1-8 対象の今後

札幌大通ダンジョンにほど近い場所に、ダンジョン庁北海道支部はある。

そのビル内の会議室の一室で、大きなモニターの前に立つ男が一人。

部屋のスピーカーから、男の声が流れる。


「加護。対象Aの様子は?」

「あくまで、相対した私の所感ですが。対象はSランクに相当する魔獣と推測します。」


加護の発言に、モニターの向こう側の男たちはざわつく。


「それほどか・・・。」

「対象B・・・。本名『入間琉華』の証言および周辺状況から鑑みると、対象Aは孵化直後の状態でBランクの魔獣を討伐。および、Bランク魔獣による対象Bの致命傷を治癒しています。」

「私が疑問なのは、そこだよ。加護くん。」


老人の一人が指を差し、指摘する。


「致命傷、というのは対象Bの証言からだろう?対象Bの収容時、外傷はなかったというじゃないか。」

「収容時の対象Bの衣服には、右胸の位置に大きな穴が開いているほか、対象B本人の多量の血液が付着していました。鑑識によれば、穴の様子と血液量から、なんらかのものが対象Bの右胸を貫通したと考えて間違いない、との見解です。」

「ふむぅ・・・。」


指摘した老人は押し黙る。

別の、比較的若い中年の男が続く。


「それほどの致命傷を跡も残さずに治療出来るとなれば、それだけで既にS級として認定出来そうだな。そこに加えて、戦闘能力も見込めるとなると・・・。末恐ろしいな。」

「対象Aは危険だ。すぐに駆除するべきだろう。」

「いや、その治癒能力は捨てがたい。対象Bともども収容し、実験に使用すべきだ。」

「馬鹿な。魔獣が人間に懐いたなどという前例はない。対象Aが対象Bを含む人的被害を出さぬうちに駆除すべきだ。」


モニターの向こう側で、老人たちがああでもない、こうでもないと言い争いを始めた。

突如、加護が表情を変えずに声を上げる。


「対象Bには、日探にったん・・・。日本探索者専門学校への編入を進言しました。対象B本人も、入学の意思を見せています。」

「なんだと・・・?」


加護の発言に、老人たちは押し黙る。


「対象Bは対象Aを、武器として携行申請を行う予定です。」

「馬鹿な?魔獣を武器だと?ありえない!」

「そんな申請、通してよいはずがない!」

「探索者から、許可なく武器を取り上げることは、探索者の離反を防止するため条例で禁止されています。申請の意思がある探索者、あるいは探索者を志す者に対して、申請前を理由に取り上げることも同様です。」

「それは方便だろう・・・。法律など、解釈次第でどうとでもなる。」

「失礼・・・。少し良いだろうか?」


先ほど発言した、老人たちの中では比較的若い男が割って入る。


「対象B・・・。入間くんは、日探にったんへの入学意思があると。だが、誰に面倒をみさせるつもりかね?」

「坪井に連絡済みです。彼から承諾も得ています。」


坪井、という名前が出たことで、老人たちに動揺が走る。

男は頷き、答えた。


「なるほど・・・。Sランク探索者の坪井くんであれば、何かあった時の保険になるだろう。わかった。入学を許そうじゃないか。」

「ありがとうございます。森さん。」

「なぁあ!?森!貴様何を勝手に!?」

「越権行為だぞ?」


老人たちの声に、森は目を細める。


「お忘れですかな?日探にったんの人事および生徒の入学是非に関しては、私に決裁権限があります。そして、正当な理由なくそれを覆す権利は、少なくともあなた方にはない。」


森の発言に、老人たちは押し黙るしかなかった。

歯ぎしりをする老人に笑顔を向けたのち、森は加護へと話しかける。


「入間くんには、こちらから人を送ろう。手続きをするにしても、早いほうがいいだろう。」

「承知いたしました。」

「では、今日は以上だね。解散としよう。」


森の言葉を合図に、モニターの電源が切れる。

暗い部屋で加護が息を吐くと同時に、部屋のドアが開き、誰かが電灯をつけた。


「珍しく、随分と危ない橋を渡ったじゃないの?」

「・・・坪井か。」


黒い長髪を後ろで束ね、ロングコートを羽織った男性。

先の話題に上がっていた坪井本人が、ニヤニヤと笑いながら部屋に入ってくる。


「きみがそれほど肩を持つのは珍しい。彼、入間くんにそれほどの魅力が?それとも、例の鳥に興味が?」


坪井の問いに、加護は首を横に振る。


「いや、確かにあの鳥は強力な魔物に違いはないが、そこじゃない。」

「じゃあ?」

「強いて言えば・・・。勘だな。」

「勘・・・か・・・。」


坪井はそう呟くと、にやけ顔をひっこめた。


「きみの勘なら、俺はそれに従うだけさ。」

「買い被るな。」

「本心だよ。信頼してるってことさ。」

「気色の悪いことを言うな。」


二人は軽口を飛ばしあう。

少し笑いあった後、加護が申し訳なさそうな顔をする。


「すまないな、お前を巻き込んで。」

「いいさ。元々森さんからは、教師になってくれって言われてたんだ。任務の合間でいいから、探索者候補に指導をしてやってくれって。」


坪井は肩をすくめる。


「面倒だから断ってたんだけど・・・。どうも風向きが変わったらしい。森さんの誘い、受けたほうが面白そうだ。」

「そうか・・・。ありがとう。」


坪井はにやけた表情で加護に近付き、その肩をぱしん、と叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る