毒親育ちの俺、異世界で優しい家族を得る~不運な男爵家ですが、錬金魔法で辺境領地を発展させます~

夢・風魔

第1話:あの日、俺は死のうと思っていたんだ。

 あの日、俺は死のうと思っていたんだ。

 もう人生に疲れてしまって、生きてるのも辛かったから。

 そんな俺の目の前で事故が起き、車が川に転落。その中に赤ん坊がいるのが見え、気づいたら飛び込んでいた。

 真冬の川、冷たかったなぁ。


 最後に見たのは、赤ん坊を抱いた女性の悲痛な表情。

 見ず知らずの俺が川底に沈むのを見て、彼女は泣いてくれた。

 

 あぁ、最期にこの親子をよかった。

 

 神様。願わくば、もう二度と誰かの子供に生まれさせないでください。

 もう毒親なんて二度とゴメンだ。親ガチャなんてクソくらえ!

 

 けど――この状況はいったいなんなんだ?


「ディル、さぁご飯の時間でちゅよ~」

「……ぶぅ」


 俺の目の前には、おっぱいをさらけ出している女がいる。

 そして俺は赤ん坊だ。この女の赤ん坊なんだ!!


 女のおっぱいなんて誰がしゃぶるか!?


「おぉ、ディルムット。いい飲みっぷりだなぁ」


 うるさいっ。こ、これは俺の意思じゃない。赤ん坊としての性なんだ!


「ママのおっぱいは美味しいでちゅか~?」

「ぶぅぅぅぅぅぅぅーっ!」

「うわっ。は、吐き出した!?」


 な、なんてこと言いやがるんだこいつ!

 マ、ママのお、おっぱ、ぃ、が、美味しいかだと!

 変態だ。こいつ、変態だ!


 ハッ。こいつの顔、母乳だらけだ。俺が今、顔面に噴き出したから……。

 お、怒るんだろ? 本性を見せやがれっ。

 どうせお前たちも、あいつらみたいに俺をサンドバッグにしてストレス発散のモチャに――。


「ディルムット、大丈夫か!?」

「あなたが変なことを言うからでしょ」

「うっ……でもカティア、ディルムットの具合が悪いってことは」

「ありません。私が言うんだもの、大丈夫よ」


 な、なんで怒らない!? 

 なんで……。


 再びおっぱいを咥えさせられた俺は、無意識のうちに母乳を吸い始める。

 そんな俺を見つめる女と男の目が、あの時の女の人を思い出させた。


 子供を助けてくれてありがとうございます。

 だめっ。沈まないで――。


 赤ん坊を抱き、尚且つ必死に俺へと手を伸ばしたあの女の人を。


「さぁディル。ゲップしましょうね~」


 女に抱かれ、背中をトントンを叩かれると、胸から込み上げてくるものがあった。


「ゲフゥ」

「おぉ、立派なゲップだったなぁ。偉いぞディルムット」

「ふふ、上手でしたね~ディル」


 二人は交互に俺を撫で、頬ずりをする。乳臭いはずの俺にだ。

 たかがゲップ一つで、どうして褒めてくれるんだ。

 あいつらは俺を一度でも褒めてくれたことなんてなかったのに。


 なんで……なんで今世の親はこんなに。

 これじゃあ……これじゃあ期待しちまうじゃないか。


 今世こそ、優しい家族が出来るって。


「あら、あらあらディル。どうしたの目にいっぱい涙を浮かべて」

「ほら、やっぱりどこか具合が悪いんだよっ。ディルムット、大丈夫か?」

「そんなハズは……。神聖魔法の診断では――」


 神聖魔法!? ま、魔法って言った?


「ん。やっぱり健康そのものだわ」

「そ、そうなのかい? うぅん。じゃあどうして涙を浮かべているんだろうね」

「眠いのよ、きっと。さ、ディル。いっぱい飲んで、いっぱい寝て。早く大きくなりましょうねぇ」


 ゆりかごに寝かされた俺は、自然と瞼が重くなってスヤァ――。


 はっ!?

