第3話 揺れる街区と、揺れている心
第四区の浮遊街区で説明会を行う当日の朝、私はいつもより少し早く庁舎に着いた。
まだ廊下には人影がまばらで、窓から差し込む光も柔らかい。
インフラ管理課の扉を開けると、既に何人かが出勤していて、湯沸かし用の魔道具からは水が温まる音がしていた。
「おはようございます」
「おはよう、リナ。早いわね」
顔を上げたマルグリットは、机の上に広げた紙の束をとん、と指で叩いた。
「昨日お願いした資料、もう一度見せてもらってもいい?」
「はい、こちらです」
私は自分の机から、板紙に貼り付けた二枚の紙を持ってくる。
一枚目は、ここ三年分の「揺れ・沈み込み・明滅」に関する苦情件数を年ごとにまとめた棒グラフ。
もう一枚は、浮遊街区の簡略図に、発生場所と回数を記号で落とし込んだものだ。
「グラフのほうは、住民の方に見せる前提で、数字はざっくりにしてあります。『ここ三年で増えている』ことが分かるくらいに」
「うん、このくらいで十分。細かい数値を出しても、かえって混乱するだけだしね」
マルグリットは頷き、図のほうに目を移す。
「場所の偏りも、これなら一目で分かるわ。端の支柱側に集中してるっていうのは、説明のときに強調したいところね」
「住民の方の感覚と、数字がちゃんと揃っていることを示せれば、多少は安心してもらえるかもしれません」
「安心しすぎても困るんだけどね。“危ない”と思ってもらわないと、協力も得られないし」
マルグリットは肩をすくめ、壁の時計にちらりと視線を向けた。
「さて、そろそろ出る時間ね。──ヨシュア!」
「はーい」
奥の机から顔を出したヨシュアが、書類の束と工具入りの腰袋を片手に立ち上がる。
「現場班として同行する予定だったでしょう? 準備はいい?」
「ばっちりです。測定用の魔力計と、支柱の外側を見る道具と、あと怒鳴られたときに心を守るためのお菓子も持ちました」
「最後のはいらないでしょ」
「いや、それが一番効くんですよ」
軽口を叩き合う二人のやり取りに、緊張が少しだけ和らぐ。
「リナは、資料とメモ帳、それから地図を忘れないようにね」
「はい。筆記用具は多めに持っていきます」
私は鞄の中身をもう一度確認した。
グラフと図、予備の紙、普段使っている手帳。
数字と記録さえきちんと押さえられれば、あとはその場で考えればいい。
そう自分に言い聞かせながら、私たちは庁舎を後にした。
◆ ◆ ◆
第四区の浮遊街区へは、馬車で向かう。
石畳の道が次第に傾斜を増し、やがて坂の途中で、見慣れない境界線が現れた。
そこから先は、街路が空中へと延び、その先に、大地から切り離された街区が静かに浮かんでいる。
「……本当に浮いているんですね」
思わず口にすると、向かいの席に座っていたヨシュアが、「初めて?」という顔をした。
「まあ、普通は“生活圏”が決まってますからね。上に住んでる人は下に用事があるときだけ降りるし、下の人はわざわざ上に行かない。役所勤めでもなければ、わざわざ浮遊街区の足元なんて見に来ないですよ」
「確かに」
前世でも、高架道路の下や橋脚の根元は、わざわざ見に行かなければ目に入らない場所だった。
浮遊街区の支柱も、それと似たようなものなのだろう。
馬車が止まると、そこには、天空へ向かってそびえる巨大な柱があった。
直径は、私が両腕を広げても全く足りないほど。
表面には、魔力を導くための紋様が刻まれており、淡い光が絶えず波のように流れている。
「これが第四区の主支柱。浮遊街区全体を支えている柱です」
案内役の支所職員が説明するのを聞きながら、私は手帳の端に「主支柱」と書き込んだ。
地図の上では一本の線でしかなかったものが、今こうして目の前に立っている。
その存在感に、少しだけ足元が覚束なくなる。
「マルグリットさん、先に支柱の確認を?」
「ええ。説明会まではまだ少し時間があるから、その間に測定は済ませておきましょう。リナは測定値の記録と、周辺の様子のメモをお願い」
「分かりました」
