#3
中庭に出る回数が増えた。
当番ではない日も、彼は水を撒いた。
「またですか」
同僚が訝しげに言った。
「汚れが気になって」
「そんなに汚れてませんよ」
「そうですか」
彼はホースを握り続けた。
水が流れる。
壁が揺れる。
庭が見える。
木が大きくなっている。
以前より、はっきりと見える。
土の色。枝の形。葉の数まで。
そして、人影。
誰かがいた。
老人だった。
腰が曲がり、ゆっくりとした動きで、水をやっている。
その老人は、こちらを向いた。
顔が見えた。
彼は、息を呑んだ。
その顔は
「アオキさん!」
誰かが肩を掴んだ。
視界が戻る。
コンクリートの壁。
水は30分以上流れ続けていた。
排水溝が溢れている。
「大丈夫ですか」
同僚の声。
「……すみません」
「最近、様子がおかしいですよ」
「そうですか」
彼は蛇口を閉めた。
手が震えていた。
*
その日の夜、彼は病院の予約を早めた。
端末が拒否する。
予定の変更は許可されていません。
彼は何度も試みた。
できなかった。
ならば、と彼は直接病院に向かった。
受付で名前を告げる。
「予約は来週ですが」
「今日、診てもらいたい」
受付の女性は端末を操作し、困惑した表情を浮かべた。
「……少々お待ちください」
10分後、診察室に通された。
同じ医師。
「どうしました」
「質問があります」
医師は黙って彼を見た。
「私は、ここに来る前、どこにいましたか」
「それは記録にあります」
「どこですか」
「以前の住所は…」
「違います」
彼の声が大きくなった。
「私は、本当にケンジ・アオキですか」
沈黙。
医師は端末を閉じた。
「それは、あなた自身が一番よく知っているはずです」
「知りません」
「では、あなたは誰なのですか」
彼は答えられなかった。
「……分かりません」
医師はしばらく考えた後立ち上がった。
「安定剤を打ちましょう。少しあなたは少し精神が高ぶって、軽度の混乱状況にあります。」
医者はそう言うと、裏へ姿を消した。しばらくして小さな注射器を無機質な銀トレーに乗せた看護師が現れた。
看護師の柔らかい手が腕に触れる。消毒をされた後、小さな痛みが走って注射は終わった。
医師最後まで姿を現さなかった。
診察は終わった。
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