第5話 路地裏の騎士
俺は俺にしか見えない邪神を引き連れて、こっそりと王都の裏路地を進んでいた。
こちらを捜索中の騎士たちは、先ほど一小隊をダウンさせたのもあってか、先ほどより慎重になっているらしい。
それに乗じて、ちょっとペースを上げて包囲網を無理やり突破している形だ。
『せっかく久々に目覚めたのに、デートもできないなんて残念だわ』
「路地裏デートがお気に召さないなら、次はちゃんと考えておくよ」
『でもヤイチのデートプランってゴミなのよね』
「ちょっと待て言いすぎだろ」
急にありえない悪口が飛んできて気絶しそうになった。
こいつ、俺の何を知ってるっていうんだよ。邪神にそこを悪く言われる筋合いはなさすぎる。
「大体路地裏も悪くないだろ。ほら、壁とか独特だし」
『落書きと手配書みたいなのしか見当たらないわよ』
貧困層が暇つぶしにやってる落書きと、騎士たちが申し訳程度に貼ってる手配書である。
すぐそばにも、一枚の手配書が壁にかろうじてくっついていた。
『これは、『混沌の巫女』……大聖堂に対する度重なる爆破予告並びに爆発物の送付? ねえちょっと本物のテロリストがいるじゃない!?』
「てろりすとっていうのが何かは知らんが、そいつは俺でも聞いたことがある超大物だよ」
教会によって支配されている現体制の破壊を目的としている、謎の存在である。
見た目は小柄な少女らしく、その言動や、破壊行為の激しさから、『混沌の巫女』という名前を与えられているらしい。
『でもこういう手配書って、顔写真が載ってたりはしないのかしら』
「顔写真って、視界転写器を使うってことか? 超高級品だから、さすがに無理だろ」
『ふーん……それぐらいの文明レベルなのね……テロリストは伝わらないけどデートは分かってるし、再構築で全部をまっさらにしたわけじゃないのかしら……』
何やらぶつぶつと考え込んでいる邪神様。
思考に没頭しているからか、浮かびながらくるくると回っている。あっちょっとスカートの中身が見え……見え……いや別に気にならないが?
『ヤイチ』
「ん、このまま直進すると、外縁部地区に着くぞ」
『そういうの、女の子は分かってるのよ』
「何の話ですか? 俺はまじめな話をしてるんで。今後どうしていくのかって常に考えてないとだめじゃないですか。そういうのを考えられない人ってどうかと思います」
『君ってごまかすときに、早口かつ敬語で中身のないことを話すわよね……』
クソっ! なんか知らんけど完璧に把握されている!
『まあいいわよ、ヤイチ相手だし。それで、外縁部にたどり着いたら、後はどうするの?』
「ウス。まあ王都を脱出する場合、経路は限られるんだよな……狙い目なのは集団での移動だ、例えば行商人の貨物に紛れるとかかな」
王国の中枢部なだけあって、警備は手厚い。
しかし、同様に人の行き来が多いんだよな。
そこにうまく潜り込むことができれば、楽に逃げ出せるだろう。
『随分と詳しいのね』
「使ったことはないけどな」
使おうとするやつは何人も見てきた。
そのせいで、俺まで逃げ方を覚えてしまっている。今回ばかりは感謝だな。
なんにせよ、この調子なら本命のヤバい連中――ドミニウスの加護をフル活用してくる化け物どもが出てくる前に、うまく王都から抜け出せるかもしれない。
そんな期待もあって、多少足早に移動をしていると……。
「ちょっと待ったぁっ! そこまでだ、邪教の使徒め!」
進んでいた裏路地に、突然一人の騎士が上から降ってきた。
……上から降ってきた!?
「なんだお前!? どういう経路で捜索してんの!?」
「ふふふっ、俺は小隊に入れてもらえな……じゃなくて、単独行動を命じられた特殊な身分だからな! 暗くて怖かったし恐る恐る歩いてたら行き止まりしかないし、階段を上がったら下り先もないし……じゃなくて、地の利を生かしてお前を見つけたというわけさ!!」
『かわいそうな言葉しか聞こえてこないわね』
よく見ると、降ってきた騎士はなんかあちこちボロボロになってたし、半泣きだった。慣れない場所の巡回で苦労したんだろう。
だがそれとは別に、甲冑はあちこちがへこんでいたり、傷が遺っていたりする、かなり使い込んだ様子のものだった。
「騎士にあるまじきボロい鎧だな……」
「これは倹約の成果だ! おかげで貯金が目に見えて増えていく! 楽しくて仕方ない!」
これが騎士の言葉なのか?
