1-14 サフィアの戦闘
坪井の後に続いて歩くルカは、時折坪井が、真っ直ぐの一本道ですら時折蛇行するような歩き方をしていることに気が付いた。
最初はダンジョンの壁面に何かあるのか、などと思っていたが、どうにもそうではないらしい。
ルカは思い切って、坪井に訳を尋ねてみることにした。
「意外と良い着眼点をしているじゃないか。」
坪井はそういうと、手でルカを壁際に押しやる。
そして近くを軽く探して、見つけた石ころを、道の真ん中に放り投げた。
石がダンジョンの床に触れた瞬間、何かがルカの眼前を高速で通り過ぎた。
坪井は驚いて仰け反ったルカを軽く笑うと、ルカのすぐそばの壁から、飛んできたそれを引き抜いた。
それは矢だった。
壁に刺さっていた矢の角度から、飛んできたであろう方向を向いてみるが、弓のようなものは見当たらない。
「弓を探しても無駄さ。そういうもんだと慣れるしかない。」
そう言って坪井は床を指し示す。
改めて床を見ると、地面に何やら丸い円盤が設置されている。
目を凝らしてよく見れば、円盤には矢のようなマークが記されていた。
「覚えとけ。意地の悪いダンジョンほど、こういう罠が隠されてる。」
坪井が蛇行していた理由を理解したルカは思わず身震いした。
彼がついていなければ、ルカはあっという間に罠の餌食となっていただろう。
「どうして罠の場所がわかるんですか?」
「こればっかりは、経験と勘と、観察力だな。悪いが、俺も上手く言語化できねぇ。」
坪井の返答に、ルカは押し黙るしかなかった。
しばらく進み、比較的広めの部屋に出た瞬間、坪井が立ち止まった。
ルカは顔をひょいと横にずらし、先を見る。
視線の先には、巨大なハリネズミのような魔物が地面に丸まり、眠っていた。
坪井は人差し指を立て、口の前に置いて静かにするように指示をした。
そしてサフィアとハリネズミを交互に指差した。
どうやら、サフィアとあのハリネズミを戦わせてみろ、と言っているようだった。
ルカは自身の頭の上に乗っているサフィアに軽く触れる。
サフィアは音もなく飛び立ち、ルカの左腕に止まる。
ルカはハリネズミを指差すと、サフィアはゆっくりと右目を閉じた。
事前に合図を決めていたルカは、肯定の意を汲み取った。
坪井を見ると、頷きを返したため、ルカは再度サフィアの目を見て、手のひらを見せる。
そして手のひらを左右に振った後、ハリネズミに向けて旗のように振り上げた。
次の瞬間、サフィアは勢いよくルカの腕から飛び立った。
サフィアは相当な速度で飛び立ったが、不思議とルカには大した衝撃もなく、また周囲に羽ばたきの音が響くこともなかった。
文字通り、あ、という間にハリネズミの直上に到達すると、サフィアは空中でその身をぐるりと捻った。
刹那、サフィアの体全体が溶けて、小さく渦を巻く炎そのものとなる。
渦の先端がハリネズミに触れるや否や、ハリネズミの体全体が炎に包まれる。
ギャン!と小さな悲鳴のみを残し、ハリネズミは絶命し霧となって消える。
炎の竜巻は再びふわり途中へ浮かび、羽ばたくサフィアの形へと戻る。
ハリネズミが絶命した際の霧は宙を漂い、2手に別れた。
片方はサフィア自身と、何故かルカの方へ飛んできて、胸の中に消えた。
霧を胸に取り込んだルカは、自身の中に力が漲るのを感じた。
その違和感から、思わず右手を握ったり開いたりする。
そんなルカの動揺はお構いなしに、サフィアがルカの元へ戻る。
ルカの肩に止まったサフィアは、早く褒めろと言わんばかりに、ルカの頬に体を擦り付ける。
ルカが苦笑いをしながら嘴を撫でてやると、サフィアは満足そうに目を閉じた。
そんな二人の様子を、少し遠巻きに眺めていた坪井は、サフィアの戦闘力の高さに思わず舌を巻いていた。
正直なところ、加護の評価は過大と考えていた坪井は、この任務の後、文句の一つでも言って揶揄ってやろう、などと考えていた。
しかし、その考えは根底から覆ることになった。
加護の見立てはおそらく正しく、サフィアは現時点で、S級と言っても差し支えない実力を有していると思われた。
何故なら先ほどサフィアが容易く屠ったハリネズミは、愛らしい見た目とは裏腹にA級に片足を突っ込んでいると称されるほどの魔物であった。
不意打ちとはいえ、一撃であっさりと仕留めることが出来る探索者は、世界でも数えるほどだろう。
更に、坪井の見立てが正しければ、恐ろしいのはサフィアだけではない。
ルカもまた、短期間でS級に届き得る可能性を感じていた。
坪井は心の中で、加護に謝罪した。
そして、イタズラっぽい笑みを浮かべながらルカ達の方へ近づいて行った。
その後、ルカ達はもう少しだけダンジョンの探索を継続した。
複数回魔物が現れ、相手が単体であればサフィアが先頭を担当した。
サフィアは危なげなく敵を倒しており、ルカが思わず拍子抜けしてしまうほどだった。
加えて驚くべきことに、サフィアが討伐した敵の魔力の半分は、ルカに吸収されるようだった。
そのおかげで、ルカは労せずレベルを向上させることに成功しており、現役の探索者からすれば、はっきり言って反則だと抗議したいほどだった。
ある程度の時間になり、そろそろ頃合いだと感じた坪井は、探索を切り上げる判断をした。
そして、用意していた帰還の魔導書を発動させ、ダンジョンを脱出したのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
2点ほど、描写の補足をば・・・。(いずれ本編で触れるとは思いますので、読み飛ばしていただいても構いません。)
まず、魔物を討伐した際に霧散する魔力(経験値と思っていただいて構いません。)は、魔物との戦闘に参加したメンバーで割り振られます。
その際、その割合は戦闘への貢献度や、探索者の実力によって変動します。
詳しい法則は分かっていませんが、大雑把に「活躍した人(サポートを含む)」「倒した魔物の実力に対して、より弱い人」が経験値を多めに得やすいことがわかっています。
しかし、ルカの場合は実力、活躍に関わらず等分されている様子のため、坪井は驚きと驚異を感じていました。
次に、帰還の魔導書ですが、ダンジョンには時折、魔導書と呼ばれる書物が落ちています。(魔導書と言いますが、その形態は本に限らず、巻物やメモ用紙のようなものなど、さまざまです。)
そしてそれぞれには固有の魔法が刻まれており、手を当てて魔力を少量流し込むことで発動します。
帰還の魔導書は、文字通りダンジョンから即時帰還できる魔法のため、探索者からは非常に重宝されています。
この魔導書以外の方法でのダンジョンからの帰還は、一定階層ごとに設置されている帰還の魔導石(ダンジョンの入り口の石と同様のものです。)から帰還することになりますが、当然ハードルが高いです。
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