願いの卵

鮎のユメ

卵に魅せられて

 私の頭上に、卵が生まれた。


 朝、鏡を見た時、その卵はちょこんと。私の髪に埋もれるように、そこにあった。


 それはちゃんと手に取れるし、触れもする。質感もしっかりあって、叩いてみると、コツコツと音がした。


 割れないように、私はもう一度頭に乗せてみる。するとどんなに動いてみせても、その卵は私から離れずそこにいた。


 手のひらほどのサイズ。

 まるで鳥の雛みたいだ。

 なんだか愛おしくなって、私はその卵を、育ててみることにした。



 不思議なことに、私以外にはこの卵は見えていないようだった。頭の上に、へんてこに乗っているのに家族も誰も気付かない。

 私だけの秘密みたいで、それもまたわくわくした。


 その卵は、私の意志に呼応するように、時々頭の上で踊るように揺れる。

 銃声の鳴り渡る中、体は酷く怯えていたのに、卵が急かすように私の上で跳ねるから、大事に抱えたくて必死に走った。

 弾痕の残る外壁を抜けた私は、ようやく音がしないことを確かめて、息をつく。

 暴れん坊な子なんだな、と笑う。

 命の危機にあっても、輝きを失わないで済むのは、この子のおかげだった。



 どうにか、卵をかえす方法はないのかと、私は色々なことをしてあげた。

 暖かくしたお湯の中に卵を浸けてみた。とろけたように沈み込むだけだった。

 呑気なんだろうな。


 他にも、手のひらの中でぎゅうっと優しく抱きしめてみた。

 嬉しそうにもがくから、くすぐったかった。


 脅かしてびっくりさせてみた。

 固まって動かなくなっちゃった……ごめんね?



 どの方法を試しても、この子は孵ることはなくて。私は困っていた。

 孵らないのなら、別にそれでもいいけれど。

 私は、あなたとちゃんと、お話したいよ。



 私たちの町は、常に何かと戦っている。

 私たちの日常とは関係のないところで。

 人知れず、私たちを奪う戦いを。


 次第に、争いは激化していった。

 硝煙の臭い。爆発の音。

 つい、言わずにおいた言葉が、あふれ出てしまう。 

 

「戦争なんて、なくなればいいのに」


 ──それが引き金だったかなんて、今では確かめようもないけれど。


 振動が、突き上げるような衝撃を伴って襲ってくる。

 立っているのがやっとだった。

 転けた拍子に、頭上の卵が、揺れ動くのを感じて。ころころと転がり落ちる。

 慌てて、手で受け止めた時。


 確かに、その日。卵は孵った。



   ★ ★ ★



『──応答ネガウ 応答ネガウ 至急連絡セヨ

 繰リ返ス、応答ネガウ 応答ネガウ 』


 瓦礫に埋もれた無線機が、残りわずかのバッテリーを点灯させ、鳴く。

 音の消えた世界の中、ただ、機械的に流れるその声ばかりが、繰り返された。

 そして、その無線機の近く。何か、卵の殻のような欠片が散らばり。

 やがて、静かに風化していった。


『応答……ウ……至…………絡……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願いの卵 鮎のユメ @sweetfish-D

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画