1-2 元の世界、この世界
深夜、暗い部屋の中でルカは一つの結論に達した。
朝、地下鉄の中で眠るうちに、並行世界へと転移してしまったか、世界自体が書き換わってしまったかしたのだろう。
我ながら荒唐無稽で、突拍子もない考えで、ルカは思わず乾いた笑みを零した。
もし、友人がそのようなことを言いだせば、ルカは迷わずその友人と距離を置くだろう。
しかし、そんな奇天烈な発想でなければ、ルカの置かれた状況を説明することは出来なかった。
この世界には、数十年前に謎の地下空間が現れた。
世界で同時多発的に現れたその空間からは、モンスター、あるいは魔物と呼ばれる存在が這い出てきた。
それらは往々にして、これまでの常識を覆す特性を有しており、魔法としか説明のできない理外の力を操るものも多くいた。
当然、常識の外側から不意に殴られた人類は、その暴力に蹂躙された。
だが、人類も黙って滅びを待つわけにはいかない。
装備を整え、当時にして最新鋭の重火器を携え、反撃に打って出た。
結果、多くの犠牲は払ったものの、なんとか魔物を地下に押し戻すことに成功した。
これが俗に言う、
どうやらルカの元の世界とは異なり、世界を揺るがす大戦の相手は人間ではなかったらしい。
ところで大戦時、殺害した魔物の死体は霧になって焼失した。
しかし時折、宝石のような石やその魔物の身体や持ち物の一部などが遺ることがあった。
後に、ドロップと呼ばれるそれは、魔物と同様に理外の性質を秘めていた。
魔石と名付けられた宝石は、当時開発されたばかりの原子力を置きざりにするほどの高エネルギーを、遥かに安全、高効率で取り出すことが出来ると判明した。
また、魔物の素材はそのさまざまな性質から、数多の用途が考案され、生活を豊かにする可能性が示された。
人類を脅かす侵略者が、一転して人類の救世主たる資源とあいなった。
人間とは欲深い生き物である。
ほどなくして、地中から僅かに這い出てくる魔物では物足りなくなる。
人類は、虎穴に飛び込む選択をした。
後にダンジョンと呼ばれる地下空間へ、人類は意を決して踏み入ったのである。
それが、悲惨な末路に繋がるなど、夢にも思わずに。
自らの繁栄という青写真のみを胸に抱いた人類は、無残にもダンジョンに敗北することになる。
それでも、人類は諦めなかった。
少しずつではあるが、ダンジョンに適応し、進歩を継続した。
その地道な道の先に、ルカのいる現代があった。
必死で調べ上げた歴史を反芻して、ルカは溜息を洩らした。
この世界は、ここ最近ルカが読んでいる、素人が書いた小説のようだ。
ご丁寧にDuTube《どぅーちゅーぶ》などというどこかで聞いた様な配信サイトもあり、そこではインフルエンサーがダンジョンに潜る様子を配信するコンテンツが盛況なようだった。
ここまでよく見る設定に準じていると、何か背筋にうすら寒いものすら感じてしまう。
これがその小説の主人公なら、自分もダンジョン探索へと名乗りを上げるのだろうか。
そんな考えが、ルカの脳裏を横切った。
しかし、ルカは首を振ってその考えを隅へと追いやる。
悲しいかな、現実は小説ほど甘くはない。
この世界のダンジョンは、一般的な小説で見られるそれを越える過酷さを持っていた。
先に挙げた人類の敗北の原因は、そのダンジョンの過酷さに由来する。
ダンジョンから這い出てくる魔物以上に、ダンジョンには常識が通じなかったのである。
まず、ダンジョンに足を踏み入れた者は、例外なく所持品をすべて剝ぎ取られ、粗末な麻布のような衣服を着せられ、ダンジョンの最も浅い階層のいずこかへと放り出される。
目の前には腹を空かせた魔物がいるかもしれないし、剣や盾、鎧や衣服などが落ちているかもしれない。
ダンジョンに入った瞬間に、死と隣り合わせのサバイバルを強要されるのである。
これを知らなかった人類は当然、魔物に蹂躙された。
意気揚々と、当時の近代兵器を引っ提げて地下へ潜った軍隊は、その9割が地中の養分となったと聞く。
運よく拾えた武器、あるいは自らの運と肉体と勇気でもって、魔物との死闘を乗り越えた者は、更なる驚きに包まれた。
地上では、魔物は死後霧となり、霧散する。
しかしダンジョン内においては、その霧は空気に溶けず、その魔物を倒した者へと吸い込まれる。
吸い込まれた霧は、魔力と呼称され、取り込んだ人間の能力を大きく引き上げた。
所謂、レベルアップに相当する現象である。
レベルアップした人間は、文字通り人間を越えた。
素手で軽々と岩を砕き、車の速度で走る狼のような魔物の速度に負けない膂力を得た。
そうして危機を乗り越えた人間が、魔石などの戦利品を携えて、命からがら地上へと戻る。
すると、取り込んだ霧は一斉に身体から霧散し、人を越えたものは人へと戻る。
そして、次にダンジョンへと挑む際は、また、ただの人からの始まりとなるのである。
これらの仕組みは、多くの犠牲のもとに判明した内容だ。
後に分かったことだが、最大で6名までは、徒党を組むことで同じ場所への転移が許される。
故に、現代では3~6人程度でパーティと呼ばれる集団を形成し、ダンジョンへ挑むのが一般的となっている。
パーティを組むことで、ダンジョン突入直後の死亡率は劇的に低下した。
それでも、ダンジョンが死と隣り合わせであることに違いはない。
軽く調べただけで、これほどまでに絶望的な情報が並ぶ。
それはルカを、ネット小説の主人公気分から引きずり下ろすには十分すぎる内容だった。
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この物語における、世界の歴史とダンジョンという空間に関する説明回でした。
しかしお察しの通り、到底一話では説明しきれるものではありません。
次回は、実際にダンジョン探索に関するお話になります。
引き続き、お楽しみいただけると幸いです。
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