現場班として同行してきた魔術師が、支柱の周りに簡易の魔法陣を展開し、魔力の流れを測る準備を始める。
ヨシュアは、外側の石組みや、支柱の基部に亀裂がないか、目視で確認していく。
私は少し距離を取り、作業の様子と、周囲の民家の様子を一通り眺めた。
支柱のすぐ近くには住宅が建て込んでいて、洗濯物がはためき、子どもたちが追いかけっこをしている。
「揺れ」や「沈み込み」に関する苦情のほとんどは、このあたりから届いていた。
(地図の印が、この景色のどこか一つ一つに対応しているわけだ)
そう思うと、帳面の上の数字が、急に重みを持ちはじめる。
「測定、始めますよー」
魔術師が声を上げた。
白髪交じりの中年男性で、簡素なローブを着ているが、その立ち居振る舞いには長年の経験がにじんでいる。
「まずは魔力流の基本値から。──よし、出ました」
魔術師は手元の板に浮かぶ数値を読み上げ、それを私は手帳に書き写す。
幹線を流れる魔力の量、揺らぎの幅、周期。
数値だけ見れば、先日報告書で見た「基準値内」という判断と変わりはない。
「数値だけなら確かに基準内ですね」
私がそう呟くと、魔術師は小さく頷いた。
「そうなんだがね。……ただ、昔に比べると、波打ち方が少し違う気がする」
「波打ち方、ですか?」
「ほら、ここを見てみなさい」
魔術師は、板に表示された波形の一部を指で示した。
魔力流の変動を示す線が、一定のリズムを取りながらも、ところどころで微妙に歪んでいる。
「前はもっと素直な波だった。今は、波の上に、もう一段小さな波が乗っているような感じがする」
「その違いは、数値化されてはいないんですね?」
「測定器の解像度が、そこまで細かくはないからな。今のところは“気になる”という程度だ」
言いながら、魔術師は苦笑する。
「こういう“気になる”をどこまで重く見るかが、難しいところだ。騒ぎすぎれば無用の不安を煽るし、軽んじれば後で痛い目を見る」
「だから、記録と苦情を重ねて見る必要がある、ということですよね」
私がそう言うと、魔術師は少し驚いたように目を細めた。
「なかなか、話の分かる嬢さんだな」
「たまたま、似たような話を前に聞いたことがあるだけです」
前の世界で、古い橋の振動を見ていた技師が、同じように「波の上に波が乗っている」と言っていたのを思い出す。
そのときは、その言葉の意味を、今ほど実感を持って受け止めてはいなかった。
「こっちは外側、ざっと見た感じひびはなし。土台の石も、目立った沈み込みはないですね」
ヨシュアが支柱の基部から戻ってくる。
「ただ、周りの住宅の床石の端のほう、何軒かで同じ向きに傾いてるところがあります。写真……じゃなかった。スケッチしておきました」
「見せて」
マルグリットがヨシュアのメモを覗き込み、そのまま私にも見えるように差し出した。
簡単な図だが、家々の床板の端が、支柱から少し離れた方向に揺らいでいる様子が描かれている。
「支柱が沈んでいるというより、周りの地面のほうがじわじわ動いている……かもしれない、くらいの話ですけどね」
「それ、住民の方の“ふわふわする感じが増えた”っていう訴えと、繋がりそうですね」
私は先日まとめた苦情の内容を思い浮かべながら言う。
「数値上は基準値内。目視では目立った損傷なし。でも、住民の体感としては変化がある。──その三つを並べると、さすがに“気のせい”とは言いづらいですね」
「そういう話を、今日の説明会でどう伝えるかが腕の見せ所ってわけ」
マルグリットが苦笑交じりに言い、腕時計代わりの魔道具に視線を落とした。
「そろそろ会場に向かいましょう。準備の時間も必要だし」
◆ ◆ ◆
説明会の会場は、浮遊街区の公会堂として使われている建物だった。
大きな窓からは、街の外縁と、遠くの山並みが見える。
一見すると気持ちの良い眺めだが、「足元の支柱が不安定かもしれない」と聞かされてしまえば、そんな景色も落ち着かなく映るだろう。
「マルグリットさん、この壁、使ってもいいですか?」
「もちろん。ええと、どこに貼る?」