「それよりも聞くがいい、ドミニウス様の威光に背きし愚か者! 我が名はルークス・ライトリュミエール! 誇り高き教会騎士の一員にして、秩序と平和を守りし巨大な剣だ!」
口上をブチ上げた後に、ルークスという騎士はその剣を引き抜いた。
「覚悟するがいい、邪教の使徒よ! 貴様の仇敵が刃を抜いているぞ!」
「お、おお、実況ありがとう」
本当に刃を抜いた時に言うのかなそれ。
もっと情緒のある使い方がいいんじゃない?
「……ていうかお前のことは知ってるよ。『守銭奴のボロ鎧』だろ」
「おおおおい! その名前をなんで知ってるんだ!」
ルークスは剣を取り落としかけながら絶叫した。
「だってお前、結構有名だもん」
「ほ、ほお? 邪教を信奉する異端者にも、我が名が知れ渡っているとはな」
「この間も、裏ギルドの連中にいいように遊ばれてたらしいじゃん。逃走中にお前とかち合うと楽勝で逃げられてラッキーって評判だぞ」
俺の指摘に、守銭奴騎士はあっという間に顔を真っ赤にした。
「あ……あれはたまたまだ! 俺はまだ、裏ギルドの化け物共と戦えるほどじゃない! ああいうのは上位騎士の担当なのに、偶然かち合っちゃったんだ!」
「下位騎士の言いそうなことだな」
『騎士にもランクがあるのかしら?』
ヴォイドの問いに、俺はうなずく。
「下位騎士は、授かった力を素直に育てていく段階にある。加えて、騎士団剣術もまだ習ってる途中だ……下位の特徴は、素直に腕力を押し付けてくる戦い方が多いって感じだな」
下位とはいえ、聖印を通してドミニウスの力を行使できる存在であることに変わりはない。
つまり、人間の首ぐらいなら素手で引きちぎれる。
でもその程度じゃ、所詮は下位なのだ。
「俺が知ってる裏ギルドのヤバい連中は、中位騎士ぐらいなら普通にあしらえるよ。でも上位騎士だけは話が別で、自殺したいわけじゃないなら、出会った瞬間に逃げろって教えられてた」
『上位というのはつまり、ドミニウスの力をより引き出せる存在ということね』
「その通り。上位騎士は化け物しかないんだよな。生きて帰るので精いっぱいだ」
『……その口ぶり、戦ったことがあるのかしら』
邪神様の探るような言葉に対して、肩をすくめて返す。
忌々しい金髪碧眼、巨大な盾と絶対的な防御力。
思い返すだけで震えあがりそうだ。
「……で、そんな下位騎士のルークス君は大丈夫なのか? 俺を一人で取り押さえる自信があると?」
「と、当然だ! だって君、見るからに弱そうじゃないか!」
「…………」
『……ふ、ふふ、あはは! あはははははははっ! 確かに! 確かにヤイチの見た目って陰気で猫背で目つき悪いものね! でもこんな正面きって……くふふっ!』
俺は無言で渋い顔になった。
後ろではヴォイドが腹を抱えて爆笑している。
この騎士、両足をかた結びにして川に捨てようかな。
『あー、笑った笑った。でも騎士は騎士だし、私の力が必要なら……』
「いや正直大丈夫」
俺は一つ息を吐いて、周囲に視線を巡らせた。
「下位騎士相手ならやることは一つだ」
常人離れした膂力は脅威だ。
しかしながら、剣術に長けてるわけではなく、あと、見るからに実戦慣れもしていない。
加えて先ほどの発言からして、この王都の路地裏に慣れているわけでもなさそうだ。
こういう手合いにやるべきことは一つだけ。
俺は即座に背を向けると、地面を蹴って猛ダッシュした。
「こんなのに付き合って時間を浪費してられるか!! 逃げるの一手なんだよぉっ!!」
「な……ひ、卑怯者!」
邪教っていうぐらいだし、これぐらい当然だよな?
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