1-13 ダンジョンの洗礼
蝙蝠の魔物が、ルカの眼前に迫る。
思わず怯んで、目を閉じてしまうルカ。
だが、予想していた痛みは一向に訪れない。
恐る恐る薄目を開けると、坪井がルカの目の前に立っており、蝙蝠の魔物は真っ二つに切られ、霧になっていくところだった。
坪井の手には、なにやら禍々しい雰囲気を感じる刀が握られていた。
「どうだ?ダンジョンの洗礼を浴びた気分は?」
「怖かった・・・です・・・。」
ルカは脈打つ胸を押さえ、言葉を絞り出す。
ルカの答えに対して、坪井は満足げな表情だった。
「いいぞ。その感覚、忘れるな。」
そういうと坪井は、いつの間にか腰にぶら下げていた袋から、指輪のようなものを取り出し、指にはめた。
すると、坪井の服は一瞬にして和装に変わる。
長い黒髪と和装、刀の組み合わせが絶妙にマッチして、独特の色気を醸し出している。
ルカは混乱する頭を押さえ、坪井に問いかける。
「あの・・・。ダンジョンって、外から物は持ち込めないんじゃ・・・?」
「あぁ。基本はな。だけど、抜け道はある。」
坪井は少し考えるような素振りを見せる。
「そうだなぁ・・・。ルカ、お前、虫歯はあるか?」
「今はないです。」
唐突な質問に困惑するルカ。
「じゃ、昔やったことは?」
「中学の時に、1回だけ・・・。」
「今、どうだ?痛むか?」
「いえ・・・。治療してるので・・・。」
意図が読めずに、困惑するルカに、坪井は口角を上げて問いかける。
「おかしいと思わねぇか?虫歯の詰め物は、人工的に付け足したもんだ。ダンジョンに入るとき、消えちまってもおかしくないだろう?」
坪井の言葉にはっとして、思わず舌で、虫歯の治療箇所をまさぐる。
しかし、そこにはいつもと変わらず、詰め物がしっかりと治療痕を覆い隠していた。
「そう。ダンジョンに入れるのは、『人体の一部と認識されるもの』なんだ。だからアクセサリーなんかと違って、虫歯の詰め物や、骨に突っ込んだボルトなんかも、消えずにダンジョン内に持ち込める。まぁ、持ち込み可能かどうかの塩梅は正直、ダンジョンの匙加減なところはあるがな。」
坪井の説明に、ルカは納得して素直に頷いた。
坪井もまた、ルカの様子に笑顔を向け、説明を継続する。
「じゃあ、もう一個質問だ。お前、朝飯は食ったよな?」
「は、はい。」
「今、腹は減ってるか?」
「いえ、あんまり・・・。って、まさか?」
「そう。胃袋の中身は消えちゃいない。確かめたきゃ、口に指を突っ込んでみな。朝のベーコンや目玉焼きとご対面できる。」
「体内のものは、ダンジョンに持ち込める・・・?」
ルカの推測は当たっている。
坪井はルカの答えに、満足げに頷いた。
「正解だ。つまり、人間が飲み込めるサイズのもんは、持ち込みが出来ちまうわけだ。」
「で、でも、その刀や服は・・・?」
「落ち着けよ、続きがあるのさ。」
そう言って坪井は、自らの腰に下げた袋を軽く触る。
「この袋は、ダンジョンアイテムでな。ちょっとしたプレハブ小屋が入るくらいの容量があるんだ。」
ダンジョンアイテム。
ルカが調べた知識にある単語だった。
ダンジョン内で生成されるアイテムの総称で、その種類は多岐に渡る。
そして稀に、人知を超えた特殊な力を有するものもあると聞く。
「だが、この袋には一個問題があってな。呪われてるんだ。」
「呪われてる・・・?」
「ダンジョンで拾えるもんは、稀に呪いがかかってるもんがある。手に吸い付いて離れなくなったり、本来の力と真逆の効果を示すようになったり、効果は様々だ。そんで、この袋には『同調の呪い』ってのがかかってる。」
「『同調の呪い』・・・?」
「早い話、この呪いがかかったものは、持ち主の感覚と接続しちまう。だからこの袋が切られたら、自分の身体が切られたのと同じ痛みが返ってくる。」
その説明に、ルカはハッとする。
「つまり・・・。その袋は、ダンジョンからは人体と一緒だと見なされてる・・・?そして、その中身は、体内と判定されている・・・?」
坪井は笑顔で頷く。
「理屈は分かんねぇがな。どうも、そういう判定になるらしい。だから、ある程度稼いでる上級者は、こういうアイテムを探して買う。そして、過去の探索で見つけた武器やらなんやらをダンジョンに持ち込むわけだ。」
納得でルカの表情が晴れると、坪井はニヒルな笑顔を浮かべる。
「よし、なんとなく理解したみたいだな。じゃあ、探索いくぞ。俺の後ろを歩けよ。」
歩き出した坪井の指示に従い、坪井の歩いた道を辿る。
ルカにとっての、初のダンジョン探索は、始まったばかりである。
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説明色が強めの回になりました。
物語上仕方ない部分はあると思いますが、少し長ったらしい会話になってしまった気がするので、下記に簡潔に話をまとめておきます。
この世界のダンジョンは、基本的に外からアイテムを持ち込むことは出来ません。
でも、1-3でビビアン(ミミ)が配信用の器材とか持ち込んでるよね?と疑問に思った方もいらっしゃるかと思います。
ダンジョンの判定は意外と緩く、『人体の一部とみなせるもの、もしくは体内にあるもの』はダンジョンに持ち込むことが出来ます。
中から上級の探索者はこの特性を利用して、各自いろんなものをダンジョン内に上手く持ち込んでいます。
あと、これは余談ですが・・・。
上記のようなアイテムの持ち込みの方法は、探索者ごとに微妙に違います。
持っているアイテムも違えば、必要とするアイテムも人それぞれです。
アイテムの持ち込み一つとっても、探索者ごとにそれぞれ独自のノウハウがあったりするわけです。
本編で触れるかはわかりませんが、機会があれば、触れていきたいと思います。
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