわけだが、異変はそれだけではない。


「……っ!?」


 視線の先では、騎士たちの動きが、まるで水中でもがいているかのように、ゆっくりとしたものになった。


『身体能力と動体視力の底上げ……そうね、『ヴォイド・ブースト』とでも呼ぶべきかしら?』


 すげえ、これなら一瞬だ。

 俺は地面を蹴って走り出す。騎士の一人と視線が合う。彼が腕を上げようとする、が、それすら遅い。


 間合いを詰めて、甲冑ごと騎士を蹴り飛ばす。

 衝撃で鎧がきしみを上げ、一瞬で意識を刈り取る。


 残り二人も、慌てて剣を抜こうとしていた。遅い遅すぎる。

 俺は二人の顔面をつかむと、勢いよく地面にたたきつけた。

 脳天を揺らし、何の行動もさせないまま、完全に昏倒させる。


『わーお、楽勝だったわね』

「お前の力のおかげでな」


 瞬きすると、世界が元に戻った。

 腕で汗をぬぐった後、気絶した騎士たちを路地裏のゴミ箱の中に叩き込む。

 これでしばらくは、この地区を自由に動き回れるはずだ。


『もしかして、戦いの訓練をもう受けていたの?』

「訓練? 受けてないぞ」


 俺の返事を聞いても、邪神は納得した様子を見せない。

 頬を膨らませて、むーっとしていた。


『ヤイチはうそつきね。素人の動きじゃないのぐらい、見たら分かるわよ』

「……訓練は受けたことないぞ、本当に」

『でも、素人じゃないでしょう? そんなに隠したいの?』


 あーこれ言わないと許してもらえない感じか?

 邪神様は俺の首にまとわりつき、もはやマフラーみたいになっている。

 正直に話さないとずっとこれをされるんだろう。


 わかったわかった、と俺は両手を上げた。

 降参のポーズである。


『あら、話してくれる気になったの?』

「話す、話すよ……その、恥ずかしながら、裏ギルドのパシリを一時期やってたんだ」


 その時、空気が変わった。

 ヴォイドの顔から、笑みが消えた。

 彼女は俺の正面にすっと降り立ち、その赤い両眼でこちらをにらむ。


『何をしてたの?』

「え、いや、別に大したことは……」

『体に何かされたり……危ない武器を使わなきゃいけなかったりしないわよね?』


 な、なんだ?

 聖堂に出てきた時よりも、今のヴォイドの方が怖い。目とか声とかが本当に怖い。マジでおしっこ漏らしそう。


 ……あと、めちゃくちゃ怖いのとは別に。

 なんか、今の方が、必死に見える。


「お前本当にどうしたんだよ、大丈夫か?」

『いいから、質問に答えてちょうだい』

「えーと……どっちかっていうと、ごはん食べさせてくれたり、装備を融通してくれたり、助けられたよ。体に何かされたとか、別にないし、武器もなるべくいいものを使わせてくれてたかな」


 仕事内容は、とてもじゃないが、胸を張って語れるものでない。

 俺にできることはこういうことなんだと、そういう程度の人間なんだと、仕事を終えるたびに思った。

 自分を支えているものなんてなくて、ただ心が乱暴に削られていくだけの日々だった。


 それでも、裏ギルドのみんなは、嫌いじゃなかった。

 生きていくために仕事を用意してくれたこと、そして温かく迎え入れてくれたことには、本当に感謝してるんだ。


 ……それだけに、抜けるときの罪悪感はすごかったけど。

 あとこれを達成できたら抜けられるっていう最後の任務、本当に抜けさせる気がなさすぎてやばかった。

 達成したからにはさすがに認めてくれたけどさ。


『……そう、それなら、よかったわ』


 裏ギルドに入ってたことはよくないんだけどな。

 結局俺の経歴って、教会の人は知ってたのかな? 知らなかったなら、働けたはずなんだけどなあ。



 ■■■



 ヤイチがそうして逃走劇を繰り広げているころ。


 大聖堂の執務室には、聖女候補シンシィと、彼の上司であり邪神顕現の場にも居合わせていた司教、ランターラ司教の姿があった。


「ふむ、どうやら彼の捜索はあまり順調ではないようです」


 窓の外に光る松明を見ながら、ランターラは嘆息する。


「さすがに、裏ギルドに所属していただけある。だからこそ、彼を我らの方に引き入れることができればよかったのですが……」

「あの報告書、信じているのですか?」


 シンシィは眉根を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。

 司教の机の上には、とある書類が置かれていた。

 それは騎士団の中でも隠密行動を担当する部隊から届いた報告書であり、その紙面にはこう書かれている。


『ヤイチ・アッシズ……裏ギルド所属経歴あり。裏ギルド唯一の契約履行完了による離脱者』


 ここまではいい。

 シンシィも、王都に来たばかりの彼が、食いぶちを稼ぐために裏ギルドのつかいっぱしりをしているとは本人から聞いていた。


 それを聞いたからこそ、放っておけなかったのだ。

 結果として、ヤイチは裏ギルドを無事に抜けることができた。それからは一般人として過ごし、聖印の儀に参加するまでこぎつけた。


 だが報告書には続きがある。

 ゆえに、追跡に駆り出された騎士たちはフル装備を許可されているのだ。


「……っ、自分も彼の追跡に参加してきます」


 返事を待つことなく、シンシィは足早に部屋を出て行った。

 嘆息してから、司教ランターラは報告書の続きの文言に目を落とす。



『王都における未解決暗殺事件の多数に関与している可能性あり。裏ギルドにおいては、裏切り者や離脱者の抹消役を担っていたと思われる。脅威度大、要警戒対象に認定することを提案』



「……本当に、惜しい人材だったのですがね」

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