1-12 ダンジョンへようこそ

サフィアの紹介ののち、いくつかの連絡事項をしてHR《ホームルーム》は終了となった。

ルカ以外の生徒は、ダンジョン実習へと向かうため、いそいそと準備を整えて、後藤と共に教室を後にした。

ダンジョン素人のルカは教室に残り、別枠での授業と伝えられていた。

緊張する様子のルカの肩に、坪井がポンと手を置いた。


「緊張してんな?」

「は、はい・・・。」

「そう気負うな・・・って言われても難しいよな。」


日本最強と名高い男と会話している事実に、一層緊張するルカ。

そんなルカに、坪井は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「実はな、お前に伝えてる今日のカリキュラム。ありゃ、嘘だ。」

「え!?」


坪井の一言に、ルカは激しく動揺した。

しかし坪井はルカの動揺を無視して、着いてこい、と一言告げて教室を出る。

慌てて坪井の後を追う。

横に並んだルカに、坪井はにやにや顔を崩さずに語りかける。


「この学校には、実はダンジョンは2種類あるんだよ。」

「え、そうなんですか?」


ルカが驚いたのも無理はない。

日探は、その性質上、敷地内にダンジョンを含んでいる。

生徒は教員と共にそのダンジョンに潜り、経験を積むわけだ。

しかし、ダンジョンが2あると言う事実は一般には公表されていなかった。


「公表されてんのは、日探ダンジョン。俺たちは表ダンジョン、なんて呼んでる。比較的難易度は控えめで、初心者向けのダンジョンだ。出てくる資源も旨みは無いが、その分経験を積むためにはもってこいだ。」


坪井の説明は、ルカの事前知識と一致する。

説明に頷くルカに、坪井はさらに説明を続ける。


「これから俺たちが行くのは、世間には公表されていないダンジョン。裏ダンジョンだ。出てくる魔物は強い、罠も凶悪、環境も過酷。その上ドロップも渋い。正直潜る旨みなんてねぇ、最低最悪のダンジョンだ。」


坪井は意地の悪い笑みを浮かべる。


「だが、もっと趣味の悪いダンジョンだってある。苦い経験を積むにはもってこい、ってわけだ。」


ルカは気が遠くなる思いだった。

いくら日本最強が引率とは言え、初の迷宮がそれほど過酷なところだとは予想だにしていなかった。

だが、そんなルカを無視して、無情にも2人と1匹は迷宮の入り口へと辿り着いてしまう。

坪井は振り返って、ルカに語りかける。


「さて、ダンジョン初心者。ここがダンジョンの入口だ。普通なら受付だなんだをごちゃごちゃと済ませなきゃいけないんだが、ここは学内。そこんところの融通は効く。」


坪井は警備員と思われる男2人に軽く手を振り、簡素な小屋のような建物に入って行く。

ルカも警備員に軽い会釈をして建物に入る。

中は2つの部屋に別れており、2人はその片方に入る。

扉の先は、簡易的なロッカーとなっていた。

この構造から察するに恐らく、もう一つの部屋は女性用なのだろう。


「知ってるとは思うが、原則ダンジョン内に物は持ち込めねぇ。ダンジョンに入るときに身に着けてたもんは消えちまう。消えてほしくないもんは、ロッカーに入れとけ。」


そう言って坪井はロッカーを開け、所持品や衣服を放り込み始めた。

ルカもそれに倣って、自分の名前が記されたロッカーを探し、扉を開けた。

すると中には、簡素な部屋着のような衣類と下着が畳まれて収納されていた。

坪井を見ると、同じような服に手早く着替えていた。

ルカも慌てて、いそいそと着替える。


「よし、準備できたな?じゃ、行くぞ。」


ルカの着替えが終わったことを確認して、坪井は入ってきた方向とは逆方向の扉を開ける。

扉を開けた先は、柵に囲まれた円形の空き地のような場所だった。

その中心には、巨大な丸い円盤が鎮座している。

古代の鏡にも見えるそれは、外周に沿って謎の文字が刻まれており、その文字は様々な色に鈍く光を放っていた。


「見るのは初めてだろ?こいつがダンジョンの入口だ。どこのダンジョンにも、こいつと似たもんが置かれてる。これに触れると、中に引きずり込まれるわけだ。」


ルカはその妖しくも幻想的な光景に唾を飲んだ。


「じゃあ、覚悟は良いか?」


坪井の問いにルカは頷いて答える。

ルカの肩に手を置いた坪井は、反対の手で円盤に触れた。

次の瞬間、ルカは奇妙な浮遊感を感じた。

この感覚には、覚えがあった。

大通での惨劇の時、謎の梟によって路地へ一瞬で移動させられた、あの時の感覚と一致していた。

浮遊感が治まると、辺りは怪しげな洞窟のような場所だった。

壁にはかがり火があるため、かろうじてあたりの様子を確認出来るが、それでも視界は相当に悪かった。


「さぁて、ダンジョンへようこそ、だな。」


ニヤニヤした笑みを崩さない坪井。

そんな坪井に影響されたのか、初めてのダンジョンで舞い上がっているのかはわからないが、ルカは乾いた笑いを洩らしてしまった。

しかし、ここはダンジョン。

何が起きても不思議ではない。

一瞬たりとも、気を抜いてはならない場所だ。

その教訓をルカに示すがごとく、暗闇から突然、巨大な蝙蝠のような魔物が飛び出した。

蝙蝠はそのまま、呆気にとられているルカに向かってきたのであった。



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ありがたいことに、多くの方にお読みいただき、週刊ファンタジー部門で1000位以内にランクインできたそうです。

初めての出来事なので、非常に驚いております。


皆様の反応、大変励みになりますので、どうか引き続き、よろしくお願いいたします。

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