第23話
迎賓館の夜は、ひどく静かだった。
窓の外では潮の香りを含んだ風が吹き、波の音が低く続いている。
キョウはベッドの端に腰を下ろし、
自分が語った“異世界から来た”という秘密を反芻していた。
どこか遠くを見るような目をしていた。
セレナは、その横顔をずっと見ていた。
沈黙は長かった。けれど、不快ではない。
ようやくセレナが口を開いた。
「……ねえ、キョウ。
ひとつ、聞いてもいい?」
キョウは顔を上げる。
セレナは少しだけ微笑んだ。
けれど目の奥は、強い光を宿していた。
「あなた、本当は……ずっと一人だったんでしょう?」
キョウは息を呑む。
「この世界の人間は誰も、
あなたが抱えてる怒りも、
背負ってきた孤独も、
本当の意味では理解できなかった。
“異世界から来た男”なんて……
誰にも信じてもらえない話だから」
セレナは近づいてきた。
距離があと一歩で触れる。
「キョウ、あなたは強い。
だけど……強いふりをしてただけよね?」
胸の奥に、ずっと押し込めてきた痛みが、
その一言でじわりと滲み出した。
キョウは小さく頷いた。
セレナはそっと手を伸ばし、
その頬に触れる。
「私ね……
“異世界から来た人”って聞いて、怖くなると思ってたの」
「怖い?」
「だって、世界の理から外れてる存在よ。
常識も、価値観も、生まれた場所も違う。
本来なら……私たちとは交わらないはずの人」
少し声が震えた。
「だけどね……
あなたが、あなたを殺した女のことを話した時……
一番最初に浮かんだのは“怖さ”じゃなくて——」
セレナは言葉を探し、
ほんのわずか笑った。
「“守りたい”だったの」
キョウは目を見開く。
セレナは続ける。
「あなたをこの世界に連れてきた力が何かは分からない。
でも、私は気づいてしまったの。
あなたは——
この世界を変えるために来た人 だって」
その言葉が、胸の奥の空洞に落ちていき、
静かに、でも確かに広がる。
セレナはキョウの手を握る。
強く、そして優しく。
「キョウ。
あなたはもう一人じゃない。
この先、世界が敵になっても……」
そして、肩を震わせながら告げた。
「私はあなたの隣にいる。
あなたの未来は、私も一緒に背負う。
“ただの仲間”じゃなくて……
本当の意味で、あなたの隣に立つ人間として」
その言葉は、
刃より重く、
抱擁より温かかった。
キョウはセレナを抱き寄せた。
「……ありがとう、セレナ。
本当に……ありがとな」
彼女も腕を回し、
しっかりと抱き返す。
震えも涙も隠さず、
心をそのまま預けるように。
やがて唇が触れた。
慰めではなく、欲でもなく、
“これからを共にする”という誓いのような口づけだった。
キョウは囁く。
「俺……
お前と一緒に、生きていきたい」
セレナの目が揺れ、
深い光を宿す。
「なら……抱いて。
あなたがこの世界の孤独を背負ってきた分、
私があなたを受け止める」
その声は震えていて、
けれど誰より強い意志に満ちていた。
二人の距離はゆっくりと、
けれど戻れないほど確かに近づいていき——
蝋燭の灯が揺れ、
影が重なり、
心と心が完全に触れ合う。
その夜、二人は“生き延びるために”ではなく、
“未来を選ぶために”結ばれた。
世界が敵でも構わない。
この瞬間から、二人は運命を共有する者になった。
朝日が迎賓館の窓を淡く染めていた。
波の音は昨夜より穏やかで、まだ湿った海風が部屋に流れ込む。
キョウはゆっくり目を覚ました。
隣にはセレナが静かに座り、外の景色を眺めていた。
気配に気づいた彼女は振り返り、
小さく微笑んだ。
「おはよう、キョウ」
その微笑みには、
昨夜まで感じていた迷いも、罪悪感も、悲しみもなく——
ただ、覚悟だけが宿っていた。
キョウも応える。
「おはよう、セレナ」
ほんの短い言葉なのに、
互いの胸に温度が満ちていくのを感じた。
セレナは立ち上がり、キョウの手を取った。
「行きましょう。
アリアに、私たちの想いを伝えないと」
「……応援を頼むつもりか?」
「ええ。
でも“助けてください”じゃない。
“共に立ちたい”と申し出るの」
セレナのその表情は、
かつてヴァルティアの長官だった頃以上に強かった。
キョウはその手を握り返した。
「俺も……同じ気持ちだ。
こんな世界があるのなら、負けっぱなしで終われない」
二人は並んで部屋を出た。
政庁の階段を上る途中、
島の人々の穏やかな朝の営みが目に入る。
男が市場の店を仕切り、
女が武具の整備をし、
少年と少女が共に剣を振っている。
セレナはつぶやいた。
「……キョウ。
この景色、あなたが創ろうとしていた世界そのものよ」
「……ああ。
だからこそ、諦めたくない」
二人の足取りは迷いがなかった。
政庁の広い廊下を進むと、
アリアが文官たちと話しているところだった。
二人を見ると、驚きよりも、
昨夜の話を踏まえた上での“覚悟を試す表情”を向けてきた。
「……もう決めたのですね?」
キョウは一歩前に出た。
「アリアさん。
俺たちは帝国に敗れました。
仲間もバラバラになった。
だけど——まだ終わっていない」
胸の奥から自然と熱があふれ出した。
「ヴァルティアを取り戻したい。
いや……新しい世界を作りたい。
あなたたち〈シリウス〉のように、
男女が共に生きられる国を」
セレナも続く。
「そのために、この島の力を貸してほしい。
私たちも、できる限りのことをする。
この国に迷惑はかけません。
けれど……どうか、あなたたちの知恵と力を、少しでいい。
私たちに、未来を繋ぐ手立てをください」
アリアはしばらく二人を見つめていた。
その眼差しは厳しくも温かい。
やがて静かに息を吐き、言った。
「……昨夜のあなたたちの話、ずっと考えていました。
かつてこの島を建てた“異世界の男”。
そして今、あなたたち」
ゆっくりと歩み寄り、目の前で立ち止まる。
「〈シリウス〉は理想を掲げて独立した国。
その理想の炎を燃やす者を拒む理由はありません」
セレナの指先が震えた。
アリアは微笑んだ。
「キョウ、セレナ。
あなたたちの再起——
この島は正式に支援しましょう」
キョウは息を呑んだ。
セレナはほんの一瞬だけ目を閉じた。
アリアは続ける。
「ただし条件があります。
あなたたちが掲げる“男女平等の理想”を、
言葉だけでなく行動で示すこと。
そして……決して、理想を諦めないこと」
キョウは深く頭を下げた。
「必ず。
俺たちが作る世界を、あなたに誓います」
セレナも同じように頭を垂れた。
アリアの表情が柔らかくなる。
「さあ。新たなはじまりです。
あなたたちの戦いは終わっていない。
ここからが本当の反撃ですよ」
セレナがキョウの手を強く握る。
キョウも握り返した。
——二人の目には、もう迷いはなかった。
この日、
キョウとセレナの“第二の戦い”が始まった。
島国シリウスの支援を背に、
二人は再び世界を変える道へ歩み出した。
パワハラ上司に殺された中年サラリーマンは異世界で国をつくる 越後⭐︎ドラゴン @echigo03
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