第5話 大団円

 聴取が続いていくと、

「実は、あの時、佐藤さんから、すぐに来てくれるように連絡があったんです」

 と、向田氏は答えた。

 それも、相変わらずの抑揚のない言い方で、本来であれば、

「事件に重大な展開を見せるかもしれない」

 ということを話しているという自覚もないようだ。

 へたをすれば、

「こいつは、この時とばかりに、今の子のタイミングで言い出したのかもしれないな」

 とも思えるくらいだ。

 そういう意味では、

「このタイミングは、実に考えられているものだ」

 といってもいいかもしれない。

 それを思えば、

「警察を愚弄しているのかもしれない」

 と感じ、警察官も、一瞬感情的になりかかったが、もしそれが、

「犯人による作戦だった」

 ということであれば、どうだろう?

 捜査員も冷静になった。

 そこで、

「その呼び出しというのは、殺された本人である佐藤氏に間違いなかったんですか?」

 と聞くと、

「ええ、私は今でもそうだったと思っています」

 と一言言って、それ以上、余計なことを口にしようとはしなかった。

「下手なことをいって、ボロが出るのを恐れている」

 ということなのか、それとも、

「あくまでも、冷静沈着を装う」

 ということが、彼にとって、何か必要なことなのか?

 ということを考えさせられるということであったのだ。

 今回の事件において、

「何か計画されたものが潜んでいるかどうか?」

 というのは、正直その段階では、分からなかったのだった。

「俺たちにとって、今回の事件は、何かに操られているように思えるんだよな」

 と考える捜査員もいて、皆が、心のどこかで思っていることに違いないのに、皆が皆。

「そんなことは、俺一人の胸にしまっておこう」

 ということで、

「誰も同じことを考えていない」

 と思っている二違いない。

 警察が、事件の

「第二段階」

 に入った時、容疑者として名前が挙がった中に、やっと、

「遠藤氏」

 の名前が入ってきた。

 しかし、彼が事件の中心に上がってくるということは、その時にはなかった。

 ただ、事件の

「最重要参考人」

 と目されていた向田氏は、いったん、捜査線上から消えることになった。

 というのは、

「彼にはアリバイがあった」

 ということで、

「電話を受けたその時、編集部にいて、電話を掛けた本人が、その時までは生きていて、死んだ時には、部屋までくることは無理だった」

 ということを、証明されたのだった。

 それほど、今の鑑識は、死亡推定時刻の割り出しが正確だということが言えるのだろう。

 そうなると、今度は、

「遠藤氏にその容疑が向けられた」

 というのは、

「今回の容疑者として浮かんだのは、遠藤氏と向田氏しかいない」

 ということだったからだ。

 そもそも、被害者である佐藤氏には知人や友人というのはいなかった。

 しかも、調べれば調べるほど、

「彼には、女の影はない」

 ということであった。

「じゃあ、男の欲望はどう処理しているんだ?」

 ということになるが、彼は

「風俗で、その欲求を満たしていた」

 ということであった。

 彼は、

「それでいい」

 と思っていた。

 そもそも、性的欲求の強い方ではないと自分で思っていたようで、ただし、

「時々定期的に、無性に女が欲しい時がある」

 というものだったのだ。

 それさえ解消できれば、却って女がまわりにいる方が煩わしいと思っていた節があるということであった。

 そんな性格を、

「変わり者」

 というのであろう。

 実際に本人も、

「変わり者で結構」

 と思っていた。

 かつての富豪の家系ということであったが、今では、そんな財産も半分は食いつくしていた。

「どうせ、俺の代で終わりなんだから、残す必要なんかないさ」

 と思っている。

「俺は、一匹オオカミだ」

 と思っているが、その思いは、昔からあったわけではない。

 どちらかというと、子供の頃は、

「寂しがり屋」

 というところもあり、それを、遠藤氏が補ってきたということであった。

 それが、

「家老としての血」

 というものからきているのか分からない。

 ただ、

「佐藤は一人っ子で寂しがり屋だ」

 ということと、

「俺には妹がいるから、やつほど寂しくはないかな?」

