第2話
遺跡の転移トラップで飛ばされた場所は、まさかの日本だった。
ここが日本と発覚して、サイの頭はフル回転した。
月の位置から時間は概ね深夜だと予想される。
現在地がどこかわからないが、道があるという事はどこかの都市に繋がっているのだろう。
交通量は少なく、時折車が通っていくがサイに気づく者はいない。
けれど、サイは走りゆく車内を見つめた。
運転手の男性はジャケットを着込み、のんびりとハンドルを握っていた。
日本ならば、どこにでもいるようなジャケットの男性を見て、改めてここが日本である事を確信し、ふと自分の装いに気づく。
魔獣の革と魔導鋼の軽鎧。
もう数年使っているこの軽鎧は、わざわざこの鎧を作るために強力な魔獣を狩り、とある一流の職人に作成を依頼した逸品だ。
だが、ここが日本だとするのなら、この装備は問題だ。
異世界風の鎧を着こんだコスプレおじさんにしかならない。
サイは慌てて、森の中へ潜っていく。
異世界の常識にとっぷり浸かったサイであったが、日本にいた頃を思い出して服を着替える事にした。
鎧を脱ぎ、アイテムボックス魔法で別次元に装備を格納していく。
日本は平和な土地だ。モンスターはいないし、冒険者というお仕事もない。そんな事を思いながら着替えを考える。
三十年ぶりの日本……。昔の記憶を辿りながら日本でも通じる服を考える。
アイテムボックスの中を漁り見つけたのは、トゥアールの中央都市で購入した白いシャツと黒いズボン。シンプルな作りであるし、これなら問題ないはずだ。
詰襟の学生服を着ていた時と同じようなシルエットだし、いけるだろう。
とはいえ、少し肌寒く感じるため、黒めのレザーコートを羽織る事にした。
ブラッドホーン・バッファローというモンスターの皮をなめしたコートだ。
耐久性が高く、旅先でお世話になる事の多いコートだ。
靴は冒険者らしいブーツしかなかったが、靴まで見る人は少ないはずだ。
まあなんとかなるだろうの精神だ。
「鏡のひとつもあれば確認できるんだが……まあギリギリ……?」
そうサイは判断するが、真夜中に黒いコートを着た長身の四十代、男性だ。
しかも冒険者として鍛えた体は、なかなかにゴツい。
黒茶色の髪は、床屋に行くのが面倒で肩まで伸びている。
無精髭がないのが唯一の救いか。
だが、そんな男が真夜中の山中にいるのだ。
誰かに気づかれたら、不審者確定である。
不審者情報として新聞に載ってしまう。アウト。
「さて、どうしたもんか」
改めて。三十年ぶりの日本であるが、まずここがどこかわからない。
アスファルトの道路があるのだから、このまま歩けば都市がある事は確定だが、現在地がわからない。
サイは歩きながら、思案する。
ある程度、人の多い場所にいけば電車かタクシーに乗って故郷の町に行ける……否、無理だ。
日本のお金なんて持ち合わせていない。
異世界に転移した頃に持っていた所持品は、もう何も残っていないのだ。
電車にもタクシーにも乗れない。
異世界では長年冒険者をやっていたから稼いではいるのだが、その稼ぎは日本で通用する貨幣ではない。
「金貨とかって換金できたりしないか……?」
皮の袋に入った金貨を眺めてみる。
金はグラムいくらとか、そういうノリで取引されていたはずだ。
それであれば換金できる可能性がある。故郷の町にも帰れるかもしれない。
……故郷の町に戻れるなら。
三十年ぶりに両親や妹と再会できるかもしれない……。
嬉しさと不安が交差した。
どんな表情が正解か。
サイは三十年前を思い出す。
サイは高校一年生のはじめに異世界転移した。
それから長い年月が経ち、今や四十代のおじさんだ。
今になって「久しぶり」なんて言って許されるのだろうか?
真夜中の道路をトボトボと歩きながら、ひとり考えてみる。
なんの便りも出さなかった男が帰ってきて、その後どうする?
再会自体は嬉しいはずだ。それは間違いない。
だが、問題はその後だ。
サイは日本に順応できるのか? 冒険者なんて仕事はないだろう。
異世界では冒険者としての仕事が中心だった。
冒険者ギルドで事務方を手伝う事はあったし、後進育成のために教官もやっているが、根底には冒険者があった。
だが、異世界で培ったノウハウは、どれも日本では通用しない。
サイは異世界で生きて、死んでいくと考えていたのだ。
それが、このタイミングで日本に帰還とは。
……やっていけるのだろうか?