「このあたりにグラフを、その隣に地図を。話の流れに合わせて指させるようにしておきたいので」
私は持ってきた板紙を、壁に貼り付ける。
棒グラフの棒は、三年前より去年の方が明らかに高く、今年に入ってからも、既にいくつかの印が付いている。
「数字が苦手な人でも、“右肩上がり”だけは直感的に分かるからね」
マルグリットがそう言って、椅子を並べ始める。
私はその横で、手帳と筆記用具を整えた。
会場に人が集まり始めたのは、それからしばらくしてからだった。
子どもを連れた若い夫婦。
腰の曲がった老人。
仕事着のままの職人。
顔ぶれは様々だが、共通しているのは、表情にうっすら浮かぶ不安と苛立ちだ。
「今日は、支柱の様子と、最近の揺れについて、王都の人たちがちゃんと説明してくれるんだってよ」
「どうせ、『危険はありません』って言うんだろうさ」
そんな小声が、あちこちから聞こえてくる。
私は手帳を開きながら、胸の中が少しざわついていくのを自覚していた。
(前の世界でも、こういう空気は何度か経験した。でも、今回は最初から、この場に立つことを前提に動いてきた)
逃げ場はない。
それでも、逃げたくはなかった。
「そろそろ始めましょうか」
マルグリットが前に立ち、軽く一礼する。
「本日はお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます。王都維持管理局インフラ管理課のマルグリット・ローレンスです。こちらが、現場担当のヨシュア・ベルク、それから記録と整理を担当しているリナ・アルディアです」
視線が一斉にこちらに向けられる。
期待、疑念、苛立ち、諦め──いろいろな感情が混ざった視線だった。
「まずは、最近皆さんからいただいている“揺れ”や“ランプの明滅”の苦情が、どれくらいの数になっているかを、簡単にお見せします」
マルグリットが棒グラフの板を指さす。
「こちらが三年前、こちらが一年前、こちらが今年に入ってから、第四区の浮遊街区で報告された事例の件数です。細かい数字は覚えていただかなくて構いません。ただ、“確かに増えてきている”ということだけ、まず共有させてください」
ざわり、と小さなざわめきが起きる。
「こんなに……」
「うちの分も、この中に含まれてるのかい?」
マルグリットはそれに一つ一つ答える代わりに、穏やかな声で続けた。
「皆さんが『気のせいかもしれないけれど』とおっしゃりながらも届けてくださった声は、決して少なくありません。むしろ、“気のせいかもしれない”段階で知らせていただけたからこそ、私たちはこうして全体の傾向を掴むことができました」
私は、その言葉を手帳に書き留めた。
「気のせいの段階で知らせてもらう」ことの価値を、こういう形で言語化してもらえるのはありがたい。
「では、その揺れや明滅が、どのあたりで多く起きているのか、地図を使ってご説明します」
マルグリットが隣の図に移る。
浮遊街区の見取り図の上に、赤い印がいくつも並んでいる。
「支柱の直上から少し外れた、この辺り。皆さんのお宅が多い区域です。この辺りからの報告が特に多くなっています」
「ああ、やっぱりうちの方だ……」
「最近、夜中に子どもが起きるのは、やっぱり揺れのせいだったのか」
住民たちの呟きが、先ほどとは違う色を帯び始める。
漠然とした不安が、「自分の家がどの位置にあるか」という具体的な話に変わっていく。
「では、実際に支柱の魔力の流れを測定した結果について、簡単にお伝えします」
ここで、マルグリットがヨシュアと魔術師に視線を向ける。
魔術師が、一歩前に出た。
「結論から申し上げますと、支柱を流れる魔力の量自体は、今のところ許容範囲内に収まっています。ただ、昔と比べると、波の形に少し変化が出てきているように感じられます」
専門的な説明は極力避け、しかし「何も起きていないわけではない」ことはきちんと伝える。
そのバランスに、私は内心で感心した。
「また、周囲の住宅の床石の傾きなどから、支柱そのものではなく、周りの地盤のほうに、じわじわとした変化が出ている可能性も考えられます」
