1-7 お前の名前は・・・

「すみません。ぼくもこいつを初めて見たのは、今さっきなんです。こいつがなんなのかは、ぼくも聞きたいくらいで・・・。」


加護の質問に対して、ルカは正直に答えた。

少し考えるような素振りを見せた後、加護は口を開く。


「我々がきみを発見した時、この鳥は倒れたきみを守るように、きみに乗っかっていたのだ。きみをここまで搬送するにあたっても、こいつはきみのことを見守り続けていた。我々としても、未知の魔物を無用に刺激するわけにもいかず、きみへの敵意が見られないことから、ひとまずそのままにしていたんだ。」


加護の説明に、ルカは目を丸くして雀を見る。

ルカには、雀が心なしか、胸を張っているように見えた。

雀を優しく撫でながらルカは困ったような表情を浮かべた。


「そうなんですね・・・。さきほども申し上げたように、ぼくには心当たりがなくて・・・。」

「では、きみが倒れていた経緯を教えてくれ。」


そう促され、ルカは覚えている限りの経緯を説明した。

ルカの説明を受けて、加護は真剣な顔で頷く。


「現場には確かに、巣のようなものと大量の貴金属があった。状況から見て恐らく、きみを刺したのは槍ハチドリと呼ばれる魔物だろう。」

「槍ハチドリ・・・。物騒ですね・・・。」

「うむ。厄介な魔物だ。だが、きみの発見当時、槍ハチドリの姿は目撃されなかった。恐らくだが・・・。」


加護は言葉を切り、雀に視線を送る。


「まさか・・・。お前が・・・。倒したのか・・・?」


ルカは雀に問いかけると、雀は先ほどと同じくドヤ顔をしているように見えた。


「きみが槍ハチドリに刺される前発見したという宝玉だが、我々は発見できなかった。これは推測だが、それはこの鳥の卵のようなものだったのだろう。そして、きみが刺されたのち、卵から孵り、槍ハチドリを退け、きみの傷を癒した・・・。少々荒唐無稽な説ではあるがな。」


加護の推測は驚くべきものだった。

ルカは雀を両手で持ち上げ、顔に近付ける。


「お前が、俺を助けてくれたのか?」


雀はゆっくりと瞬きをした。

ルカには、それが肯定の意味に感じられた。


「我々の記録にも、この魔物の情報はない。完全に新種と言って良いだろう。もっと言えば、ここまで魔物が人に懐く、ということも前例がない。あらゆる面で、非常に興味深いと言える。」


加護はここで、言葉を切る。


「さて、入間琉華くん。次はこれからの話しだ。」


加護の声音が一層低くなり、ルカは緊張して思わず背筋を伸ばした。


「きみは、その魔物をどうするつもりかね?」

「え・・・と・・・。」


思わず雀に目線を送ると、雀は水晶のような眼で、まっすぐルカを見つめ返していた。

数秒の沈黙ののち、ルカは意を決して意思を伝える。


「出来れば、一緒に過ごしたいです。」

「そうか・・・。」


加護は僅かに溜息を吐いた。


「残念ながら、現行法では、魔物はペットとしては認められない。ダンジョン外に存在する魔物は、即時駆除対象からだ。」

「そんな・・・。」

「だが・・・。法には抜け道があるものだ。」

「え・・・?」


思いがけない加護の言葉に、ルカは動揺した。


「銃刀法の探索者特例措置について、聞いたことはあるかね?」


加護の問いに、ルカは首を横に振る。


「ダンジョン探索者は、申請により自身の武器を保管、あるいは携行することが認められている。そして、法律上人間以外の生物は、物として扱われる。つまり、きみがダンジョン探索者となり、この鳥をきみの武器として申請すれば、処分を免れるだろう。」


ルカは目を丸くした。


「ぼくが・・・、ダンジョン探索者に・・・?」

「正確には、ダンジョン探索者候補生、だな。未成年のダンジョン探索は、原則認められていない。唯一許可されているのは、国営の専門学校に通う学生のみだ。きみが探索者を志すのであれば、そこに編入してもらうことになる。」


ルカは、加護の言葉を脳内で反芻する。

この世界に来てからも、ルカにとっては、ダンジョンは遠い存在だった。

自分は物語の主人公足りえないと、そう考えていた。

しかし、突如として思わぬ形で、その存在が近付いてきた。

ルカが黙っていると、真紅の雀が寄り添うように、ルカの腕に身を寄せてきた。

雀に触れて、ルカは自らの手が震えていることに気が付いた。

ルカは自分の感情を明確に自覚した。

怖かったのだ。

しかし、この雀と一緒なら・・・。

ルカは意を決して、顔を上げた。


「こいつと一緒にいるためなら・・・。なります。探索者。」

「そうか・・・。」


加護はまた、僅かに口角を持ち上げた。


「ダンジョン庁職員としては、有望な探索者が増えることは歓迎だ。それに、意思疎通が可能で人に慣れた魔物など前代未聞だ。学者たちも喜ぶだろう。恐らくきみに、様々な実験に関わる依頼が舞い込むことだろう。」

「ははは・・・。こいつが嫌がらない範囲でなら、協力しますよ。」


加護は頷くと、出口へ向けて歩き始める。

ルカに背を向けながら語り掛ける。


「編入に関する事項は、追って連絡する。だがまずは、ゆっくり休んで体力を回復させることだ。身体の傷はそいつが治したようだが、体力までは戻ってはいないだろう。」

「はい・・・。ありがとうございます。」


加護はこちらを振り返ることなく、病室のドアを開けた。

そして、ドアに手をかけたまま、立ち止まった。

ルカが不思議に思っていると、加護は顔だけをこちらに向けた。


「武器の携行申請時には、その武器の名前を記入する必要がある。何か考えておくといいだろう。」


そう言い残して、加護は病室を去っていった。

茶木と看護師も、何かあればナースコールで呼んでくれ、と言って笑顔で部屋を出て行った。

部屋にはルカと雀だけになった。

ルカは、加護の最後の言葉を思い返した。


「名前・・・か。」


ルカは優しい手つきで雀を撫でる。

雀はその水晶のような青い眼を煌めかせる。


「よし・・・。お前の名前は・・・。サフィアだ。」


雀は、満足げに小さく、くぅ、と鳴いた。

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