嬉しさ半分、不安半分。感情がまとまらず、モヤモヤとする。
両親や妹のこと。
異世界にいる相棒や友人のこと。
これからできる仕事のこと。
考えがどうにもまとまらない。
……何はともあれ状況を確認しなければ。
現状でうだうだ考えても仕方ないのだから。
問題にぶつかった時、その時考えよう。
サイは冒険者だ。日本に帰還した以上、仕事としての冒険者は廃業だ。
だが、その精神は変わらない。ダンジョンの中でくよくよ考えて、余計にピンチに陥る阿呆ではない。戦闘中にグズグズして、最善の一手を出せないマヌケではない。
現状把握して、最善の行動を心がける。
サイの中の冒険者精神がそう結論づけた。
ノウハウが使えずとも冒険者の魂は揺るがない。
結論を出したサイは、先ほどよりも足取り軽く深夜の道路を歩く。
道なりに歩いていけば何かしらあるはずだと予想し、東に向けて歩く事にした。
歩きながら、サイは驚いた。
異世界では当たり前すぎて失念してしまったが大気にマナを感じたのだ。
言い換えれば、この世界にも魔力があるという事だ。
異世界で培った魔法技術がこちらでも使えるのだ。
サイの得意とした魔法は身体強化魔法だ。
身体を巡る魔力は日本であっても機能するし、これだけ大気にマナがあれば、サイは十全に動くができる。
そういえばさっき慌てて使ったけど、アイテムボックス魔法も使えるんだよな。
アイテムボックス魔法とは、自身の魔力を使って、別次元に物を格納したり取り出したりする魔法だ。魔力量などによって格納できる量は変わるが、先程の出し入れから中身に問題はなかった。
マナの薄い場所だと、アイテムボックスの挙動がおかしくなる事がある。
転移の影響でもトラブルを起こす事があるというし、その点に置いてもサイは幸運だったと言える。
スタスタと都市部と思われる方向に歩き続けて数時間。
都市部に入り、駅も見かけるようになったが、まだ人の数は少ない。
何より、時折見かける人はこちらに気づくと逃げるか避けられている。
やっぱり、この格好じゃダメだったか……。
自身が不審者である事に気づいた。
長髪の長身で黒いコートを着込み、ガタイの良い見知らぬ男が近寄ってきたら、誰でも逃げる。
そんな事を思いながら、更に東へ歩いていく。
ここでサイはある事に気づいた。
先ほどまで気づかなかったが、電信柱などに住所が書かれていたようだ。
東京都立川市。
現在地が東京だったとようやく気づき、より都心の方へ向かって歩いていく。
ここで一点補足をしておく。
サイ自身は完全に失念しているが、当人は歩いているつもりでも身体強化して歩いているため、かなりスピードが出ている。競歩かマラソンか、かなりのスピードで歩いているのだ。真夜中に生きる少年少女たちは、しゃかしゃか歩く長身の黒いコート姿を見て慌てている事に気づいていない。
そうしてサイは立川を越え、国分寺、三鷹と歩を進めていく。
電車はまだ動いていないし、歩けるだけ歩いてこうという魂胆だ。
そうして歩き続けて中野を越えた辺りであろうか、サイは不思議なものを見た。
「なんだありゃ……」
霧がたちこめているせいで全長はわからないが、巨大な塔が立っていた。
茶色い大きな塔としか認識できないが、これだけ離れた位置からでも強い魔力を感じる。
少なくとも三十年前の日本に、あんな塔はなかった。
なかったはずだ。
「ハハ、日本も異世界と変わらねえな……」
あの塔が何かわからないが、あれほど魔力を帯びた塔だ。
中がどうなっているかわからないが、魔力によって動植物が変化するのは異世界では当たり前の常識だ。つまりモンスターがいる可能性が高い。
東の空が少しずつ明るくなっていく。
太陽が昇り始めたのだ。
「冒険者のノウハウ、活かせるかもしれないな」
サイは巨大な塔を眺めながら、そう呟いた。
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異世界帰りの中年冒険者、日本に戻ってもやる事が変わらない くまき @beargo
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