1-9 巣立ちの日

そこからの2週間ほどは、怒涛のような日々だった。

念には念を、と3日間ほど入院したルカは、面会に来た両親にサフィアを紹介した。

最初は驚いて腰を抜かした両親も、慣れた後はすっかりサフィアの魅力の虜になった。

と、いうよりサフィアは意外と媚び上手だった。

自慢の瞳を潤ませ、母を懐柔して菓子をねだる手腕に、ルカは思わず舌を巻いた。


そうして退院後は、荷物をまとめたり、各種書類の記入、提出に奔走した。

ルカが通うことになる場所は、国立日本探索者専門学校。

通称『日探にったん』だ。

東京の山奥にあり、全寮制の学校である。

日本で唯一、特例により未成年のダンジョン探索が許可されており、全国から選りすぐられた、未来の探索者が日夜、ダンジョンに関するあれこれを学んでいる。

世界に名を知られる日本人探索者も、日探にったん出身者が多いらしい。

そんなところに、自らの息子が入学できるとあり、両親は喜びと不安が混ざった複雑な感情を抱いていた。

勿論、ルカ自身も内心は不安でいっぱいだった。


しかし、時は無情にも過ぎ、引っ越し当日。

ルカの家の前に、黒塗りの車がやってきた。

車から降りてきた男が、ルカの方へと歩み寄る。


「入間くん。元気そうで何よりだ。」

「加護さんが迎えに来てくれるんだったんですね。」

「あぁ。この件は秘匿性が高いからな。あまり他には任せられんのだ。」


母が緊張した面持ちで、加護に話しかける。


「あの・・・。息子を・・・。ルカをお願いします・・・。」


母の緊張した面持ちに、加護はしっかりと向き合う。


「ダンジョンは危険と隣り合わせです。息子さんの身の安全を確実に保証することは、私には出来かねます。ですが、精一杯、息子さんを支える所存です。」


加護の物言いは、一見冷たく突き放すように聞こえた。

だが、その目の奥は真剣であり、覚悟が読み取れた。

ルカの両親は、加護に深く頭を下げた。

加護もまた、深く頭を下げ、それに応じた。


ルカは、中身が見えないケージにサフィアを入れ、車の後部座席に乗り込んだ。

現在、まだサフィアの存在は秘匿されており、衆目に晒すわけにはいかないからだ。


「じゃあ、行ってくるよ。荷物のこと、お願いね。」

「あぁ、行ってこい。」

「気を付けるのよ、ルカ?何かあったら、いつでも帰ってらっしゃいね。連絡も待ってるからね?それから、風邪には気を付けてね?それから、えぇと・・・。」

「母さん、わかってるよ。大丈夫。ぼくにはサフィアがついてる。」


それに応えるように、サフィアはぴぃ、と小さく鳴いた。

出発前の挨拶を終え、車は発進する。

両親は、車が見えなくなるまで、手を振っていた。



「すみません。」

「問題ない。親はいつだって、子供が心配なものだ。」


ルカの謝罪に、運転席の加護はいつも通りの調子で答える。


「それで、この後のこと、あまり聞いてないですけど・・・。」

「まずは新千歳に向かう。政府のチャーター便で羽田に向かって、そこからまっすぐに日探の寮に向かう。」


加護から予定を聞かされ、ルカは思わず苦笑いをする。


「確かに、サフィアのことを考えたら、一般の飛行機には乗れないですけど・・・。チャーター便ですか・・・。」

「少しは実感が沸くか?」

「不安ですね、正直。」


この世界においては、探索者の数と質はその国の国力を示しているも同義だ。

それ故に、各国は有望な探索者に対する出資を惜しまない。

今回の一見についても、ルカ、正確にはサフィアへの期待の大きさの表れなのだろう。

素直に心中を吐露したルカは、膝の上で寛ぐサフィアを撫でる。

(車の窓は、周囲からは見えないようになっているため、加護の了承を得てサフィアは既にケージの外に出ていた。)

自身に掛かる期待など気にも留めず、サフィアは呑気に惰眠を貪っていた。


「きみがご両親に言ったとおりだ。きみには、頼れる相棒がいる。探索者にとってそれは、かけがえのないものだ。」


加護の言葉には、不思議な重みがあった。

ダンジョンという過酷な場所では、信頼して背中を預けられる仲間の有無は死活問題である。

加護の言葉にうなずいて、ルカはサフィアを撫でる。


「そういえば、名前を付けたんだな。」


加護は不意に話題を変えた。

不安から、重たい話題を避けたい気分のルカにとっては渡りに船だった。


「加護さんに言われましたからね。瞳の色がサファイアみたいで綺麗なので、サフィアと。性別はわかんないですけど、本人は気に入ってるみたいです。」

「うむ。良い名前だ。」


表情は動かないが、ルカには加護が若干微笑んでいるように感じた。

ルカは寝ているサフィアの喉の部分をくすぐるように撫でた。

サフィアは心地よさそうに、ゴロゴロと喉を鳴らした。



そこからの道中は、特に滞りなく進行した。

めったに見ることのないチャーター機の内部にルカが若干興奮したり、自ら以外の翼で空を飛ぶ経験にサフィアが若干興奮したりしたが、概ね順調な旅となった。

そして夕方頃、一行は日本探索者専門学校の敷地内へと、到着した。

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