 という思いがあった。

「俺にとって、妹はかけがえのないもの」

 ということであるが、佐藤にはそれがないということは、ある意味気の毒なところでもあるなと考えていた。

 だから、向田は、

「できるだけ、佐藤に寄り添ってやろう」

 ということであった。

 そんな佐藤は、ある意味、

「わがままに育ってしまった」

 ということが言えるだろう。

 それを作り上げたのが、遠藤だった。

 彼は、同情心から、まるで、自分が親であるかのように支えると考えてしまったことで、それが、遠藤の自己満足でしかないということに気づきもしなかったのだ。

 しかし、それが、それこそ、

「因果応報」

 というには、あまりにも悲惨なことだったということになるだろう。

 そう、

「今回の犯人は、遠藤だった」

 剛毅は、

「佐藤に対しての復讐」

 ということであった。

「何をそんなに復讐するということになるのであろうか?」

 それが、

「自分が作ってしまった悪魔が、自分の大切にしているものを壊し、取り返しのつかない女王教に追い込んでしまった」

 ということだった。

 こともあろうに、佐藤という男は、

「自分の大切にしている妹を犯し、自殺に追い込んだ」

 ということで、そこから復讐を企てた。

 手始めに、

「小説の協力者」

 ということで、彼に、

「耽美主義の作品をたくさん書かせる」

 ということが、伏線となった。

 自分の中で、今回の殺人の青写真を、耽美主義でつくり、決して表に出すことはなく温めておいた。

 それが、やっと日の目を見るということになったのだ。

「妹の復讐」

 ということに必死になり、

「殺人計画を練った」

 というところまではよかったのだが、どうやら、

「佐藤は不治の病に犯されていた」

 ということであった。

 本来であれば、前章で明かすべきであったが、タイトルだけで、引っ張ったのは、作者の考えがあったことだが、読者には看破できたであろうか?

 この不治の病というのが、

「この殺人の見えない側面を表していた」

 正直、今回の犯罪に関しては。

「誰にも分かっていない」

 という部分があった。

 それが側面であり、計画した遠藤にも想像がつかなかったのだ。

 それこそが、

「本人が、向田に電話を入れる」

 ということであった。

 断末魔の瞬間の、

「火事場のくそ力」

 というものであろう。

 事件はある意味、簡単に片付いたが、結局は、側面となることであったり、

「事件の本質」

 というところまでは、捜査員には分からなかった。

 それこそが、

「今回の事件における本当の動機」

 というものが潜んでいるのではないかと思えるのだ。

 今回の事件が、

「他を追随しあいもの」

 といえるような特質性があるということなのかもしれないが、それが、

「実際には、遠藤の遺作」

 ということで、

「後にも先にも、この一作」

 というだけの作家が、自分の死を迎えることで、完結されたのであった。

 そもそも、

「最後には、死を迎えるということは、小説の中でも書かれていることであり、それが、このお話の、レクイエムであり、犯人にとっての、遺書のようなもの」

 といってもいいのかもしれない。

 それをどこまで分かっているのかということは誰にも分からない。

 それを考えれば。

「今回の事件というものは、最初から、死んだ人間に操られていた」

 ということになり、

「二人は、それぞれに、犯罪というものを、一つの話の中で、別々の犯罪を形成していた」

 ということになるだろう。

 それを考えると、

「向田という男の存在は、最後に残った勝ち組ということになるのではないか?」

 ということになるが、

「そのことを、向田本人はおろか。誰も思っていない」

 というところが、今回の犯罪の、一つの肝になっているのかもしれない。

 それこそが、かつての

「自費出版社系の詐欺事件」

 というものを、犯人は参考にしたのかもしれないのであった。


                 (  完  )

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分裂犯罪 森本 晃次 @kakku

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