 ね、眠ってしまった。

 ゆりかご、なんて恐ろしい睡眠装置なんだ。


 部屋には俺ひとり。他には誰もいないが、部屋の灯りは点いたままだ。

 暗いと俺が怖がらないかと、男が心配して点けっぱなしにしている。


 赤ん坊として生まれて十日。

 今日、ここが異世界であることを確信した。

 それはさっきの女のセリフだ。


 神聖魔法の診断では――そう言ったのだ。

 魔法だ、魔法。

 異世界と言えば魔法だろう。






 という考えに至った二カ月前の俺は正しかった。

 部屋を照らすランタンには蝋燭ではなく、光る石がセットされている。電機ではない。コードがないし、コンセントだってない。

 少なくとも地球にこんなものはないはずだ。

 となると、考えられるのは異世界転生という線。

 

 そしてこの日、女に無理やり抱かれて初めて部屋を出た。

 なんとなく感じてはいたけど、ここは家ではなく屋敷だ。

 廊下を歩く女。すれ違う人たちは女に会釈をし、笑顔で俺にも声を掛けてくれる。


「まぁ、ディルムットお坊ちゃま。なんて愛らしいのかしら」

「瞳の色は奥様のおばあ様似ではありませんか?」

「琥珀色の瞳。とても綺麗ですねぇ」


 琥珀色か。前世とは似ても似つかない容姿になっているんだな。

 女が向かったのは一階の……これ、玄関っていうのか? かなり広いんだけど。


 目の方もだいぶ見えるようになってきて、玄関先に並ぶ人がだというのもわかるようになった。

 騎士だ。そう、騎士なんだ。

 鎧を纏い、腰には剣を差している。


 光る石がセットされたランタンに騎士。

 どう考えても異世界だよな。


 あとは魔法でもあれば完璧なんだけどな。


 その騎士の一行に、男が混ざっていた。こちらは全身鎧ではなく軽装。でも腰には剣を差している。


「あなた、気をつけてね」

「カティア、大丈夫さ。ロバートたちも一緒だからね」


 騎士のひとりが会釈する。あの人がロバートか。


「カティア様、男爵は必ずやお守りいたします。ご安心ください」

「というより、そこまで心配するような魔物は出ませんよ奥様」


 おいおい。今魔物って言った? つまりモンスター?

 それに、男爵とも。

 あの男、男爵なのか!?

 下級貴族の部類ではあるけど、貴族は貴族だ。

 

「そうなんだけど……でもやっぱり心配だわ」

「ははは、ママは心配性ですねぇ~」


 男が俺の頬に触れる。ぷにぷにとしつこい。

 何度も人の頬を突いたあと、ようやく男は出ていった。


 モンスター……倒しにいったのか?

 あ、あんな奴がモンスターに勝てるのか?

 負けて、死んで、遺体で戻って来たり……しない、よな?

 

 べ、別に心配しているわけじゃない。

 そうだ。してないさ。

 だって俺は、まだ信じていない。いつ豹変して本性を現すかわからないだろ。


 だがこの夜、父上殿と騎士たちは戻ってこなかった。

 不安で仕方がない様子の女は、ずっと窓の外を見つめている。


 戻って……こない。

 やっぱりやられたのか?

 あの男の……あの……本性を見せないまま……。


「ふぇ……」

「ディル? まぁディル。あなたもお父様のことが心配なのね」


 違う。


「ふえぇぇ、ふえぇぇ」


 違うんだ。


「大丈夫。あなたのお父様は必ず帰ってくるわ。こんなにかわいいあなたを残していくもんですか」

「ふえぇぇ、ふえぇぇ」


 俺は……俺は……。


 ――願いを叶えてやろう。汝の願いはなんだ?


 誰かにそう問われ、あの時俺は……。


 ――親ガチャのハズレを引きたくない。ただ優しい家族が欲しかっただけなんだ。


 そう、答えた気がする。

 あの声は、神だったのか? 神がこの女を――母親を、俺に与えてくれたのか?

 あの男を父親として選んでくれたのか?


 優しい家族を……今度こそ優しい家族を俺に。


 翌日の夕方、一行は帰ってきた。


「サウル! おかえりなさいっ」

「ただいまカティア。遅くなってしまない」


 男が帰ってきた。

 その背後には俺が知るイノシシと姿形は似ているが、明らかにデカいそれを乗せた荷車が数台あった。

 

 男が女を抱きしめる。女は俺を抱いたままだから、結果として俺も抱きしめられることになった。


 温かい。ただそう感じた。

 信じてみよう。この二人を。


 まぁ、もしまた裏切られたって、慣れてるんだ。その時はその時。

 全力で復讐してやる。




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新作です。異世界転生ファンタジーです。

次は20:06に予約をしております。

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