「じゃあ、危ないってことじゃないか!」
前列の男性が声を上げた。
「揺れが増えてるんだろう? 地面も動いてるかもしれないんだろう? それで“危険はありません”なんて言われても、信じられないよ」
「“危険はありません”とは、私は言っていません」
マルグリットは、静かに首を振った。
「“今すぐ崩れ落ちる状態ではないが、放っておけば危険になりうる状況だと認識している”というのが、現時点での私たちの判断です」
会場が、一瞬静まり返る。
「だからこそ、こうして皆さんに状況をお伝えし、これから必要になるであろう工事や、一時的な立ち入り制限について、事前にお話をしておきたいのです」
「工事……ってことは、ここ、しばらく住めなくなるのか?」
「いえ、すぐに全員に出ていっていただくような話ではありません。ただ、支柱の基部周辺で、土台の補強工事が必要になる可能性が高く、その際には一部の区域で、一時的に通行や利用を制限させていただくことになると思われます」
不安と不満が、再びざわめきとなって広がる。
「引っ越した方がいいのかどうか、それを教えてほしいんだよ」
別の住民がそう叫んだ。
その問いは、前の世界でも何度か投げかけられたものだった。
地震の多い地域で、老朽化した建物に住む人々から受けた質問と、よく似ている。
「今すぐに“全員引っ越してください”と言えるほど、危険が差し迫っているとは考えていません」
マルグリットは慎重に言葉を選んだ。
「ただし、今後予定される工事の内容や、支柱の状態の推移によっては、中長期的に住まいを見直した方がいいケースが、出てくるかもしれません。その判断材料になる情報は、できる限り早く、正確にお届けします」
「そういう話こそ、もっと早く教えてほしかった」
年配の女性が、悔しそうに声を震わせた。
「揺れが増えてきたのは、一年や二年前からの話じゃないんだよ。あんたたちは、ずっと前から気づいてたんじゃないのかい?」
その言葉に、私は思わずペンを握りしめる。
(“ずっと前から気づいていたんじゃないか”──)
前の世界でも、何度も耳にした非難だった。
そして多くの場合、それは完全に間違いとは言い切れないものでもあった。
「少なくとも、私は、ここまで揺れが増えているとは、去年まで正確には把握できていませんでした」
マルグリットが、一拍置いてから口を開く。
「皆さんからの報告は受け取っていましたが、それを全体として“見える形”にする仕事が追いついていなかったのは事実です。その点については、私たちの側の不足でした」
そう言ってから、ちらりとこちらを見る。
「ただ──」
私の方に向けられた視線の意味を、私はすぐに理解した。
「ここ一年で、記録と数字の整理を専任で担当する職員が増えました。彼女がまとめてくれたおかげで、浮遊街区全体の傾向がようやく見えてきたところです」
不意に名前を出されて、少しだけ喉が詰まる。
でも、ここで黙っているのも違う気がした。
「記録担当のリナ・アルディアです」
私は一歩前に出て、会場を見渡した。
「皆さんからいただいた報告を、地区ごと、事象ごとに分類して、こういう形にまとめました」
壁のグラフと図を指さす。
「三年前は、このあたりで起きた揺れや違和感は、年に数回程度でした。去年から今年にかけて、その回数が目に見えて増えています。──これは、“皆さんが知らせてくださったからこそ”分かったことです」
あちこちから、小さな息を呑む音が聞こえた。
「もし、何も言わずに我慢していたら、私たちは“ここで何が起きているか”を掴めなかったかもしれません。ですから、まずは、知らせてくださったことに、お礼を言わせてください」
私が頭を下げると、一瞬、空気が変わった気がした。
怒りや不満が消えたわけではない。
ただ、「自分たちの声がちゃんと届いていたのかどうか」という、もっと根本的な疑念は、少しだけ薄れたようだった。
