第2話:だがここで転機が訪れる。

 牛よりも大きなあの巨大なイノシシは、その名の通りビックボアなんて名前だったようだ。

 それを知ったのは男と女――いや、両親の会話。

「あなたはビックボアを何体倒したの?」「ゼロさ」「うふふ、やっぱりね」――と。

 ゼロってあんた……即答かよ。


 男――い、いや、お……おと……。おほんっ。ち、ちちう、え、父上殿、たちが戻ってきた翌日、町ではお祭りだったようだ。

 町の外にある畑を荒らすビックボアを退治できたから。そしてその肉が住民に分け与えられたからだと、俺の世話係のメイドがそう話してくれた。


「坊ちゃまのお父様は、とても素晴らしいご領主様なんですよ」


 そう話すメイドの言葉を聞いて、何故だか俺の心は温かくなった。

 今世の両親は、屋敷の人たちにも慕われているようだ。

 信じて、いいのだろうか。

 あの二人の事。神が俺に優しい家族を与えてくれたこと、信じていいのだろうか。


 それから何日かして、女――母上が町の教会へと出かけた。

 彼女の魔法は神聖魔法だろう。ということは神への信仰心が重要で、きっと定期的に教会での祈りが必要だったりするのだろう。

 

 この日、俺は父上の執務室で過ごすことに。おかげで少しだけ男爵領のことがわかった。


 男爵領は広くはない。屋敷があるこの町と、農村がひとつ。それと鉱山の町がひとつあるだけ。

 だがこの鉱山。金鉱脈があるため男爵領は潤っている――わけではないようだ。

 普通さ、小さな領内に鉱山があるんだ。財政が潤っててもおかしくないだろ?


 だが執務室に訪れる人の中には、明らかに借金取りがいた。

 どういうこと?


 屋敷の中に贅沢品のようなものはあまりない。母上も派手なドレスではないし、身につけている貴金属も多くはなかった。

 他の貴族のことはわからないけど、贅沢な暮らしをしているようには見えない。


 うぅむ。実は鉱山が廃坑寸前?

 とも思ったが、それもどうやら違う。鉱山は数年前に発見されたばかりで、ようやく採掘量が安定したところ。そう執事と話しているのを聞いた。

 じゃああの借金は、鉱山への初期投資?


 まぁ今の俺が心配したところで何も出来ないんだ。

 いったん考えるのはやめよう。


 それよりもだ。

 なんとこの男――いや父上殿は魔法が使えるのだ!


「っと。灯りが消えそうだな」


 ランタンから光る石を外し、父上殿は何事か呟く。

 石を握る手が光ると、その光が石に吸い込まれていった。


「これでよし。ん? ディルムット、起きていたのかい? もしかして今の魔法に興味を持ったのかな?」

「あ、あぃ……」


 べ、別にこの男が気になる訳じゃない! 魔法だ。魔法が気になるだけだ!


「今のは光魔法だよ。わたしの得意な属性魔法でね」

「ちゃー」


 光魔法!? 得意属性!?


「魔石に光を付与することで、しばらくの間光らせることが出来るのさ。もちろんずっと光り続けているわけじゃない。こうしてね、ツンツンって叩くと光るんだよ」

「おぉ~」


 ランタンにセットされているのは魔石っていうのか。それに魔法を由帆させ、光らせている――と。

 更に父上殿は、俺に炎の魔法を見せてくれた。


「寒くなっきたな。暖炉に火を点けようか」

「うおぉ」


 再び何か呟くと、父上殿の指先に炎が灯る。

 暖炉にくべられた薪に炎を近づけると、あっさり火が燃え移った。

 

 パチパチと爆ぜる薪を見つめ、俺の胸は高鳴る。


 神聖魔法と光、火魔法を使う両親の間に生まれたんだ。

 俺にも魔法が扱えたりするんじゃないか?


 そうと決まればやることはひとつ。

 魔法の習得に向け練習あるのみ。


 とはいえ、どうやって魔法を使うのかだよ。

 生後三カ月を過ぎた程度の赤ん坊が「魔法の使い方を教えてくれ」なんて言えば、いろいろ奇異な目で見られるだろう。

 それ以前に、まだ言葉を話せない。喋ろうとはするんだが、上手く発音出来ないんだ。

 その辺りはリアルの肉体に依存しているんだろうなぁ。


 魔法を使っている人がいたら、じっと観察しよう。そこから何かわかるかもしれない。

 そう思ったんだが、屋敷で働くメイドさんに魔法が使える人はいないようだ。

 この三カ月の間、誰も魔法を使っていなかったしなぁ。


 両親も頻繁に魔法を使う訳ではないようだし、となると残された手段は独学しかない。

 まず体の中に流れる魔力を感じてみよう。


 ……うん。魔力がどんなものか、そこからわからない――ということがわかった。

 感じろ。それしかない!


 体の中で何か感じるものがないか探してみたが、それらしいものはわからず。

 しかも赤ん坊の体は睡眠を欲するもので、一日の大半を寝て過ごす。おかげでなかなか思うように魔力探知は進まず、あっという間に生後半年を迎えた。

 だがここで転機が訪れる。


 ハイハイを覚えた俺は、行動できる範囲が広がって嬉しさのあまり部屋中を徘徊しまくった。その結果、調子に乗り過ぎてタンスの角で頭を強打。

 ぐっ。こ、この程度で泣くものか。


 だが血相を変えたのは母上の方。


「キャーッ。ディ、ディル! す、すぐに治癒をするからね」


 そう言って母上がヒールをしてくれると、俺の体内に温かなものが流れてくるのを感じた。

 もしやこれが魔力?

 すると今度は、母上の魔力に反応するものが、おヘソのあたりにあることを知った。

 きっとこれが俺の魔力なんだ。


 さて、次はどうするか。

 んー……父上殿も母上も、魔法は必ず手から放っている気がする。父上殿の場合は指先だ。

 ならおヘソにある魔力を、指先まで動かす練習だな。

 どう動かすか。

 これは完全にイメージトレーニングしかない。

 おヘソのあたりで感じる魔力を血液に例え、それが血管を流れるイメージを作った。

 睡魔の影響もあって、一日数十分を数回、これが俺の限界だ。


 動け動けと必死にお腹に力を入れると、なんかおヘソのそれが硬くなる気がする。

 力むのはダメ。

 お腹には力を入れず、リラックスしてイメージトレーニングに励む。


 だが上手くいかない。

 焦るな。今の俺はまだ赤ん坊だ。赤ん坊で魔法を使えるなんて、そうそうある事じゃないだろう。

 だが逆に言うと、赤ん坊だからこそ魔法が使えれば凄いってことになる。

 そうなれば、きっと両親が物凄く褒めてくれるだろう。


 前世では褒められた記憶のない俺。むしろ「お前さえいなければ」と、そう言われていた。

 今世では何をするにも褒められる。

 もっと褒められたい、と思うのは欲張りだろうか。


 だが、俺の欲望は認められたようだ。

 間もなく一歳を迎えるというある日――それは突然浮かんだ。


 そう。のだ。


 一カ月半以上かけて、ようやく指先近くまで魔力の塊を伸ばすことが出来た頃だ。

 母上が俺のために毛糸の帽子を編んでくれていて、その編み棒を床に落としてしまった。

 俺が拾ってやろうと手を伸ばして編み棒に触れた瞬間、浮かんだんだ。


 「まちょーじん!?」


 そこに浮かんでいるのは、確かに魔法陣だった。

 


**********************

本日もう1話、21:06に予約しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る