第3話:俺はこの二人の子供に生まれて、よかったと。
「こ、これは……確かに魔法ですね」
「間違いありませんか、司祭様。この子は明日、ようやく一歳を迎える赤ん坊なんですよ」
「えぇ、男爵夫人。間違いありません。これは授かりし魔法です」
宙に浮かんだ魔法陣は、母上にも見えていたようだ。
慌てた母上がすぐに父上殿へ報告。そして両親は俺を連れて急いで町の教会へとやって来た。
魔法鑑定を受けさせるためにだ。
この世界には、稀に生まれながらにして神から魔法を授かることがあるという。
もちろん努力の結果、魔法を習得することも可能。
ただ神から授かった魔法は本人との相性も良く、同じ魔法でも授かった者と努力で習得した者とを比べると、前者の方が圧倒的に強い――ということを、教会に来て司祭から聞かされた。
「それで司祭殿、ディルムットにはどんな魔法が!?」
「それが……なかなか珍しい魔法でして」
珍しい!? い、いったいどんな魔法なんだ。
「神が示した魔法は、その……錬金、でして」
「錬金? 錬金術の錬金……なのか?」
「お、おそらく。ちょっと過去の記録を調べてまいります。少々お待ちください」
錬金……錬金ってポーション作ったりするアレ?
それって魔法か?
俺を見つめる両親の目に、不安の色が映る。
ゴミカス魔法を授かった俺に、両親がガッカリして見限るんじゃないか?
前世の毒親のようになってしまうんじゃないか?
そんな不安が脳裏に過る。
やがて司祭が一冊の本を手に戻ってきた。
「ありました! 過去にもひとり、錬金魔法を授かった者の記録がっ」
「本当ですか司祭殿。それで、いったいどんな魔法なのか」
司祭が手にした本のページを捲る。
「はい。えっと、要は錬金術と同じです。しかし錬金術で製薬する際には、様々な作業工程を必要とするでしょう? 錬金魔法ではこの作業工程を全て飛ばすことが出来ると」
「工程というと、薬草を乾燥させたり煎ったりとか?」
「はい。それらを全て省略し、一瞬でポーションの製薬を可能にするようです」
今の説明だと、この世界の錬金術はアナログみたいなもののようだ。
それをゲームのように、ワンクリックで出来る――と?
確かに便利な魔法かもしれないが、その程度のものだ。
「この記録書によると、過去に錬金魔法を授かった者は様々な物を作ったようです」
司祭が開いたページを俺たちの方へ向かて見せてくれた。
魔法陣の方なものと、ポーション瓶らしきもの、それから……椅子? え?
他にも鍋や食器の絵もある。
ちょっと俺が思っている錬金術とは違う?
クラフト系スキルに近いのか。
でもそんな魔法、必要かと言われると微妙だ。
ポーションは錬金術でも作れる。家具や食器も職人がいれば作れる。
俺のこの魔法は、ただ「一瞬で作れる」だけだ。
便利ではあるけど、便利というだけ。
こんな魔法、誰が喜ぶって言うんだ。
「凄いじゃないか、ディルムット!」
そう。凄いんだ――え?
「えぇ、本当に。一瞬で何かを生み出す魔法なんて、素晴らしいわ」
「いざという時も、お前の魔法があれば薬もすぐ手に入るってことだ。もちろん素材は必要なんだろうけど」
「そうね。私の治癒魔法で治せるのは怪我だけですもの。病気を治すにはお薬が必要だものね」
喜んで、くれている……。
「はっはっは。いつかお前に、執務室の椅子を錬金してもらう夢が出来たな」
「まぁ、いいわね。じゃあ私は、テラスに置くティーテーブルでもお願いしようかしら」
父上殿、母上……俺は……。
「あ、あら、どうしたのディル?」
「突然泣き出して、何があったんだディルムット」
思わず男泣きをして、父上殿と母上に抱きついた。その俺を二人は愛おしそうに、抱きしめてくれる。
そこで俺は確信した。
俺はこの二人の子供に生まれて、よかったと。
そして……俺は手に入れたんだ。優しい家族を――この日、俺はようやく確信することが出来た。
クラフト系魔法を褒めてくれた両親に報いるためにも、そして父上殿と母上の願いを叶えるためにも、俺はこの錬金魔法を使いこなす必要がある。
さて、魔法陣が浮いた時の事を思い出そう。
直前までやっていたのは、日課の魔力操作だ。指先まで魔力を伸ばした状態で、編み棒に触れた。
それで魔法陣が浮かんだのだが、もう一度同じ条件でやってみよう。
「うきゃんら!」
やっぱりだ!
魔力を纏った状態で何かに触れると、魔法陣が浮かぶ。
で、これどうやって使うんだ?
丸い円に描かれたのは六芒星。外周には記号のような文字のようなものがびっしり書かれているのに、六芒星の中――六角形の部分には何も書かれていない。
まるでここに錬金するものを置け――と言わんばかりだ。
でも宙に縦向きで浮かんでいる魔法陣に――。
「おけうかぁぁーっ!」
浮かんだ魔法陣を叩いてツッコミを入れると、まさかの魔法陣が動いた!
あ、これ触れるのか。
じゃあ床に置いて――編み棒を真ん中に置く。
で?
……何も起こらない。どうすればいいんだ。
「じょーすんじゃこえぇーっ」
ばんっと両手で床を叩く。子供だからか、どうしてもこういう衝動を抑えきれない。
ばんっ、ばんっと床を叩くうちに、頭の中に文字が浮かんだ。
【粉砕】――と。
「ふんちゃい?」
疑問に思って口にした瞬間、魔法陣に置いた編み棒が……粉々になった!?
え? ちょっと待って。
こな、粉々!?
え? これ錬金魔法でやったのか?
え? 粉々……どうしよう……編み棒を粉々にしてしまった!?
「うきゃああぁぁぁぁぁぁっ」
思わず叫んだことで、隣の部屋で執事と話をしていた両親が飛んできた。
「ど、どうしたんだディルムット!」
「どこも怪我はしていないようだけど……あら? 何かしら、この木屑」
あわわわわわわわ。
母上の編み棒が……ただの木屑になってしまった。
「ご、ごえーちゃい、はーうぇ」
大事にしていたかどうかはわからないけど、それでも母上の持ち物を粉砕してしまった。
魔法の使い方を知るためとはいえ、それはいけないことだ。
素直に謝らなければと思いそうしたのだが、何故か母上は顔を高揚させ嬉しそうにしている。
「い、今の聞きました? あなた、今ディルが私のことを母上と!」
「あぁ、聞いたよカティア。ディルムット。わたしは父上だよ。ちー・ちー・うー・え」
これは……催促、されているのか?
そういえば、両親の前であまり言葉を話していなかったな。変に思われるのも怖かったし。
だけど一歳だ。そろそろカタコトぐらい話しても怪しまれないだろう。
「ち、ちぃーうぇちょの」
「ん? 父上……ちょの?」
はっ。つい癖で敬称までつけてしまった。
「ちぃーうぇ」
「そうだ! 父上だぞぉ~。ははは、ディルムットは凄いなぁ」
「ふふ。体の発達のわりに、言葉が少し遅いかもと心配しましたが、大丈夫そうですね」
んなっ。もっと早く喋ってもよかったのか!?
よくわからなかったから、発達し過ぎだと思われてもアレだし黙ってたんだが。
よし、これからはもう少し言葉を話そう。発音の練習にもなるし。
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