異世界帰りの中年冒険者、日本に戻ってもやる事が変わらない
くまき
第1話
トゥアール王国の西部には大きな森がある。
交易都市ヘクサリアから二日ほど歩いたところにあるこの森は、ほとんど開拓が進んでいない。多少調査は進んだものの、奥地は原生林が広がり未知のモンスターが跋扈する土地であった。より多くの土地を求めるトゥアール王国は森の開拓を進めたが、モンスターの数も多く、遅々としていた。
そんなある日、森を含めた一帯にて大きな地鳴りがあった。
地鳴りの結果、森の入口付近にあった崖が割れ、その奥から不思議な遺跡が発見された。
何者かの手によって作れた遺跡……ダンジョンだ。
新たなダンジョンの発見に冒険者たちは沸き立った。
今回見つかったダンジョンなら古の武器や魔法のアイテムなども期待できるし、もしかしたら高品質な鉱石や宝石が見つかる可能性がある。
我先に冒険者たちがダンジョンへ潜っていった。
そうして、潜っていった冒険者たちは大したお宝を見つける事はできなかったが、この遺跡に書かれた紋様や様式が既存のものと違うことに気づいた。
結果、研究者の調査が入る事となった。
この調査団の護衛隊として依頼を受けたのが冒険者のサイだった。
全身、魔獣の革に魔導鋼を貼り付けた軽鎧。長い黒茶の髪。
齢四十を越えたベテランの冒険者だ。
若い頃はモンスター退治の専門家『ハンター』であったが、これまで二十を越えるダンジョンを踏破したキャリアを持つ。
そのため、今回の斥候役として乞われた人材だ。
事前に入った冒険者たちの話では危険性はないらしいが、それでも万が一の可能性はある。未知の様式の遺跡には、未知の危険がありえる。昨日と今日で罠が変わる事だってありえる。何があってもおかしくないのだ。
それに調査団の中には貴族の研究者もいる。
どうやら大らかな貴族らしいがケガのひとつもついたら、冒険者ギルドは貴族院あたりから大目玉を食らう事になってしまう。
そのため、彼らがスムーズに調査できるようお膳立てするのがサイたち護衛隊の仕事であった。
そんな調査団が遺跡の内部に入って数刻。
いくつかわかった事があった。
「この遺跡、地中に埋まっているが元は塔だな」
「不思議な話であるが、可能性は高いな」
調査員たちが見つめる先は、掘り起こされた遺跡の外壁だ。
土に埋まっている箇所も多いが、風通しのために開けたとしたか思えない窓枠のような箇所があり、支柱の支え方も洞窟などで天井を支えるための様式ではなく、塔として建設されたものに見える。
仮に本当に塔だったとして、なぜ塔が地中に埋まっているのか。
最初に思い浮かぶのは地盤沈下であるが、この遺跡の上は森が広がっている。
いったい何百年埋まっていたというのか。調査が進めば解明できるだろう。
そんな事を調査員たちが話している中、声をかけたのはサイだった。
「おーい、調査員がた。下の階、安全確認がとれたぜ」
下へ降りる階段からひょっこり顔を出すサイに、調査員たちがうなずく。
「ああ。すまない」
調査員たちはサイのもとへやってくると、サイの後ろにつき階段を降りていった。
「この階、トラップはないようだが、いくつか壊れた操作盤みたいのがあったぜ」
「操作盤だと? 触ったのか」
調査員は、サイのそんな言葉に少し色めく。
遺跡の中には下手に触ったが最後。トラップやら何やら問題が起こる可能性があるのだ。もしサイが計器類に触れていたなら、説教確定である。
「まさか。特に触ったりとかはしてねぇ。ただ何かを調節するためのものだと感じただけだ。案内するぜ」
そう言ってサイと調査員たちは操作盤の前に行く。
サイの言うとおり、いくつかの計器と大量のボタン類がそろっている。
しかし、いずれも土埃と汚れにまみれており、腐食も進んでいる。
「きみ、よくこれが操作盤だと気づいたな」
具体的に何がどう機能するのかわからないし、どのように動かすのかもわからない。
これまでの遺跡でも見た事のない様式だ。トゥアールだけでなく、既存の古代遺跡でも見た事のない機械群。
