1-3 DuTube配信視聴
あくる日、目を覚ましたルカは、目を擦りながら携帯を見ると、母からのメッセージが目に入った。
『おはよう。具合は大丈夫?冷蔵庫におにぎり入れてあるから、食欲があったら食べてね。』
手短にスタンプで感謝を伝えたルカは、母が残したおにぎりを取り出して自室に戻り、机の上のタブレットを起動する。
タブレットには、DuTubeアプリがインストールされていた。
どうやらこの世界のルカも、流行のコンテンツには乗っていたようである。
おにぎりを貪りながらアプリを開くと、いくつかのチャンネルをお気に入りに登録していたようだった。
そのうちの一つが、まだ朝早いにも関わらず配信を開始しているらしかった。
何の気なしに、ルカはその配信を開く。
「みんなー!おはビビー!今日も朝から元気いっぱい、ビビアンだよ!」
共感性羞恥心が刺激されそうな、アイドルじみた自己紹介と共に、整った顔立ちの美少女が画面に映る。
どうやら世界戦が違ってもルカはルカだったようで、その女性の容姿は、ルカにとって非常に好ましいものであり、ルカの鼻の下が僅かに伸びる。
ショートカットの髪型は、その口調も相まって快活そうな印象を強く受ける。
『ビビたん、おはよう!』
『ビビたそ、今日もかわいい!!』
『待ってた!おはビビ!』
『生きがい』
コメント欄を見ると、朝っぱらから気色の悪いコメントが勢いよく流れていた。
思わず顔を顰めながらも、『初見です。かわいいですね。』と躊躇なく濁流に飛び込むルカ。
残念ながらルカ自身は、自分も泥水の一部であるという自覚は無かった。
「あ、初見さん、いらっしゃーい!楽しんでいってね!」
ルカの他にもいくつか見られた初見と思しきコメントに反応し、手を振るビビアン。
自分のコメントが読まれた!と思い込み、ルカは少しテンションを上げる。
「さて、今日は休日ということで、ちょっと遠出!茨城の水戸ダンジョンに潜ってみるよ!」
じゃじゃーん!という仕草で、ビビアンは自身の背後に広がる光景をカメラに映す。
大きめの市民ホールかのような建物には、大きく『水戸ダンジョン』と言う文字が踊っている。
なるほど、彼女はこれから、このダンジョンに挑戦するらしかった。
『水戸か!』
『がんばれ!』
『確か、獣系の魔物がメインだっけ?』
『地元キタ!応援に行こうかな?』
「それじゃあ、これから諸々の手続きをして、早速潜って行きたいと思いまぁす!いつも通り、1階層で落ち着ける場所を見つけ次第、配信再開するから、待っててねぇ〜!」
『待機』
『いってら!』
『いってら!ビビたん!』
画面は、よくある待機アニメーションへと切り替わり、小気味良いBGMが流れ始める。
一連の流れに疑問を感じたルカは、手元のスマホを操作して調べてみた。
通常、ダンジョンに入る際は受付が必要であり、受付の際は本名などの個人情報が必須である。
そして受付の後は速やかにダンジョンへ入ることが多い。
そしてダンジョンは、その特性上、突入直後の危険性が非常に高い。
故に、彼女のようなダンジョン配信者は、ダンジョン前でオープニングを撮った後で一度画面を暗転させ、ダンジョン内で落ち着いたタイミングで配信を再開する、というのが一般的な流れのようだった。
1人、合点していると、タブレットから少女の声が聞こえてきた。
画面に目を向けると、麻布のような素材の簡素な衣服を身に纏ったビビアンが笑顔を向けていた。
どうやら、無事に1階層で落ち着ける場所を見つけたようだった。
その過程で鉄製の剣を拾ったらしく、頬にえくぼを浮かべて嬉しそうにしながら、剣を素振りして見せる。
しかしルカの視線は、剣に向かなかった。
ビビアンが剣を振るたびに、その双丘がぶるんぶるんと揺れている。
簡素な服装だからこそ、そのスタイルの良さがいっそう強調され、思った以上に暴力的だったそれは、ルカをはじめとした男性視聴者に、画面越しで魅了の呪いを振り撒いていた。
「ビビ、はしゃぐのもその辺にして、警戒なさい。」
『マネちゃん!』
『マネちゃんキタ!』
調子に乗るビビを嗜めるような声音が響く。
凛とした印象の声音に、視聴者が盛り上がる。
どうやらビビアンのマネージャーらしい。
なるほど、彼女以外のパーティメンバーは、配信スタッフを兼ねているらしい。
マネージャーと思しき女性に注意を受けたビビアンは、少しバツが悪そうに舌を出す。
次の瞬間、ビビアンの顔つきが一瞬にして、戦士のそれとなる。
カメラがぐるりと回転すると、画面には奇妙な生き物が映し出された。
顔つきや体格は、野犬そのものだが、その頭には綺麗に渦を巻いた、羊のような角が生えていた。
ルカがこれまで見たことのないその生き物は、一目で魔物であると理解できる出立ちをしていた。
涎を垂らし、唸り声をあげるその獣に相対し、ルカは画面越しでありながら思わず生唾を飲み込んだ。
しかし、多くの視聴者からすれば、これも日常の光景らしい。
能天気に、がんばれー、などと声援を送っている様子が散見された。
次の瞬間、ダン!と音を立ててビビアンが駆け出した。
獣が姿勢を整える前に、一足飛びで距離を詰め、迷いなく剣を振るう。
鮮やかな太刀筋は余韻と共に、獣の首を刈り取った。
獣の身体は霧となって消え、コメント欄は賞賛と投げ銭が飛び交った。
「ふぅ〜、緊張したけど、上手くいったよ!応援してくれたみんなのおかげだね!ありがとう!」
アイドルの顔に戻ったビビアンは、模範解答のようなコメントを述べ、コメント欄もそれに応える。
直前まで命のやりとりをしていたとは思えないほど穏やかな交流を目の当たりにして、ルカは思わず吐き気を催した。
やはり、ルカの元いた世界とは、根本的になにか、決定的な部分が異なっているらしい。
それをまざまざと見せつけられたような気がして、ルカは思わず配信画面から目を逸らした。
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