「これからも、揺れやランプの様子に変化があれば、小さなことでも構いませんから、支所やインフラ管理課に知らせてください。数字になって初めて見えるものが、必ずあります」
そう言い切ったところで、私は深く息を吐いた。
あとは、マルグリットとヨシュア、そして支所の職員たちが、個別の質問に順番に対応していく。
私は後ろに下がりながら、質問の内容と、それに対する回答を手帳に書き留め続けた。
◆ ◆ ◆
説明会が終わったあと、会場の片付けをしていると、一人の女性が声をかけてきた。
「さっきの……数字をまとめたっていうお嬢さん」
「はい。記録担当のリナです」
「うちの子、最近夜中に怖がって起きるんだよ。揺れがあると、『また落ちるんじゃないか』って」
女性は、まだ幼い男の子の肩に手を置いた。
「さっきの話を聞いて、すぐに何かが変わるわけじゃないことは分かってる。でも、“ちゃんと見てもらえてる”って思えた分、少し気が楽になったよ」
その言葉に、私は不意を突かれたように目を瞬かせる。
「こちらこそ、知らせてくださってありがとうございます。……私たちの方も、“どこで何が起きているか”を把握できていなければ、手の打ちようがありませんから」
「これからも、揺れたら文句を言いに行っていいのかい?」
「“文句”でも、“報告”でも、形はどちらでも構いません。ただ、その分、きちんと記録して、次につなげます」
そう答えると、女性は小さく笑った。
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうよ。あんたたちの仕事のためにもね」
そう言い残して去っていく後ろ姿を見ながら、私は手帳を開いた。
今日の説明会で出た質問や反応、住民の表情。
ひとつひとつが、数字の向こう側にある「顔」と「声」だった。
「お疲れ」
横から紙コップを差し出してきたのは、ヨシュアだった。
中身は、さっきより少し薄めのコーヒーだ。
「よくやりました、“違和感マップ担当”さん」
「その肩書き、まだ生きてたんですね」
「今日の説明、結構効いてましたよ。グラフ見せるところなんて、みんな真剣な顔してたし」
「まあ、“右肩上がり”が好きな人はあまりいないですからね、こういう場面では」
自分で言って、少しだけ笑いがこみ上げた。
「でも、数字を見せたことで、逆に不安が増えた人もいたかもしれません」
「それはしょうがないです。知らない不安と、知ってしまった不安、どっちがマシかって話になると、人によって答えも違うし」
ヨシュアは、公会堂の入口のほうを振り返った。
「それでも、“知らされていなかった怒り”だけは、少し減ったんじゃないですかね」
その言葉は、前の世界で耳にした言い回しと重なりながらも、どこか違う響きを持っていた。
今度は、私がそれを、ただ聞いている側ではなく、少しだけ支える側に回っている。
「さ、あとは課長への報告書ですね」
マルグリットが、椅子の片付けを終えて戻ってくる。
「今日の反応と、支柱の測定結果、それから今後必要になりそうな工事の案。全部まとめて、早いうちに出しておきましょう」
「はい」
私は手帳を閉じ、胸の奥で静かに決意を固めた。
紙の上に並んだ数字も、地図に打った印も、今日話した住民たちの顔も、全部ひっくるめて「この街の今」だ。
それを、崩れる前に少しでもましな形に変えていけるなら、裏方の仕事としては上等だと思う。
馬車に乗り込む頃には、日が少し傾き始めていた。
窓から見える浮遊街区は、相変わらず静かに空に浮かんでいる。
揺れているのは、むしろ私たちの側の心なのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら、私は今日一日の記録を頭の中で反芻していた。
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インフラ管理課の裏方係見習い 造 @Miyatsuko09
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