それを一介の冒険者が一目見て、操作盤だと気づいたのだ。
調査員は、サイの予想に素直に驚きを表した。
「あてずっぽうだよ。これでも長年冒険者やってるしな」
「そういえばきみだったか。タルク遺跡で活躍したっていう冒険者は」
タルク遺跡とはトゥアール王国のある大陸の海岸沿いで発見された遺跡だ。
遺跡の調査中、調査員があやまって未知のボタンに触れた結果、遺跡の機械が発動。
遺跡内部を海水が襲い、水棲モンスターも多く入りこむ大惨事を引き起こした。
それをサイは持ち前の機転で対応。
調査員の多くを救い、表彰を受けたのだ。
「はは。そんなところです。それより調査の方を続けてくれ」
サイは頭をかき、ごまかすように笑う。
(あの時は日本にいた頃の知識で対応できたんだよな……)
サイは、ひとり心の中でぼやいた。
子どもの頃に見た海洋パニック系映画なんかを思い出しながら、対応したのだ。
まさかあんな子どもの頃の記憶が役に立つとは思わず、驚いた覚えがある。
そう。この冒険者サイは異世界人だ。
なんの因果か日本からこの異世界に転移して、はや三十年。
日本に戻れる可能性もなく、このトゥアール王国に骨埋める事を覚悟した四十代の冒険者だ。冒険者業を中心に、ギルドの事務方の手伝いや新人育成の教官業にも力を入れている。
この世界ではありふれた生き方をする四十代だ。
「おい、護衛隊。下の階、チェックにいってくれ!」
調査員の太っちょが大声で叫ぶ。
貴族の調査員だ。声が大きく、命令する事に慣れた声だ。
「それじゃ、俺はここで失礼します」
「ありがとう。引き続き頼むよ」
調査員とそんな話をして、サイは他の護衛隊と合流した。
今回の護衛隊はサイを含め、五人だ。
構成は、モンスターが出た場合に前線で戦う『ファイター』がふたり。後方で魔法支援する『ウィザード』と『ヒーラー』がひとりずつ。その仲立ちを行い、時にモンスターと戦い、遺跡でトラップなどを調べる斥候役の『レンジャー』がひとり。
そのような構成の中で、『レンジャー』の役目がサイだった。
なので、斥候らしく階段を最初に降りるのはサイの仕事だった。
この時、護衛隊は、この状況をのんきに考えていた。
「ここが塔だって考えると、次は一階か」
「下に降りる階がないもんね」
サイの言葉にウィザードの女性が頷く。
階下を見ると螺旋に続く階段が次の階で途切れていたため、そう判断したのだ。
「トラップもなさそうだし、モンスターもでない。ここまでの道のりは、まあまあモンスターもいたけど、塔の中は安全みたいだね」
「もしかしたら魔除けの術式が効力を発揮しているのかもしれませんね。そう考えれば、そうそうモンスターは出てこないでしょう」
教会育ちのヒーラーはそう呟く。
「とはいえ、昔の魔除けだ。何かの拍子に壊れることもあるから注意してくれよ?」
ファイターがフォローに入る。
和気藹々とした会話が続いた。
そうして、地中に埋まった塔の一階。
そこで護衛隊は、不思議なものを見た。
空間の中央に大きな黒い点を見つけた。
黒点に影はなく、立体感すら感じない。
自然物としてはもちろん、人工のものでもこれほど黒い点は類をみない。
「は? なにあれ?」
目が悪いのか、ウィザードは目を細める。
それでもよく見えないのか、よりしっかり見るためか斥候のサイより一歩前に出た。
「おい! 前に出るな!」
「へ?」
次の瞬間。ウィザードの体が吸い込まれそうになる。
この吸い込み方に、サイは覚えがあった。
過去に潜ったダンジョンでやられた覚えがある。
「転移だ!」
サイは、転移トラップに吸い込まれそうになる女性ウィザードの体を背中から持ち上げ、裏投げの要領で階の上へ無理やりぶん投げた。
どこに飛ばされるかわからない状況だ。多少のケガは大めに見てもらいたい。
そんな思いでウィザードをぶん投げた。
しかし代わりに前に出たサイの体が黒点に向けて吸い込まれつつある。
「ぐぁ……!」
サイは愛用のブレードを床に無理やり突き刺し、吸い込みから逃げようとした。
「お、おい!? 今、ヒモか何か……」
