現代ダンジョンは、想像よりも過酷だった。

鹿松

1-1 異世界転移は突然に

ごく一般的な男子高校生、入間琉華いるま るかはいつも通り眠い目を擦りながら地下鉄に揺られていた。

通勤、通学ラッシュの時間帯ともあって、車内は非常に込み合っている。

幸いにして、最寄り駅が始発駅のため、ルカは労せずしてその座席を確保し、僅かな間の惰眠を貪るのがいつものルーティーンだった。

それはこの日も変わらず。

ルカの近くには、いつもよく見るメンツが、いつも通りに過ごしている。


ルカと歳が近そうな男子高校生は、いつも通り英単語帳を開き、赤いシートを滑らせる。

時折口を動かし、単語を脳に刻み込ませている。

その勤勉さは見習うべきだが、あいにくとルカはそこまで真面目な生徒ではなかった。

かたや、化粧の濃い女子高生もいつも通り、鏡を片手に自らの口紅の乗り具合をしきりに気にしている。

化粧の具合を気にする割に、その短いスカートからは、健康的な肉付きの足が無防備に放り出されている。

その女子高生が向かいに座った時などは、その二本の巨柱の間にあるであろう桃源郷に想いを馳せ、密かに首を傾けたものだ。

しかし、自分よりも愚かな者を目の当たりにすれば、人は往々にして正気に還るものである。

これ見よがしに自己啓発本を掲げているサラリーマン風の中年男性だが、先ほどから一向にページが進んでいない。

よく目線を追いかけてみれば、先ほどの女子高生の脚の間を必死に目で追いかけていた。

初めてその光景を目の当たりにして以降、ルカは意識して女子高生を視界から外すことを心掛けた。

そして密かに、自分は大人になっても、あぁはなるまい、と心に誓ったのであった。


あぁ、今日もいつもと変わらない。

車内の温もりに押され、ルカはゆっくりと目を閉じた。



ルカを叩き起こしたのは、車内に響き渡るけたたましいアラーム音だった。

すわ、地震か?と飛び起きたルカの耳に、車内アナウンスが飛び込んでくる。


「お客様にご連絡いたします。ただいま、ダンジョン庁よりダンジョン氾濫警報が発令されました。氾濫源は札幌大通ダンジョン。そのため、当列車は次の白石駅しろいしえきで緊急停車をいたします。お客様には、ご不便をおかけして、大変申し訳ございません。」


そのアナウンスに、ルカは耳を疑った。

ルカの混乱を他所に、電車は白石駅しろいしえきに停車する。


「やれやれ、また氾濫かよ・・・。最近多いよなぁ・・・。」

「ほんと。探索者は何やってんだか・・・。何のために税金払ってると思ってるんだよ?」


どこからか、そのような愚痴じみた声が聞こえてきた。

早鐘のように暴れる心臓を押さえ、ふらつく足取りで、人の流れに乗りホームへと降りる。

すると、ルカの腕時計がぶるりと震えた。

目を向けると、そこには母からのメッセージの通知が。


『ルカ?今どこ?無事?』


ルカは慌てて携帯を取り出し、返事を打つ。


白石駅しろいしえき。地下鉄下ろされた。』

『そう、よかった。それにしても、ここのところダンジョン氾濫多いわねぇ・・・。』

『そうだね。』

『どうせ今日は高校も休校ね。気を付けてゆっくり帰ってらっしゃい。』

『わかった。』


淡白な回答を心掛け、必死で会話を合わせるルカ。

メッセージアプリに表示された名前は、確かに母の名であり、アイコンの写真は数年前に家族旅行に行ったときに撮ったものだ。

間違いなく、ルカの知る母のはずだが、致命的に何かが違っている。

ほどなくして、ルカの通う高校から、休校を伝えるメールが届いたのだが、その文面は、もはやルカの頭には入ってはこなかった。


そこからどうやって家に帰りついたのか、ルカは思い出せなかった。

酷い混乱の中、満員の電車に揺られ、家まで引き返したはずなのだが、その記憶は酷く曖昧だった。

出迎えた母は、顔色の悪いルカを心配するが、ルカはなんとか虚勢を張って自らの部屋に戻り、ベッドに倒れこんだ。

寝ころんだまま、部屋をぼんやりと見渡す。

広がっていたのは、まぎれもなく自分の部屋。

思い立って、本棚の奥を探ってみれば、そこには悪友から譲り受けた秘蔵の本。

自らの記憶と寸分たがわぬ位置に、記憶の通りの本があり、扇情的な服装の女性がルカに微笑みかけている。

何もかも、ルカの記憶の通りの世界。

ただ一つ。

ダンジョンの存在を除いて。

ルカは徐に携帯のブラウザを立ち上げ、検索をかける。

自身の記憶と、世間の情報の齟齬を埋めるべく、必死になってリンクを飛び回った。


気が付けば太陽も沈み、暗い部屋の中で、携帯の明かりに反射したルカの顔が浮かび上がっていた。

控え目に、部屋の扉をノックする音が響く。


「ルカ?起きてる?」


驚き飛び上がったルカは、なんとか平静を装って応える。


「うん、大丈夫・・・。」

「そぉ・・・?もうすぐご飯だけど・・・。」

「ごめん、母さん。今日は食欲ない。」

「明日、病院行く?」

「とりあえず、寝てから考えるよ。」


心配そうな声音の母がゆっくりと部屋から遠ざかる足音がする。

ルカはほっと息を吐くと、再び携帯の画面に食らいつく。


結局、ルカの情報収集は深夜にまで及ぶのだった。



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年末年始ということで、新作を投稿してみます。

ストーリーが動くまで、もう数話かかりますが、次回はダンジョンの説明回のような話になる予定です。

間を置かずに投稿しますので、良ければお読みいただけると嬉しいです。

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