1-10 初登校日

ルカが日探に到着して、あっという間に数日が経過した。

今日はいよいよ、ルカの初登校日である。

ルカは緊張の面持ちで敷地内の校舎を目指した。

ルカの手には、おなじみのケージがぶら下がっている。

無用な混乱を避けるため、情報の周知を行うまでは、自室以外ではサフィアは姿を隠す必要があるためだ。


登校したルカを出迎えたのは、筋骨隆々で顔中傷だらけの大男だった。

強面の男に怯むが、ルカはなけなしの勇気を振り絞る。


「て、転入生の入間琉華です!」

「おぅ、元気があっていいな。俺はお前の担任の後藤だ。それとも、ダグラスの鉄槌のリーダーって言った方が通じるか?」


がははと笑う大男は、日本でも有数の探索者である。

本人の言った通り、ダグラスの鉄槌というパーティを率いており、世間知らずのルカですら、その名前を知っていたほどだ。


「後藤さ・・・。先生?が先生なんですね?」

「おぅ、驚いただろ?あんまり世間にゃ知られてねぇからな。」


後藤は歯を見せてにっこりと笑う。


「ここは実力主義だし、有望株ばかりだ。俺くらいの実力がねぇと、生徒に何も教えられんからな。」


後藤の言葉に、ルカの心は重くなる。

ルカは恐らく、この学校の生徒の誰よりも劣っている。

優れているのは、ルカではなくサフィアなのだ。

だからこそ、ルカは不安に押し潰されそうだった。

そんなルカの様子を見て、後藤はルカの背中をバシンと叩く。

思わず前につんのめるルカに対して、がっはっはと大笑いをする後藤。


「わけぇのが、細かいこと気にすんな!困ったら大人を頼れ!そのために俺たちがいるんだよ!」


乱暴だが愛のある言葉に、ルカは少しだけ安心した。

そんなとき、大きく揺れた苦情なのか、サフィアが珍しくぴぃ!と強く鳴く。

慌ててごめん、と謝るルカに、後藤は興味深そうな顔をした。


「あぁ、そいつが例の・・・?」


教員には既にサフィアの情報は共有されているため、ルカは隠さずに答える。


「はい、サフィアです。サフィア、ほら、後藤先生だよ。」


ルカはケージの小窓部分を、後藤に向けて差し出した。

後藤がこわごわ中を覗くと、サフィアは青い目を後藤に向け、ゆっくりと瞬きをして、ぴぃ、と短く鳴く。


「挨拶してるつもりみたいです。」

「おぉ、そうか。実際見ると驚くが、案外かわいいもんだな。」


後藤はがははと笑うと、ついてこい!と校内へ歩き出した。

大柄な後藤の歩幅に合わせるため、小走りになりながらもルカは後に続いた。



今年の日探の1年生はルカを除くと4人しかいない。

日探の入試は非常に厳しく、例年入学できるのは数人程度だ。

それを潜り抜けた彼らは当然、文字通りこの国の未来を担う存在である。

しかしそんな彼らも、思春期の高校生に変わりはない。


「ねぇ、ミミ!あの噂聞いた?」


快活そうな少女がクラスメートの女子に話しかける。


「サキちゃん、あの噂って・・・?」

「転入生!今日来るんだってね!」


ミミと呼ばれた少女があぁ、あの噂ね、と頷く。

その会話に眼鏡をかけた少女が割り込む。


「前代未聞よね、日探に転入生なんて。何か事情があるのかしら。」

「ユイちも気になる?」

「当たり前よ。」


少女たちの、年相応なきゃぴきゃぴした会話に混ざれずに、気まずそうに部屋の隅にいる男子生徒も、この話題が気になるのか、聞き耳を立てている様子だった。


ほどなくしてチャイムが鳴り響き、同時に後藤が教室に入ってくる。


「おぅ、全員いるな?HR《ホームルーム》はじめんぞぉ。」

「先生!質問!今日、転入生来るって本当!?」

「だぁー、落ち着けサキ!」


サキと呼ばれた快活な少女が早速質問を飛ばすが、後藤はそれを制す。


「今呼ぶから落ち着いて座ってろ。おい、入って来い。」


後藤に呼ばれたルカは、一度深呼吸をして、意を決して教室に入る。

4人の好奇の目が一斉に突き刺さるのを感じ、ルカは若干の吐き気を催した。


「えと・・・。入間琉華です。よろしくお願いします。」


気の利いた自己紹介が思いつかず、端的に頭を下げるルカ。

そんなルカに構わず、快活な少女が手を上げ、ぐいぐいと迫る。


「はいはい、質問!入間くんはどうしてこの時期に転入することになったの?出身地は?どんな戦い方をするの?」

「あ、え、えと・・・。」


ルカがしどろもどろになっていると、後藤が呆れたように叱る。


「こらサキ、落ち着けって言ったろ?」


後藤の𠮟責に、渋々黙る。

サキが落ち着いたことを確認した後藤は、溜息をつく。


「ルカの事情はこの後説明する。その前にまず、お前らの自己紹介だ。ミミ。」


後藤は一人の少女に顔を向けた。

ミミと呼ばれた少女は立ち上がり、ルカに笑顔を向けた。


安藤未美あんどう みみです。得意な武器は剣で、近接戦闘が得意です。東京生まれ東京育ち!趣味は・・・。」


ミミの自己紹介だが、ルカの頭にはその半分も入ってこなかった。

理由は明確。

ルカの脳内は驚愕に塗りつぶされていたのだ。

ミミの顔をルカは知っている。

何度も見ていると言っても過言ではない。

ミミは、ルカが好んで視聴しているダンジョン配信者、ビビアンだった。

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