ファイターのひとりが慌てて、アイテムボックス魔法で何かを取り出そうとした。
しかし、その行動は一足遅かった。
気づけばサイの姿はそこから消えていた。
サイは転移してしまったのだ。
話を聞いた調査団は、一階への調査を断念する事になる。
転移トラップは、どこに飛ばされるかわからないから転移トラップなのだ。
ダンジョンの入口などであれば御の字だ。
しかし見知らぬ土地に飛ばされる可能性もあるし、どこか海の上という可能性もある。
ランダムでどこか適当な場所……という事もありえるのだ。
サイの居場所が確定するまで、一階への進入はありえない。
転移トラップは、それほどまでに凶悪なトラップなのだ。
こうしてサイがどこへ飛ばされたのか確認が取れるまで遺跡への侵入は不許可という形となった。この情報は、冒険者サイが転移トラップで行方不明になったという情報と共に拡散された。
果たして、サイが転移した場所は森の中であった。
しかし、森の植生がトゥアール王国の西部にある森ではない。
吸い込まれるように転移した結果、サイは全身を打つ事になったが大きなケガなどはなかった。
「いつつ……」
とはいえ、ちょっと痛い。
時間帯は夜。調査は昼に行われていたはずだが、気づけば夜になっていたようだ。
暗く鬱蒼とした森の中だったが、傾斜から山の中だと気づいた。
あとわかる事といえば、夜だというのに普段より少し明るく感じることか。
「山に転移したのはいいんだけど、どこだ……?」
転移の結果が海の上でも、石の中でもなく、山の上なのだ。
そういった意味でサイは幸運だった。
とはいえ夜の山林という事もあり周囲はよく見えない。
が、少なくとも転移した穴は綺麗に消えているようだ。
つまり転移トラップを辿って戻ることはできない。
言い換えると、ここからトゥアール王国の西部まで戻らないといけないのだ。
「……とりあえず山を降りてみるしかないか……」
魔導通信で生存を伝えたいところだが、この暗さで通信具を立ち上げるのは面倒であるし、一旦後回しにする。
まずは人里を見つけた方がいいだろう。
そこで場所を確認した後、トゥアール王国まで向かえばいい。
万が一、違う大陸などに転移してる場合は、かなり面倒な事になるがなんとかなるだろう。
サイはベテラン冒険者だ。
旅にも野宿にも慣れている。この程度は、困難にも入らない。
とはいえ、時間も時間であるし、夜の山にひとりというのは危険だ。
モンスターに対処できても遭難する可能性は充分ありえる。
そのため山を降りるという選択肢は当然のものだった。
そうして山を降りていくと、黒灰色の道が見えだしてきた。
土でなく石のようなもので舗装された道だ。
よく見るとまばらに民家のようなものも見える。
道には等間隔で街灯が立っており、道沿いに黒い線が空をつたっている。
その光景は、サイがずっと求めてやまないものだった。
「……………………嘘だろ」
たっぷりと驚いてから、サイは呟いた。
灰色の道はアスファルトの道路だ。
黒い線は電線。
つまり。つまり。つまり……!
はやる気持ちを抑え、道路沿いの歩道を歩いていく。
道路には『止マレ』の文字が書かれていて、時折通る車には日本語のナンバープレートがついている。
「おいおい……マジで……?」
道路沿いに立っている建物や看板には日本語の文字が見える。
確定だ。
サイは棒立ちになった。
転移してから三十年。長い間帰郷を夢見て、それでも帰り方が見つからずあきらめた場所。何度となく夢を見て、しかし薄れていく記憶の中、かすかに残る郷愁の景色。薄れていた記憶が一気にフラッシュバックしていく。
「ここ、日本じゃねえか……!」
この時のサイの格好といえば。
全身、魔獣の皮をなめして魔導鋼を貼り付けた軽鎧姿。
愛用していたブレードは残念ながら塔の中に突き立ったままだろう。
ブレードを失った鞘が、寂しく腰にささっていた。
異世界に転移した冒険者サイ。否、
==========
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